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第75話:こんなにも雰囲気で食事が変わるのですね

 食堂のドアを開けて中に入ったアリアは、窓に望む美しい月夜と淡く落ち着いた橙色の光に満ちた食堂を見渡した。

 ほうっと、感嘆にも安堵にも取れるため息を1つ吐くと、続く息継ぎで食堂内に漂う香りに気付いた。

 柔らかく温かみのある香りを胸の中一杯で味わうと、気持ちが満ち足りたものになり、仄かに口角を上向きに変えた。

 そして、夕食に楽しみが出来ると、自分の席を目指して歩き出した。

 けれども、その瞬間、すぐ傍に控えめな存在感を感じた。

 目を向けると、慇懃に深々と腰を折ったジェームズが、いつの間にかそこに控えていた。

 アリアの視線を察知し、ゆっくりと顔を上げていったジェームズが、静かに口を開いた。


 「アリアお嬢様、お待ちしておりました。爺目にお席までのご案内をお任せ願えませんか」


 丁寧な口調でそう望み出たジェームズに、アリアはニコリと微笑むと、快く返事を返した。


 「ええ、お願いしますね、ジェームズ」


 「ありがとうございます、アリアお嬢様。それでは、こちらでございます」


 そう感謝し案内を開始したジェームズの表情は、アリアの憂いの晴れた表情に優しく微笑んでいた。

 そして、アリアを席に案内し、フウとセツも同じように丁寧に案内を終えると、


 「それでは、ご夕食の準備をして参ります」


 と言葉を残し、洗練された所作で一礼し踵を返して、足音無く厨房に消えていった。

 そうして、ジェームズが厨房に消えた途端に、ローズがどっこいしょっとアリアの隣に勝手に座った。それから、何してんだと非難するシオンの睨み付けを一切無視し、アリアの耳元に顔を寄せ、小さく囁いた。


 「夕飯は楽しく食べられそうだな」


 ニッと笑うと横目で正面の席を示した。

 視線の行先を確認したアリアは、笑顔で一言ローズに応えた。


 「はいっ!」


 夕食は全部美味しく食べてみせると、意気込みながら爽やかに笑顔を咲かせた。






 アリアは笑顔のまま視線をローズから正面へと移した。

 そして、白いクロスの掛かったテーブルを挟んだフウとセツに話し掛けようとした。


 「あの、フウお姉ちゃん、セツお姉ちゃん、わたくし」


 しかし、それを遮り、微妙に怒った風のフウが口を開いた。


 「ねぇ、ヒメちゃん。パパから聞いたんだけど、お昼ご飯残したの?」


 そう訊き、じっとアリアの目を見つめる。

 それに被せるように、セツも口を開く。


 「ヒメ、ダメだよ。ちゃんとご飯は食べないと。今でもちんまい身長から伸びなくなっちゃうぞ」


 そう言い、2人してじっと怒った様にアリアを見据える。

 突然の2人の圧に、「え、いや、あの」や「確かに残してしまいましたが、それは」、などと歯切れ悪く、言い訳がましい言葉を口にしようとしたが、ことごとく失敗し、慌てふためくアリア。

 あわあわと懸命に言い訳をしようとしているアリアに、フウとセツが唐突に、可笑しそうに笑いを零した。


 「ふふ、ごめんね、ヒメちゃん。ちょっと揶揄っただけだから。怒ってないよ、安心して。でもね、パパが悲しんでたよ。ヒメちゃんが食べてくれなかったって。だから、今回は食べてあげてね」


 「あはは、ごめん、ヒメ。フウねえと一緒で私も怒ってないよ。それに理由も分かってるから。私達がいなかっかったからでしょ。ごめんヒメ。でも、もうお腹いっぱい食べられるでしょ、ヒメ!」


 2人に揶揄われたと知ったアリアはムッと口を尖らせた。


 「ひどいですよ、わたくしを揶揄うなんて。枕元でシクシクと泣いてしまいますよ」


が、すぐにおちょぼ口から微笑みに変えて、2人に返した。


 「ですが、セツお姉ちゃんの言うとおり、もう何も心配する事無く、お昼の分まで食べられます!」


 そう宣言したアリアの快活な声を聞いたフウとセツは微笑んで、フウがいつの間にかジェームズと一緒に来ていたダニエルに顔を向け、朗らかな表情で声を掛けた。


 「だって!良かったね、パパ!」


 セツとアリアもフウの声でダニエル達に気付き、顔を向けた。

 皆に注目されたダニエルは微苦笑を浮かべると、照れくささを誤魔化す様に頭を掻きながら、アリアに声を掛けた。


 「お嬢、今夜は昼以上に腕によりをかけて料理を作ったからよ、未熟だった昼の俺の分まで食べてくれよな」


 「はい、今度は残さず食べさせてもらいますね。わたくしも未熟というよりも子供だった昼の自分の分まで、食べ尽くす覚悟ですよ。ありがとうダニエル。では、頂きますね」


 最後に屈託のない華やかな笑顔をダニエルに浮かべると、ジェームズが並べ終えていた夕食に手を伸ばしていった。

 その夕食は実に美味しいものであった。

 味ではなく、味わい。匂いではなく、香り。彩ではなく、精彩に富んだ美味しそうな品々。

 アリアは1つ、理解した。


 (料理は雰囲気で、こうも変わるのか)


 満ち足りた表情でそう納得した。

 そして、ダニエルの言っていた昼よりも腕によりをかけて作られた料理の品々に舌鼓を打ちながら、じっくり味わい、そして、宣言通りに全てを満喫していった。






 「ふぅ~」


 あらゆる思いの籠った息を1日分の空気と共に長くじっくりと吐き出した後、視線をその場に集まった皆に巡らしてから、アリアはゆっくりと席を立った。

 そして、名残惜しそうに空になったお皿に目を落とした後に、身体の向きをダニエルに変えて、深々と頭を下げた。

 そのお辞儀には、料理を残してしまった懺悔とダニエルに対する謝罪、それから、料理人としての技術と信念の粋を集めて、昼食を残してしまった自分に再び料理を作ってくれた感謝が大量に含まれていた。

 頭を上げると嬉しそうに綻ぶダニエルの表情がアリアの眼前に見えた。


 「ありがとう、ダニエル。とっても、美味しかったです」


 お辞儀だけでは伝わらない、言葉による気持ちをダニエルに告げて、食堂からアリアは出て行こうとした。

 やはり、この感謝の行為にはそれなりに恥ずかしさが伴うもので、早く出て行きたいとの思いで、シオンに声を掛けて廊下へと出て行こうとした、アリア。

 踵を返したアリアは、シオンと、隣でずっと見守ってくれていたローズ、それと掛け替えのないこの異世界での大切な自分の姉達と一緒に歩き出したその時、ダニエルがアリアに語り掛けた。


 「お嬢、今度は美味しかっただろ!」


 アリアはその声に足を止め、振り返った。

 爽やかに笑むダニエルに顔を向けた途端に、続きを語り出した。


「自惚れていた俺にお客在っての料理を気づかせてくれてありがとな。それと、こんなに綺麗に喰ってくれてありがとな、お嬢」


 そう言うと薄っすらと涙に揺れる瞳で、アリアを正面から見据えた。やっぱりシェフとして、美味しそうに全てを綺麗に食べてもらえることは、どんな褒賞を貰うよりも最高に嬉しい褒美であった。

 アリアはもう一度、誰にでも誇れるシェフに、明るく微笑んだ表情で声を掛けた。


 「美味しかったですよ、ダニエル。また、わたくしに美味しい料理を作って下さいね」


 そう言った後、尊敬の念を込めた礼をしてから、シオン達と今度こそ、幸せに弾んだ気持ちで部屋に帰ろうとした。

 食堂のドアにアリアが手を掛けた時、唐突に背後からまたもダニエルの声が聞こえてきた。


 「お嬢、どうだ。俺の料理で少しは育ってきたか?」


 背後に振り返って目にしたのは、胸の前でこんもりと大きな山を描く動作を繰り返す、ダニエル。


 「ちんまいままだと、母ちゃんに追い付けないぜ」


 誰かと比べるような神妙な表情でアリアの胸に視線を向けた。

 その視線には憐みがもろに見て取れた。

 カッと顔を屈辱に染めたアリアは大声で叫んで廊下へと飛び出して行った。


 「チックショー、絶対にビッグマウンテンに育て上げてやるからな!!覚えていらっしゃい!!」


 悔しさに涙を浮かべて、負け惜しみ全開の捨て台詞を吐いて行った。

 アリアが元気に飛び出して行った様子を満足げに見送ったダニエルは、独り呟いた。


 「やっぱ、ああじゃなきゃ、お嬢じゃねぇよな」


 うんうんと満足に頷いた後に、夕食の片づけに取り掛かっていった。

 いつも通りのやり取りが出来て、やっと戻ったのだと実感できた。

 ダニエルは綺麗になった皿を嬉しそうに笑みながら、一枚一枚丁寧に片付けていった。

 しかし、それは長くは続かなかった。

 アリアが飛び出して行った後も、無言で残っていたシオン達、特に自分の愛おしい娘達によって強制終了とされた。

 シオンよりも早くダニエルまで駆け抜けたフウに重い鳩尾の一撃を貰ったダニエルは、 「グフッ」と呻きを漏らした。

 そして、腹を抱え苦しそうに腰を折ったダニエルは、なんとか顔を上げてフウを見上げた。


 「フウちゃん、どうし」


 「パパ、最っ低!!大っ嫌い!!」


 とのフウの絶交の言葉を最後に、音もなくいつの間にか傍にいたセツに非常に冷めた眼差しを貰いながら結構な衝撃を身体に受けた後、意識を失っていった。

 セツが止めに、完全にダニエルの意識を刈り取っていた。


 「・・・」


 無言で床に倒れたダニエルをセツとフウの娘2人が見下ろし、知らぬ間に食堂にいた微笑みを湛えた様子のスイにその愚父を差し出した。

楽し気に微笑んだスイが快く娘2人に頷くと、良くやったと2人の頭を優しく撫でてから、足を引っ張って仰向けでどこかへと運んでいった。床に程良く頭皮が擦れるようにして、ゾリゾリと音を響かせながら。






 ずんずんと憤りの足音を響かせながら廊下を歩いていくアリア。


 (畜生!!絶対に本物の壮観な眺めの山脈に、育て上げてやるからな!!)


 著しい辱めに歯を食いしばって耐えて、更に今後も弛まぬ意志でより一層の精進を心掛けていこうと臍を固めた時、傍から2人分の声が掛けられた。


 「ヒメちゃん、そんなに気にしなくてもいいからね。これから、これからだから。私も急に大きくなったから、ヒメちゃんもきっと急に大きくなるよ。だから、思い詰めたりしないでね」


 「そうそう、フウねえの言う通り!成長なんて個人差があるんだから、気にし過ぎて悩んだりしちゃだめだよ!私はフウねえとは違うけど、毎日少しずつ自然と大きくなっていったから、ヒメはきっとこっちの成長を辿るかもしれないよ」


 2人からそう励ましを受けたアリアは、そういうものかと女性の成長に一旦の納得を得た。

 それにアリアを心配してくれている気持ちも感じられ、必要以上に無理をして身体を壊しては、フウとセツを悲しませてしまうと大切な事に気付かされた。


 (程よく頑張って行こう。程よく、程よく)


 必要以上に焦り、思い詰めていた気持ちがその言葉によって、すっと軽くなったのを感じられた。


 「そうですよね。人それぞれで良いんですよね」


 そう柔和に微笑んだ表情で返し、フウとセツに顔を向けた。

 そして、その後はフウとセツの2人と他愛ない話をしながら、残りの部屋までの道程を楽しく歩いていった。

 そうして、部屋の前でお休みの挨拶をして2人と別れてから、今まで静かに付いて来てくれていたシオンとローズに振り返った。

 シオン達に一言声を掛けた後にドアに手を掛けて開けると、アリアはシオンとローズと一緒に部屋の中へと入っていった。

 その後はシオンにも「大丈夫ですよ、お嬢様も立派にご成長なさりますよ」との励ましを、就寝準備の髪を梳くときに、横目に揺れる実に壮観な山脈をまざまざと見せつけられながら聞かされ、一度は穏やかさを見せていた意気込みを嫉妬の炎に変え、轟轟と燃え上がらせた。


 (やっぱり妥協なんて甘ったるい考え、許せるか!!)


 魂の奥底からの叫びを上げての宣言であった。


 (程よく?うんなもん、肥溜にでも吐き捨ててこいや!限界以上の努力で人は開花すんだよ!!)


 そんなギラギラと瞳を輝かせ、親の仇を見るような視線で自身の大平野と大山脈を交互に見比べながら、上り詰めていくべき目標を厳格に定めた。

 そんなアリアの姿を傍で眺めていたローズは、あちゃ~と無自覚に嫉妬を煽り続けるシオンに呆れた視線を投げかけていた。

 就寝準備の髪の手入れが完了すると、シオンがなぜか今日に限り上機嫌でアリアの髪を後頭部で二つに分け、絶妙な力加減で丁寧に時間をかけて三つ編みに仕上げていった。


 「~~~♪」


 実に楽しそうに鼻歌交じりであみあみとアリアの髪を纏めていくシオン。その一方で、アリアは時たま押し付けられる反発する豊かな弾力に「くぅ~!」っとハンカチがあったら噛みしめていたであろう敗北感に打ちひしがれながらも懸命に抗おうとして、その時間を過ごしていった。

 完成した三つ編みをシオンに渡された手鏡で少々不貞腐れて目にしたアリアは、そこに映る自身の姿に、先程までの屈辱も嫉妬も忘れ、忽ち見惚れていった。

 ゆるふわに編まれた三つ編みが、清楚なイメージを与え、銀色の髪も相俟って、お淑やかで優美なお嬢様像をアリアに抱かせたのであった。


 「ありがとう、シオン!」


 はしゃぐような明るい声でそう伝えると、益々自身の姿に夢中になっていった。


 (俺の美少女係数がまた上がっちまったな!!)


 そう戯言をほざきつつ、手鏡の角度をあらゆる方向に変えて眺めたり、三つ編みを手で持って眺めたり、頭を振って横に振れる髪を楽し気に遊んだりして存分に満喫していった。

 そんなアリアを微笑ましそうに見つめながら、シオンが嬉しそうに返事を返した。


 「お気に召して頂き、大変光栄です、お嬢様」


 そう声を掛けたが気付かずに夢中で楽しむアリアに、シオンは更に微笑みを大きく浮かべていった。

 そして、そんな主従の関係を遠巻きで見ていたローズは、シオンと同じ穏やかな微笑みを浮かべていた。






 暫く自分の三つ編み姿に傾倒していたアリアは唐突に我に返ると、はっとした表情から何度か周りを見回した後に、羞恥に染まる表情に急変させて、ベッドに潜り込んだ。


 (なんたる不覚!!)


 後悔しても既に晒してしまった自身の醜態に内心で悶え苦しみ、チラリと布団から顔を半分覗かせ、シオン達の様子を窺った。

 温かな眼差しで微笑むシオンとローズの姿をしっかりと目に捉えることができた。


 (ぬうあああああああ!!俺のバカ野郎!!!!!)


 苦悩を越えて心の内でのたうち回ったアリアは、暫くしてようやく余裕を取り戻すと、シオンとローズに絶対にこの事は秘密にするようにと箝口令を敷いた後に、おずおずと布団から半分顔を覗かせて言葉を掛けた。


 「シオン、ローズ、おやすみなさい」


 ぶっきらぼうにそれだけ言うと、布団を頭から被って自身の姿を隠した。


 「おやすみなさいませ、アリアお嬢様」


 「おやすみな、お嬢」


 互いにそう言葉を掛けると、クスクスと微笑みながら、明かりを消したアリアの部屋からそっと出て行った。

 ドアの閉まる音を耳にすると、バッと布団を上に押し上げて、


「Oh,No!!」


と人生で一番のネイティブな発音と共にベッドの上で悶絶していった。

 それは疲れて果てて眠りに落ちるまで続けられる喜劇であった。






 こうして今日も無事過ごすことが出来たアリアは、翌日も無事に中身がニセモノとバレないように、それとバッドエンド回避に全力で臨んでいくのであった。

 その際、試練として前日にシオンとスイが強制的に呼び寄せた主治医との邂逅がアリアに襲い来るが、「うがーーー!!」と奇声を発してベッドの上で転げ回って後悔しているアリアには、今はまだ分からない事であった。

また、他の皆も今日は平穏無事に眠りへと就くことが出来ていた。

 フウとセツは同じ部屋で、すやすやと。スイもそんな娘達に微笑みを浮かべてから、就寝していった。

 タスキも午後の記憶が曖昧な点以外は概ね良好な一日の終わりを迎えていた。

 ダニエルに至っては、妙に頭が擦れたような感じと、何故か身に覚えのない部屋で寝ていた位の違和感を覚えた程度で、気絶したように寝た後に、朝早くに起き出して朝食の準備へとかかっていった。

 ナル、メル、グリムも昨日保護してきた女性達と同室で各々熟睡していった。グリムだけは、買い込んだ薄い本にニヤニヤし、時に両腕で身体を抱いて、「尊い!!」と叫びながら熟読し、明け方近くに眠っていった。

 そして、残りのシオンとローズも、すっかりローズの部屋の準備を忘れていたシオンがそれに気付き頭を抱えた後、不本意ながらも仕方なく2日連続でシオンの自室で眠ることになった。

 昨日と同じように、仲良く布団の取り合いを演じてから、熟睡していった2人。

 暫くは実に平穏な夢の世界で過ごしたが、翌朝、またも抱き合った状態で目を覚ますと、そこから、ベッドを占有する大きなクマさんの前で色々あった2人なのでした。




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