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第94話:ありがとうシオン、わたくしは絶対に、きっと忘れませんよ(3)

 奥の厨房からジェームズがワゴンを押して現れた。

 ワゴンには、いつものように出来立ての料理が白い湯気を上げて乗せられている。

 カタカタと一定のリズムでワゴンを押してジェームズがアリア達の傍に到着する。


 「本日はお料理をお届けする時間が少々長くなってしまい、申し訳ございませんでした。ですが、その分だけお嬢様方には最高のお時間をお届け出来ると、私、ジェームズと料理長、ダニエルが保証いたします。それでは、本日のディナーでございます」


 そう詫びを入れてから、ジェームズが料理をアリア達の前に並べていった。

 そうして、透明な器に乗る新鮮なサラダ、食べやすくカットされた果物、美味しそうな黄色のスープに軽くパセリが塗してあるコーンポタージュ、輪切りにスライスされた小麦の甘く香るバケットに、乳白色のミルクを注いだカップ等がセットされていった。

 アリアの目の前に並ぶ料理が空腹を刺激し、早く食べて欲しいと誘惑してくる。

 けれども、まだ手を付けられない。なぜならば、料理が並べられた真ん中がぽっかりと開いているのだから。ドーナツのように並べられた料理、その真ん中がぽっかりと空洞になっている。

 アリアはこの空洞を埋める料理が来るのを待つ。すると、今度は珍しくダニエルが料理を運んできた。

 押されるワゴンからは鉄板のジューと焼ける音が響いてくる。

 ダニエルがその焼ける鉄板の正体をフウとセツの前に並べていった。

 アリアはそれを見た瞬間、思わず喉が鳴った。

 フウ達の前に並べられたそれは、鉄板の上で未だに焼けているステーキであった。

 漂っている香りはもう堪らない、極上の分厚いお肉に、ダニエルが仕上げにと掛けるステーキソースがジュワーと一気に湯気と共に焼ける匂いを上げる。

 もう口の中が唾液で一杯になる。


 (ス、ステーキ!!)


 心の中で料理名を辛うじて言うだけで精一杯。それだけ、目を奪われ続ける。

 アリアが前の男だった頃に本当に偶に、給料が入った時に、嫌な仕事を良く一か月頑張ったなと、イタリアン関係のお財布に有難いファミレスで食べたステーキ。あれも本当に美味しかったが、それとはまた違う魅力的なステーキが目に映る。

 一回だけ、先方の接待をするために頂かせてもらった、目の前の鉄板でシェフが焼いてくれて、一口大に切り揃えてくれる、ホテルのステーキ。美味しかったしか感想を抱けない程の柔らかく、蕩けてしまう口触り。思い出しただけで感嘆の吐息が長く零れてしまう。

 だけど、それらとはまた情趣が異なる、見ただけで至高と言わざるを得ない、公爵家専属シェフによる最上級ステーキがフウ、セツ、ちゃっかりローズ用、それから、なぜか気になったのだが、空いた席に5人分並べられていった。

 この次は自分だ。ワクワクを通り越して、緊張状態で自分のステーキを待つ。

 ダニエルがワゴンを押してアリアの隣に来た。

 ドクン、心臓が一際大きく脈を打った。

 後もう少しで、自分にもステーキがやってくる。

 緊張からか口が乾き、意識が聴覚に集中する。

 そして、ワゴンから肉が乗っかったジュージュー鳴る鉄板をダニエルが取り出そうとした時、今まで叱られシュンと落ち込んでいたシオンが突如復活し、アリアに向かい誇らしげに声を掛けた。


 「お嬢様用に特別の逸品を作るようにダニエルに頼んでおきました!」


 しかし、意識がもうステーキに向いていたアリアはその声を聞き逃していた。


 (ステーキちゃん、早くいらっしゃい!!)


 シオンが話した為一時的に止まっていたダニエルが、とうとうワゴンの扉を開いて、アリア用の最後の鉄板を取り出した。

 ジューと焼き付く肉の音が姿勢を正して待つアリアの耳に大きく届く。


 (お嬢様だからな。奥ゆかしい感じで正面向いて待ってなければ。貧乏根性丸出しで、ステーキばっかり見てると、偽物って怪しまれるかもしれないし!)


 口の中にヨダレが溢れかえる。自分の肉はどんな感じなのだ、見てみたい。だけど、そんなことは前の本物のお嬢様のアリアは決してしなかっただろうと、正面から動きそうになる顔を気合で止める。

 そして、見たい願望に屈服せずに待ち望んでいたアリアの前に、やっと自分のお肉がやってきた。

 料理が並べられた場所の中央の空洞に、「お嬢だけ特別だぜ」とニヤリ笑うダニエルが、お肉が乗った熱々に焼かれた鉄板を置く。

 精神は不動明王の如く、表情はお淑やかな感じで、じっと待っていたアリアの目が今、料理に向けられた。

 黒い鉄板の上で焼き付く肉。それにバターコーンに丸く切られたキャロット、青みの為のブロッコリー、更に良い塩梅に焼き色の付いた皮付きのポテトがお供している。

 全ての料理が食卓上に並べられ、遂にここまで堪えてきた空腹を満たすべく、いざ夕食に臨む。


 (いただきます!!)


 食べる気満々で並べられたナイフとフォークに手を伸ばそうとしたアリアの耳に、ダニエルの声が届いた。


 「準備ができたようだぜ、お嬢さん方よ」


 そう言いダニエルが厨房の入り口に目を向ける。

 アリアも膝の上から動かしそうになった腕をもう一度綺麗に整える。

 すると、数秒後厨房の入り口からおずおずと5人の少女達が現れた。

 皆、エプロンを付けており、何かしらを作っていた様に思われる。

 少女達は不安で硬くなった身体を動かし、アリアの下へ向かい、そして、アリアの傍まで来ると、何度も練習した言葉を掛けた。


 『アリア、お嬢様。この度、私達は、このお屋敷にて、アリアお嬢様にお仕えする、ご許可を、頂くことが、出来ました。これも、突然の来訪を受け入れて下さった、アリアお嬢様の御心の、おかげでございます。私達を救って下さりありがとうございました!!』


 練習通りに言おうと懸命に、丁寧に、間違えなく語り、最後は本心からの感謝で少女達は話を締め括った。

 アリアは静かに少女達の言葉を聞くと、立ち上がることを忘れていた椅子から立ち上がり、目の前の少女達と向かい合った。

 物語とは違う、現実の理不尽さに一度は打ちひしがれたであろう少女達を内心で同情するが、すぐにその気持ちを振り払うと、こうして出会えた因果に祝福した。


 (袖振り合うも多生の縁、か・・・。ありがとう、こうして出会えて)


 屈託のない笑みを浮かべ、アリアは少女達の顔を見渡して、口を開いていった。


 「わたくしも貴女達と生活が送れるようになれてとても嬉しいです。二度目になるでしょうが、このお屋敷では主とその使用人ではなく、わたくしの大切な家族として、一緒に暮らしていきましょうね」


 握手だと堅苦しいし、なんだか雇用主と雇用者の関係になるみたいで嫌だったので、この少女の身体を使って、最大限に出来る喜び方で彼女達を迎えていく。

 少女達一人一人の正面に立ち、ひしっと抱き締めると同時に、「よろしくお願いしますね、お姉ちゃん」と大輪の笑顔と共にそう言葉を贈っていった。

 そうして、少女達全員の歓迎を済ませる。

 少女達は嬉しそうに一礼すると、近くにいるスイの傍に向かい、そこでエプロンを脱ぎ預けてから、ジェームズの案内で料理が並べられている席へと向かって行った。

 そして、席に着こうとした時、少女達が慌ててアリアに顔を向けると、伝えそびれていた言葉を伝えた。


 「アリアお嬢様、お食事が終わっても、お部屋へと戻らずこちらで待っていてもらえますか」


 伝え終えた少女達はほっと安堵の表情を浮かべて、席へとついていった。

 そうした少女達の様子を見届け終えると、スイはフウとセツに一度目配せをしてから、5人分のエプロンを腕に掛けて、食堂を後にしていった。

 フウとセツは任せてとでも言った視線で母親を見送り終えてから、悪戯を企んでいる子供のようなワクワク顔でアリアに顔を向けた。

 アリアはそれには気付かずに、いつもよりも人の増えた食堂の風景を見渡した後、心からの嬉しさを胸に、席へとついていった。

 何度も思ってしまうがやっぱり人がいてくれる食事程美味しいものはないと微笑んで、アリアは先程よりも更に輝いて見える夕食に心を躍らせていくのであった。






 いただきます、を内心で唱え終えると、まずは野菜からと彩り豊かなパプリカらしき野菜が乗っているサラダにアリアは手を伸ばしていく。

 ドレッシングの塩味、野菜からの新鮮な水気とシャキシャキ食感、それに食べて分かったがパプリカの苦みと仄かな旨味が、混然一体となって口の中を満たしていく。


 (やっぱり、メインディッシュは最後までとっておくものだよな)


 シャリシャリと小気味良い咀嚼音を奏でながら、サラダを味わっていく。

 そうして、満足感一杯にサラダを味わうアリアの目に、じっと手を止めて自分を見つめている少女達の姿が映った。

 アリアは一瞬食べる手を止めその意味する所を考える。するとすぐに、強張った顔のまま自分を見つめ続けている少女達の視線と、さっきのエプロン姿が頭の中で繋がった。


 (!!)


 手を止めたまま、視線をサラダに落とす。

 そして、よく観察してみると、ダニエルにしては少々野菜の切り方に斑があり、不揃いという印象をアリアに抱かせた。

 アリアは止めていた手を動かし、サラダを口へと運ぶ。

 すると、なんだろうか、味が先程よりも更に増したように感じられた。風味、食感、見た目は一切変わらないはずなのに、ここに懸命に食べてくれる相手を想って調理した心が隠し味となって加わり、愛情という新たなスパイスで以ってアリアを楽しませてくれる。

 自然、口元が柔らかに弧を描く。

 味わう様に咀嚼しゴクリと飲み込むと、誰にともなくこの湧き上がって来る感情を声に出して表していた。


 「今日のお野菜はいつにもまして美味しいですね!」


 ご機嫌で言った後、すぐにしまったと己の過ちに気が付いた。これでは、料理長のダニエルの料理があまり美味しくないと捉われかねないと。

 しかし、そんな心配をするアリアの横で、ダニエルが弾ける様に嬉しそうな声を上げた。


 「そうだろう!!今日はな、最高に味を引き立てるスパイスがたくさん入っているからよ!俺だって、この味の再現は難しいってもんだ!お嬢、味わって食べてやってくれよな。料理は食べられてこそ、本当の完成を迎えるんだからよ!」


 自分事の様に喜びが露わの声でそう言い終えると、緊張の面持ちでアリアを見つめている少女達に、良かったなと目配せを送った。

 少女達は歓喜に表情を綻ばせ頷くと、自らも手伝った料理に舌鼓を打っていった。一生忘れられない、最高の味がしたのだった。






 味わう様に食べる。そして、ぱあっと輝く表情。

 少女達が自分達の作った料理に喜んでくれたアリアに感激し、その嬉しさで美味しさが増した料理に感動し食べている姿をアリアは十分に見届けると、食べるのが惜しくなってしまったサラダ、だが、だからこそ綺麗に平らげて、他の料理に移っていった。

 胸を温かな気持ちで一杯にしながら、今度はスープ、パン、フルーツに、欠かすことのできないミルクを眺めてから、一品一品ゆっくりと口に運び、しっかりと食べていった。

 そして、程よい感じにお腹が満ちた後、いよいよ本日のメインディッシュ、美味しい物は最後に食べるを信条とするアリアの待ちに待った本日最高の時間へと突入していく。

 両手にフォークとナイフを強く握りしめて、視線を最後の一品、ステーキ一点へと向けた。

 鉄板はまだ肉から溢れ出す油をジュウジュウと焼くほど熱を残しており、その音だけで再び、お腹が減るような感じを途端に覚えた。


 (肉は別腹ってな!!)


 内心に元のおじさんを滲みだしながら、滴りそうになる涎をあわやの所で啜り、食べる前にメインディッシュの観察へと移っていく。

 黒い鉄板、上に乗る肉。

 チラリと窺うフウとセツ、そして、少女達5人のステーキ。

 思わずにんまりと笑んでしまう。

 一番、丸くて厚い気がする、アリアの肉。


 (くくくくく)


 内心では勝ち誇った笑いが抑えられず、零れ出す。


 (ごめんな、一番大きいお肉を貰っちゃって、くふふふ。程よい厚さで横長楕円形にじゃなくて、ほぼ円で厚みも1.5倍は厚い気がするお肉、貰っちゃって本当にごめんね、うふふふ)


 興奮からか説明調に零し、笑いが止まらないとはこういう事かを、身をもって実感中のアリアは、手に持つナイフとフォークを遂に自分だけの特別な肉に降ろしていく。

 ブツリとフォークを優雅に肉に突き刺すと、残る手に握るナイフでお口に合うサイズに丁寧に切り分けていった。

 肉の表面をここでもお上品に刃で撫でる様に音を立てないで切っていく。

 何度か擦り、遂に表面のカリカリに焼けた“皮”を切り分けると、その下に隠れていたお肉も雅やか所作で切り分ける。

 そして、切り分けたカリカリの“皮”とその下のジューシーなお肉を口へと運ぶ。

 (・・・うん、・・・うん!!あっさりして美味い!)


 思いの外、脂身が少なく、ぺろりと平らげてしまった。

 再び、表面の“皮”から下のお肉までナイフで切り分けると、口へと運ぶ。


 (うん、美味い。やっぱり、これだよ、これ!この食べ慣れた安心の味!白米がほしくなってくる)


 ご機嫌に笑顔を湛えると、3口目を口に運ぼうとして、ナイフに力を入れた瞬間、アリアはある違和感にふと気が付いた。


 (食べ慣れた味?)


 自らが零した感想から、あってはならない違和感に戦慄を覚えた。

 肉の表面に降ろしていたナイフを上げ、目を皿のようにかっぴらいて手元の肉を視線が穿つほど凝視する。

 表面はカリカリに薄く焦げた皮。そう、皮。皮がステーキの上にあるのだ。


 (・・・・・うそ、だろ)


 ポツリ零すと驚愕に染まる状態で、呆然と顔を上げていく。

 そして、フウとセツ、そして、少女達のナイフを入れれば、力をかけなくともすんなり切れるステーキを呆けた様に眺めた後、軋む首を動かして、何かを知っている、いや、今ここになって思い出された、重要なキーワードを語っていた人物に顔を向けた。

 アリアに見つめられた人物は、それはそれは嬉しそうに破顔すると、胸を踏ん反り返らせながら、出来るメイド長としての貫禄を見せようとしていた。

 おもむろに口を開いたアリアは、動揺から震える声でこの特別なお肉を出してくれるように便宜を図ってくれたありがたい人物、シオンに確認の問いを発した。


 「あのシオン、わたくしのお肉、これって━━━」


 「はい、お嬢様!!アリアお嬢様の為に、ダニエルに牛肉ではなく、鶏肉でステーキを作るように頼んでおきました!!」


 「おう!そうだぞ、お嬢!!最上級サーロインに負けない位、特級のムネ肉を使ってるんだ!!この特別な日に相応しい、ムネ肉のステーキだろう!!!」


 アリアが言い終わる前に、シオンとダニエルが声高々に自身の成果を発表した。

 それはもう、鼻高々に誇る様に、言葉を紡ぐ。

 アリアはそんな2人を見て力なく微笑むと、本当に有難すぎる心遣いに可憐な少女然とした雰囲気で、2人に言葉を贈った。


 「ありがとう、シオン、ダニエル・・・」


 何故か溢れ出す涙を指で拭うと、塩気が不思議と増した鶏ムネ肉のステーキを口に運び、何故か良く分からないが味わう様によく噛んで頬張っていった。


 「うん・・おいしい。わたくし、この味が好きです・・・」


 噛めば噛むほど、塩辛くなるから不思議である。

 決して悪気があった訳ではない、自分を想って頼んで作ってくれたむね肉ステーキを頬張っていく。けれども、心の片隅では鳥もいいが牛も。牛も食いたかったと儚く思う。

 塩味が強いステーキを食べていると、すっと隣から、サーロインステーキが差し出された。


 「お嬢食うか?」


 ローズがアリアの小さな口に合う様にカットしてくれたステーキを差し出してくれていた。

 アリアはムネ肉ステーキを食べる手を止めると、大きく頷き、ローズが差し出してくれたステーキをゆっくりと口に運んだ。

 味は、色々な感情が入り乱れた複雑で甘塩辛い物であった。でも、やっぱり美味しかった。






 (食事は無事完了した)


 内心で重々しく組んだ手に顎を乗せてそう決めた、アリア。

 その後、すぐに不敵な笑みを口元に浮かべる。

 そして、綺麗に食べ終わった空の皿を見て鷹揚に何度か頷き、後ろに控えるシオンに振り返った。


 「シオン、ありがとう」


 (シオン、私はきっと忘れないよ)


 物凄く出来る自分のお付のメイド様のシオンを見上げ、口と内心で言葉を紡ぐと、照れた様に笑うシオンに、いっぱいの微笑みを返して、正面に顔を戻す。

 そして、再び視線を空になった皿に落とした途端、


 (もっとたらふく喰いたかったよ!!肉!!サーロインステーキーーーーーー!!!)


 心の中で感情が爆発し、目一杯嘆きを上げた。




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