第83話:久しぶりだから、自己紹介をしようか
随分と過ぎた後、激しく息を切らしたテクノと、正気に戻って「シアン、いくらでならあの薬を売ってくれますか」と本気の交渉を持ちかけている駄軍師シオンがいた。
駄軍師シオンは、皆が見ている前で欲望に忠実に交渉するという実に大それた計略を見せつけた。しかし、あまりにも大それた計略故に、すぐにスイとローズによって沈黙させられていた。
アリアはスイとローズに部屋の隅に雑に放られるシオンにアホの子なの、とツッコんだ後、全身汗だくで息を切らし、時たませき込むテクノの前に素直に赴いた。
「ははは、オフォ、ゴフォ。や、やぁ、はぁはぁ、今日のアリアちゃんはボクちゃんに随分素直だね。とても感心だよ。ぐあっはぁ。はぁはぁ。ウォッホン、グォっフォン」
一生懸命にパーリーピーポーを根性で装うテクノに同情心を揺れ動かされた結果である。
「ゴホッ、はぁはぁ。そ、そうだね、はぁはぁ、久しぶりだから、ボクちゃん達の事を、はぁはぁ覚えているか心配になっちゃうから、最初に自己紹介、ゴッフォ、グォっフォン、でもしようか」
心配なのはテクノの方では、と思わず突っ込みたくなったアリアであったがスルーする。今はそれよりも重要な提案がテクノからもたらされたからである。
(有り難い提案だよ、テクノ君!!伊達に以前の悪辣なアリアの主治医はしてないぜ!!これで知ったかぶりで間違って中身偽物ってバレずに済むな!!)
「はい、お願いします、テクノ先生!」
何の憂いもなくアリアとしてこれからもテクノ達と親しくしていけると、明るく答えた。
「・・・・オッケーだよ、アリアちゃん!ではでは、ボクちゃんの紹介からだよ!!」
ほんの数瞬、パリピグラスの奥で視線鋭くアリアを見据えたテクノ。けれどもその後、元の弾けた雰囲気に戻し、楽しげに答えていった。
「さっきも言っちゃったけどね、ボクちゃんはアリアちゃんの主治医で、この国一番の医者だよ!!どんな病もノンノン、ボクちゃんで一発即解決よ!!他にも、天才ボクちゃんの手にかかれば、どんな技術者でも作れない機械だって発明しちゃうよ!気分が乗ればの話だけどね、フウ⤴フウ⤴!!」
ハイテンションでそう述べ終えると、ちょっと離れた位置のシアンに顔を向けた。
「シアンちゅあ~ん、ボクちゃんの頭脳の粋が集った2つと無い発明品、どこ行ったかわかる~?さっき、溢れ出すRunへの渇望で大空の下に行ったから、何処かにあるはずなんだよね。きっと、出来るシアンちゅあ~んがボクちゃんの為に、回収してくれてるよね~?」
そう訊かれたシアンは、サッとテクノに近づき、駆けだす前に放置していったテクノの発明品を一応は丁寧に差し出すと、スッとテクノの傍から身を引いた。
「・・・・、ボクちゃんのこと嫌いなの、シアンちゃん?」
「コク」
言葉で伝える、シアン。
「ボクちゃん、シアンちゃんの為に色々頑張ってるんだけどね。毎回の薬の治験にボクちゃん、知らない間に使われているんだけどね。でも、嫌いなの、シアンちゃん」
「・・・・・」
首を傾げるのみの返答のシアン。
「・・・うんそっか」
力なく呟く、テクノ。
そして、ほんの数秒下を向いた後、突然、顔を上げた。
「・・・、でもでも!!きっとボクちゃんのテンション!!で、苦手意識もなくなっちゃうかもね!!それまでの辛抱よ~う⤴!!じゃじゃ、ボクちゃんの次はシアンちゅあ~んね!!ヨロぴッ!!」
一瞬落ち込みを見せたテクノであったが、ピカピカグラスの光量を爆上げし、更にレンズ部分のディスプレイにさっきとは違った異世界文字を流しながら、シアンにハイテンションで親指と人差し指を立てたピストル型の形で次を促した。
派手にミラーボールが回り始める中、テクノにパリピオヤジ全開の指名をされたシアンは、うんざり顔でテクノを一瞥した後に、アリアには物凄く嬉しそうな微笑みを向けた。
そして、テクノに接する時とは一線を画する実に明るく弾む声音で、自己紹介を始めた。
「久しぶり、アリアちゃん。お姉さん、ずっとずっとアリアちゃんに会いたかったんだよ。でもでも、今日までずっとドクターと一緒で対応が素っ気なかったから、哀しかったのよ。エン⤵エン⤵」
そう言い終わると、突然アリアに抱き着いた。
「はぁ~久しぶりのアリアちゃんの香りね。むさいドクターと一緒では感じられない、爽やかな香り。大好き!!う~~ん!女の子同士は特別なのよ!!」
抱き着いたアリアの首元に鼻を寄せ、その香りを堪能する。
「はぁ~」
満たされた表情で、深く息を吐く。
その突然の挙動に驚くアリア。
(え、え、え?)
と内心で狼狽するアリアは、シアンに抱き着かれたまま周囲に助けを求めて視線を向ける。
けれども、皆一様に厄介な病が発病してしまったなと、あちゃ~と目を押さえていた。
それを絶望的に確認したアリアは、藁にも縋る思いで、こんな時の為の頼れる従者に視線を送った。
毒を以て毒を制すとはこの事よ、で見据えた頼れる従者シオンは、むにゃむにゃ、グフフと不気味に寝言をほざいていた。
(シオーーーーン!!)
虚しい叫びがアリアの心中で響き渡った。
キョロキョロ辺りを見回した後に、シオンを見て固まったアリアをうっとり眺めていたシアンは、突如ハッと何かを閃いたようだ。
「インスピレーションが湧き上がって来るわ!!」
そう突然叫ぶと、アリアを余計に胸元へ抱き寄せ、1人の世界へと没入していく。
「今度の題目は、令嬢、侍女の胸で安らぐ。うふふ、最高よ!素っ気ない態度の令嬢が密かに秘めていた侍女への恋心。でも、運命は残酷な物で、御父上に婚約者を紹介されるの。令嬢は嫁ぐ前の最後の夜に、今まで冷たく当たっていた侍女に告白するの。実はあなたが好きでしたと。でもって、そこから一夜の儚い逢瀬が令嬢と侍女の間で始まるのよ!青い月光が照らす令嬢の寝室のベッドの上で抱き合う2人。永遠に続くようで一瞬にして過ぎ去ってしまう、無情な時。それから、儚い笑みで嫁いでいく令嬢の為に、婚約者の粗を暴き出して、それを雇い主である親方様に恐れながらも強い信念にかけて突き付ける。愛し合った令嬢の為に。そして、婚約は破談となり、まっさらな令嬢が愛しの侍女の下に帰ってくる。そこで、2人は誓い合うの。もう嘘はつかないと。ありのままで後悔なく共に人生を歩んでいくのと。決意を胸に最大の困難である令嬢の御父上に、毅然と申し立てる。どんな試練が降り掛かろうとも、私達は絶対に離れないと。揺るがぬ決意を見せ付けられた御父上は2人を見据えた後、1つ長く息を吐くと、頷き、2人の事を認めるのよ。性別を超えた2人のラブロマンス。あああああ、もうアイディアの泉からどんどん湧き上がって来るわ。これで、グリムにぎゃふんと言わせて、こちらの沼に引きずり込んでやれるわね。うふふふ、待ってなさい、兄×弟よりも、お嬢様×侍女の方が素晴らしいと見せつけてやるわ、我が永劫のライバルよ!!」
熱が非常に籠る語りで盛り上がるシアン。未だ興奮が冷めやらぬ、体温の上がった身体でアリアを抱き締め続ける。その吐息は熱く、乱れが生じていた。
その昂った状態でアリアに視線を落としたシアンは、何かをアリアに語り掛けようとした。
そのアリアの目に映じるシアンの瞳の深奥には、おどろおどろしい情念の気配が濃霧の如く渦巻いている。
それを直観したアリアは、このままでは何かヤバいことが身に迫りそうな予感(主に貞操に関して)で慌てて話の本筋をずらそうとこれまでの人生で一番の集中を発揮した。
死に物狂いで頭を回転させ、数瞬で視線を周りに走らせ、何かこの危機を脱するきっかけ探す。
すると、何かのトラウマでもあるのか、引き攣った表情のテクノを見つけた。その瞬間、シアンの前にテクノが自己紹介をしていたことを思い出した。そして、アリアは瞬間的に思考を巡らせ過ぎて地味に頭痛がする、我が頭脳によくやったと称賛を贈った後に、シアン目掛けてこの窮地を抜け出す為の言葉を発した。
「シ、シアンさん、あ、あの、わた、わたくし、・・・・・。シアンさんのことが知りたいです!!」
極度の緊張の為、言おうとしていたことが頭から飛んだ。
アリアは恥ずかしさを感じて顔を朱に染めながら、頭に浮かんだ言葉を直球で投げ込んだ。
「!?ア、アリアちゃん、私の事をそんなに思って!?」
「!?お、お嬢様!?」
見事ど真ん中ストライクを決め、気持ち良く球審がストライクコールを高々と発した。
驚きに、感動に身体を打ち震わせたシアンがすぐに反応した。そして、部屋の隅で寝ていたシオンががばっと飛び起きた。
シアンはこんなにも自分を求めてくれていると思い込み、自分の発言の危険さに気付き、目を見開くアリアを全力で抱しめる。涙目で感激し、うんうんと頷きアリアに言葉を掛けた。
「分かったわ、アリアちゃん!お姉さんの全部を教えてあげる!!」
「シオンも何でも教えてあげますっ!!」
張り合う様に復活したシオンがGの如くカサカサと素早く床を駆け抜ける。そして、アリアの背に、ややシアンから奪い取るかの様にして張り付いた。
ぞわぞわと背筋に嫌な物が走ったような気がしたアリアは、背後を一切見ずに満面の笑みで弾む声で語ろうとする、シアンを見上げていった。
「うう~んアリアちゃん、可愛い可愛い可愛い!お姉さんの秘密もいっぱい教えてあげるから、アリアちゃんの秘密もこの後いっぱい教えてね。うふ」
妖艶に笑み、自分の胸に押し付ける様にアリアをギュッギュッと抱き寄せた後、ナース服に包まれた母性の象徴に鼻の奥を刺激されているアリアに、ようやく自身の紹介を始めた。
「お姉さんね、シアン=ケミカって言うのよ、覚えてるよね、うんうん」
アリアの表情を見て満足顔で頷くと続きを語っていく。
「あっちのむさいドクターの下で今は看護師兼薬剤師をしてるのよ。私、傲慢な男なんて嫌いよ。でもね、患者さんは別。弱々しく縋る様に私を見るの。あんなに威張り散らしていた男も、怪我、病気で弱気になると、打って変わって、弱々しく『看護師さん』って言ってくるのよ。堪らないわ、自分の中の奉仕の精神がズクズクくるの。傲慢は嫌いだけど、弱った姿はもっと嫌い。治してあげたい、元気に私に食って掛かるぐらいになって欲しいといつも看護するの。薬が苦い美味しくない、食欲がない、治療が不安なんて漏らす患者さんに、丁寧に丁重に色々な意味で丁寧に、教え諭して、途中で止めないで、頑張って元気になろうって応援して、献身看護を快調するまで続けて、元気に私の前から歩んでいくのがとっても大好き。死にそうな顔から元気溌溂の顔になってくれるのが好きよ。ね、アリアちゃん、私ね、このお仕事に着けてとても幸せよ。人を殺す仕事よりも、ずっとずっと人を救う仕事の方が楽しいもの。巡り合えた天職に生き生きと向き合える今は、私にとって幸せ。アリアちゃん、元気になってくれて、ありがとう」
そう話しを締めて、先程の妖艶な笑みとは打って変わって、純粋に今を謳歌している、実に生きた笑みを、白衣の天使の微笑みを顔に浮かべる、シアン。
そして、ぎゅっと最後にアリアを抱き締めて、小声で小さく耳元で囁く。
「お姉さんね、ドクターのおかげで生きる意味を見つけられたの。ちょっとは、感謝の気持ちもあるのよ。でも、これはお姉さんとアリアちゃんの秘密ね」
微かに照れたように囁き終えるとシアンはスッとシオン憑きのアリアから離れて、スタスタとテクノから1m離れた位置に戻っていった。
アリアはその姿を仰ぎ見る。身長は低めで髪を一房、両サイドで結び、肩口で切り揃えられた薄紫の髪の姿を。ナース服に身を包んだ身体は、シオン、スイ、ローズと比べると小柄であるが、日々献身的に患者さんと接しているからか、引き締まったしなやかさを感じさせた。
本当に先程とは印象ががらりと変わり、ヤバい看護師から看護師のお姉さんに見えていた。
2人の自己紹介が終わり、最後の1人の順番となった。
癖が尋常ではない程強い2人のせいで、登場から殆ど空気と化していた最後の1人。アリアは背中にシオンを張り付けたまま、ジャケットにブラウス、タイトスカートの上に白衣を纏った女性医師らしき人物を観察する。
身長は大体160cm前後、体型は痩せすぎや引き締まった身体という印象はなく、均整の取れた女性らしいくびれがある柔らかい感じである。胸元もシオン程でもなく、平均よりもややふくよかな程度。
そして、体格以外に目を惹かれるのが、彼女の金色の髪である。自然に背中まで流された髪は、生糸の様に艶やかで癖が一切窺えない、ロングストレートの美しいブロンド。毎日、丁寧に手入れがなされている証拠が、そこから感じられた。
アリアは彼女の髪に感嘆すると同時に、男の自分にはそこまでの手入れが果たして出来るだろうかと問い掛け、すぐに出来ないと結論を出すと、心から彼女に尊敬の眼差しを送った。
しかしすぐに、女性医師らしき彼女が自分の視線に気付いた様な感じがして、アリアはバッと視線を下げた。その結果、アリアの視界に彼女の美しい脚が予期せずに入ってきた。
彼女は椅子に面接に臨む学生の様に姿勢よく座っているので、タイトスカートから伸び出る脚が良く映えている。瑞々しく、スラっと伸びやかで、健康そうな血色を湛えており、一方でその様子から扇情的な感情を催してしまいそうな程、女性としての艶めかしい美を醸し出していた。
誰かさんたちのせいで、扉が開きかけたアリアの喉がごくりとなる。そのすらりと伸びた足を組み、せせら笑うお姿でのお手本をご教授願いたいと。
アリアはすぐに頭を振り余計な邪念を払うと、その女性医師らしき人物にまっすぐ顔を向けた。
テクノはシアンが傍に帰ってきた気配を感じ取ると、今まで弄っていた魔力測定器を傍に置いて、シアンとは反対側で緊張の面持ちで椅子に座る女性医師に、次は君の番だよと優しく声を掛けた。
その声にはっと反応した女性医師が授業で先生から指された時の様に勢いよく椅子から立ち上がり、アリアへと向き直った。
そして、2色の瞳で純粋に興味深そうに見つめているアリアに、ピンッと直立不動の姿になると、まるで就職面接に臨む就活生の如く、上擦る声で紹介を始めた。
「あ、ああの、私、きょきょ、今日、初めてこち、こち、らに赴きま、した!」
ガッチガチに緊張した空気を感じさせる話しぶりであった。
見ていて可哀そうな程の緊張状態の彼女にアリアが「あの」と何か少しでも気が紛れるように声を掛けようとした。けれども、その声よりも先にテクノが女性医師におどけた感じの声で語り掛けた。
「クロムちゃん、緊張なんてノンノンノン。軽い感じでいいのさ~。有象無象の木っ端貴族が相手じゃなくて、ここの懐のおっきなアリアちゃん達が相手なんだからね~。こんな格好してるボクちゃんが言ってるんだよ、ハハハ。気軽に初めての自己紹介いってみよう、クロムちゃ~ん!!」
パリピグラスを更にピカピカに光らせたり、ミラーボールらしきものをグルグル回したり、スピーカーからアイドルらしき歌をガンガン流したりした。
それらを派手に見せびらかす様に行ってすぐに「うるさい」、とシアンに沈黙させられた。
スパーンといい音を鳴らしてシアンに折檻されて、椅子からズレ落ちた姿で、ね、チェイサー家の誰も怒らないでしょと、笑って見せた。
目の前で見せられたテクノとシアンの寸劇でクスリと小さく零した後、緊張の取れた彼女本来の笑顔で先程言えなかった、自己紹介を行っていった。
「初めまして、アリアお嬢様。私、王宮で新人医のクロム=リッカと申します!今年で24歳となります!リッカ家の長女として生を受けました!医師になり、現在2年目です!去年までは王宮で先達の教えを乞い、研鑽を積んでまいりました!ですが、今年からは医師として早く独り立ち出来るよう、王宮でも名の知らぬ者がいないテクノ先生の下で、更なる研鑽を日々積んでいる所です!本日こうして栄えあるチェイサー家のご令嬢の下にご同行を許可され、大変光栄に存じております!アリア=チェイサー様、本日はどうぞよろしくお願いいたします!」
落ち着いた雰囲気で語られたクロムの自己紹介。けれども、多少は緊張が残っていたのか、言い終わった後に、大きく安堵のため息を吐いていた。
そんなクロムの一生懸命な自己紹介がアリアに伝わり、自身の学生時の就職活動中の姿が脳裏に思い出され、懐かしさと微笑ましさでアリアは思わず小さく顔が綻んでいた。そして、少しだけ、苦々しい思い出を回顧していた。
(懐かしいな。就職活動は苦労したっけ。どこに行ってもお祈りメールばっかり貰ったからな。決まったのも、卒業間際だったし。冬になってコートを着て、必死に何社もめぐって、落ちて、履歴書を書いて、それを持って、面接の日時に向かう。そして、受かった会社がブラック。兄貴や梢みたいに一流企業には就職できなかったし。はは、ホントしょうもない人生だったな)
そう内心で嘲るように呟くと、目の前でこれからの輝かしい人生を歩んでいく彼女を純粋に見つめる。
羨望や妬みはない、ただここまで歩んできた過程にはきっと相当の努力があったのだろうと考えると、心の底から尊敬する気持ちが湧きおこってきた。
(若い頃の俺だったらきっと妬みの黒い感情で彼女を見ていたんだろうな。年を重ねて成熟した今の俺だからこその、感想だよ。努力できる人は皆すごい人だな)
晴れやかな微笑みを顔に湛えると、彼女の紹介に対する返事を返す。
「クロム先生、今日からよろしくお願い致します」
澄んだ声音が部屋の中に広がっていった。




