第93話:間もなく夕食の時間なんですが・・・、反面教師達に学ぶこと多しですね
食堂の中に入るといつものようにローソクで幻想的に淡く彩られた橙色の空間に迎えられた。天井からは巨大なシャンデリアが吊るされ、食堂にシャンデリアとくると遺産相続と脳裏で結びつき、金田一●助などの探偵達が連想されてくる。
アリアはこのお屋敷が凄惨な事件現場に巻き込まれませんようにと探偵のお世話にならない事を心の中で祈ったのち、何時もの自分の席に向かって歩き始めた。
途中、あ、そういえば、ルポライターの方もいたなと思い出したので、お兄さんが警視庁のお偉いさんのルポライターの方にもお世話にならない様に祈り、元気に手を振っているセツとお淑やかに微笑んいるフウが待つ席へ若干早足に向かっていった。
席に着くと、いつも通りにジェームズが椅子を引いてくれたので、お礼を言ってから椅子に座り、慣れた食卓についた。
ジェームズはいつもの如く夕食の準備で、アリア達の下を離れ、奥の厨房に消えていった。
そして、食堂にアリア達のみになると、今まで大人しかった、ちゃっかり隣に座っているローズがアリアにしな垂れかかってくる。
「今日でお嬢との最後の晩餐になっちまう」
悲しそうにそう言って、惜しむ様に椅子ごと身体を更に寄せてくる。
「ああお嬢、あたいのこと忘れないでくれよ~~。今度来た時に、どちら様なんて言われたら、ショックで寝込んじまうからな~~」
しな垂れかかったまま、ローズが真剣な眼差しでアリアを見上げながら、懇願してくる。
それに、忘れないので心配しないでと言葉を掛けようとした時、アリアに寄りかかっていたローズの身体が急に持ち上がっていった。
「ローズ、お嬢様は私のものです。離れて下さい」
強引にローズを引き剥がしたシオンは、空いた場所に自分の身体を滑りこませ、ローズと同じようにしな垂れかかってきた。
「ああ、お嬢様シオンはずっと、ずっとずっとずっと、一緒にいますからね」
大きな胸で抱しめながら宣言をする、シオン。
しかし、すぐにアリアの顔を包んでいた柔らかな感触が離されていった。
「あんな病んだメイドなんかよりも、あたいの方が一緒にいたいよな」
やられたらやり返す、今度はシオンから奪った場所にローズが滑り込み、また違った優しい感触で以ってアリアを包み込みながら、宣言し返す。
「ああお嬢、今のうちにシオンの奴を上書きするくらいにあたいを覚えておいてくれよ!」
シオンが引き剥がそうとするが必死に抵抗しそう声を掛けてくる、ローズ。
しばし、絶対に離れるものかと足に力を入れて踏ん張っていたローズであったが、シオンも必死に全身で腰を落としてローズを引っ張り、遂にローズをずぼっと引き離すことに成功した。してやったりと、シオンが勝ち誇る。
だがしかし、そこから、
「おいシオン!今日ぐらいは遠慮してくれてもいいじゃねえか!」
と、ローズがシオンを責める。しかし、シオンも負けじと言い返す。
「いえ、何時如何なる時でも、遠慮はしませんよ。全力で以ってお嬢様に誠心誠意、奉仕するのが、私の使命ですから」
そこから、シオンとローズがにらみ合いを始めてしまう。
最早恒例のそれを呆れた表情で眺めるアリアであったが、シオン達がいがみ合っているさなか、反対側からちょんちょんと肩を叩かれた。
顔を向けてみれば、気付かない内にセツがいて、アリアが振り向いたと同時に抱き着いてきた。
「ヒメ、私とあそぼっ!」
ニッコリ笑顔でそう言うと、アリアの胸に顔を埋めてくる。
「ああ、石鹸の良い香り・・・・・・・」
熱の籠る吐息と共にそう言い終え、セツがそのまま動かなくなった。なので、一瞬心配に思ったものの、前の男の時に娘がいたらこんな感じで、甘えて来てくれたのかなと想像すると、愛おしさが生まれてきて、ついセツの頭を優しく撫でてしまっていた。
そうしていると自然に頬が綻んでいったアリアは、セツを胸に抱いたまま、たまたま正面に顔を向けた所、にっこり微笑んでいるフウと目が合った。
フウがおもむろに口を開いていった。
「ヒメちゃん、セツちゃんがごめんね」
苦笑し、アリアの胸に顔を埋めたまま微動だにしないセツを見つめる。
「いいえ、別に構いませんよ」
言葉の後に娘の様に可愛らしいのでと続けようとしたが、今自分はフウ達よりも年下で、父性もこのアリアの身体ではおかしいので、微笑んで返すに止めることにした。
そう返してフウを見ると、その瞳の奥に羨ましさが浮かんでいる気がした、アリア。
だからアリアは、思い切って声をかけてみることにする。
「フウお姉ちゃんもこっちに来ます?」
そう訊くと、一瞬ぱあっと表情が華やいだが、すぐに表情が引き締め直される。
アリアはそれを見て姉としての矜持が邪魔をして素直になれないのかなと推測すると、今度は言い回しを代えて、その矜持を利用する手でフウに声を掛けていった。
「フウお姉ちゃんも一緒にいてくれるとわたくしは嬉しいです。姉2人に囲まれるのが、妹にとっても一番の幸せですから」
回り道をせずに、直接フウにこの言葉を発した。
そして、フウはこの言葉を受け取ると、仕方がないなとでも言う様に、妹のお願いを叶える為にと、繕っていた姉の仮面を外し、嬉しさに満ちた笑みで席を立ち、アリアの下にやってくる。
「もう仕方ないな、ヒメちゃんは!セッちゃんと同じように甘えん坊さんなんだから!」
そう言うと、椅子に座るアリアに未だ胸に顔を埋めたままのセツごと包み込んでいった。
前と後ろ、大切で大好きなこの世界での姉達を温もりと共に感じながら、アリアは顔を笑みに変える。
そして、穏やかなアリア達、その隣で何やらぎゃあぎゃあはしゃいでいるシオンとローズ、そんな対称的な2組のみの食堂で、平穏な空気が“暫時”流れていくのであった。
今食堂には何かの甘い香りが漂ってきていた。
アリアはこの香りを昔、前世の本当に子供の頃に味わったことがあった。
ジェームズが夕食の準備と厨房に消えて、結構な時間が経った後に満ちてきた。
アリアは記憶を遡り、想起する。
(そうだこの匂いは、確か・・・昔両親とよく一緒に行った近所のケーキ屋の香りによく似ているな)
誕生日などのお祝い事によく買いに行っていた近所の小さなケーキ屋さん。店のドアを開けて店内に入ると、すぐに漂って来るケーキの焼ける香り。ケーキが飾られたショーケースの後ろにあるドアの先に広がる調理場から、スポンジに生クリームを塗っている作業が見える。その調理場から、漂って来る美味しそうで甘い、幸せになる香り。
(美味しかったし、楽しかったな)
郷愁に浸りながら、心の中で呟く。
そして、ケーキに刺さったローソクを息で吹き消すシーンを思い出し、口元に小さな笑みが浮かぶ。けれどもその後、何の脈絡もないが、子供の頃は一本増える毎に嬉しかったが、ある程度の年齢になると途端に増える本数に哀愁を感じるローソクに、視線を下げながら薄く密かに笑った。
(ほんと子供は無邪気だったかな)
そうして、今を見ないように現実逃避をしていたアリアの視界の隅に、床に正座しているシオンとローズが映り、一気に現実へと引き戻されていった。
仁王立ちで大変に素晴らしく微笑むスイの真ん前で正座をする、シオンとローズ。時々、脇腹の突き合いをこっそりするが、スイにギロっと凄まれる度に止める、2人。
そんな子供を横目に見て、誰にも気づかれないようにこっそり嘆息する。
アリアは正面に視線を戻し姿勢正しく座るフウとセツを見ながら、つい数分間の事を思い出していく。
あれはほんの数分前、シオンとローズが正座するきっかけになる場面である。
アリアの胸に顔を埋めていたセツとその2人を抱き締めていたフウが突然、アリアから離れると、そそくさと自分の席に戻り座った。2人とも異常ともいえる行儀の良さを見せる。
それにどうしたんだろうと、まさか、自分では気づかない内に、こうお父さんに近い臭いが身体から滲み出るようになってしまっていて、それが嫌になってセツ達が無言で離れていったのではと、アリアは考えた。だから、自分の身体の臭いを緊急に確かめようとした時、食堂のドアが控えめに開き、スイが遅れてしまいましたと、詫びながら入ってきた。
そして、そのスイがアリア達を見た後、シオンとローズを見た瞬間、一瞬目が止まり、細まり、凍えるような笑みを深く浮かべていった。
口が動くのが分かり「あらあら」と言っているのを何となく戦慄と同時に理解した。
そこから、一切の足音を殺し、今なお楽しくはしゃぐ子供2人の傍に行くと、一言「随分忙しそうですね」と呟き、シオンとローズを瞬く間に恐怖のどん底へと突き落としていった。
そのまま、正座を静かに言い付けると、素直に正座したシオンとローズに楽しいお話の時間をプレゼントしていったのであった。
アリアはなるほどと内心で納得し、フウとセツが離れていった理由を理解し、ほっと胸を撫で下ろしていた。
そして、流石姉妹だなと同時に危険を感じ取るその鋭敏な直感力に感嘆し、アリアの横で猛反省中の反面教師2人を見ながら、なるほど、如何に迫る危機を察知する能力が大切なのかをしっかり学んだ。
こうして一歩、間違ってはいないがある意味で素晴らしきご令嬢として成長できたアリアは、スイが何かを察知しシオンとローズを突然解放したのをどうかしたのかと疑問に思うまで、自分も火の粉が降りかからないように礼儀正しく着席し続けたのであった。




