第74話:そういえば、ローズも首飾りを着けているのですね?
心配事が全て杞憂だったと知れたアリアは、快晴の心持ちでお風呂へと赴いていた。
少し前までのしんみりとしていた面影など既にどこへやら、今はただ単にこれからのメインイベントにウキウキした面持ちで廊下をひた進むアリアの姿があるだけであった。
(こんなにも心躍るのは、一昨日振りか!)
昨日のシオンの欠けたお風呂、その後の気を遣いまくった入浴、それらの入浴を経て、今ようやく本当に癒しを得られる入浴タイムが始まろうとしていた。
自然足早になるのも頷ける。至福の入浴タイムに思いを馳せ、赤い暖簾を潜り、今アリアは天上のエデンへと足を踏み入れたのであった。
なんだかんだ有り時間が遅れたのが良かったのか、そこには1日の疲れを癒すために戦乙女達が己の鎧を脱ぎ、素肌を晒す光景が広がっていた。
戦乙女ことメイドさん達が身に纏うメイド服という鎧を脱ぎ、一糸まとわぬ姿を自然と露わにし、ほうっと一息吐いてから大浴場に向かったり、何人かで談笑しながら大浴場へと足を踏み入れていたりしていた。
アリアの頬を一筋の雫が伝い落ちていった。
(頑張ったよ、俺・・・)
神様の過酷な試練に、一時は諦めそうになったり、絶望に心が折れそうになったりしたが、それらに屈せず打ち勝ち、そして乗り越えてきたからこその至高の幸福が得られたと、アリアは感動の心持ちで目の前の光景に見入っていった。
(よく頑張ったよ、俺)
もう一度自身の頑張りを称揚し、美しい涙を瞳から滴らせながら、シオン、ローズ、フウ、セツと順に見回していった。
「わたくし、諦めなくてよかったです。乗り越えたからこそのみんなとのお風呂です」
そう零し、幸せを嚙み締めた天使の微笑みを湛える、アリア。
しかし、感極まっているのはアリア1人のみで、他のシオン達含めその場にいた者達は、突然のアリアの涙にギョッとしていた。
脱衣所に入ってきて辺りを見渡したと思ったら突如涙を流し始めたのだ。何かアリアを悲しませる事をしでかしてしまったのではと、皆一様に肝を潰したのであった。しかし、続くアリアの言葉から悲しみではなく、皆とお風呂に入れることに関しての純粋な感動の涙と分かり、一旦の安堵をその場の全員が抱いた。
しかしながら、単に大勢での入浴で感動し涙を流してしまうアリアの姿に、今までの露骨にアリアを避けてきた自分達の過去が呵責の念となって心を締め付けてきた。
とびっきりの華々しい笑顔のアリアと比べ、呵責の念によりどことなく顔を曇らせる一同。
しかし、一昨日ぶりでも幸せそうに綻ぶアリアを見て、皆一同、過去の呵責に俯くよりも、この笑顔を守る事にこれから先の自身を改めようと前を向いた。
心の行先を一としたその場の一同は、明くる日からは必ずアリアと共に入浴せねばと、使命に燃え滾った。
その為の手段も今宵の内に、アリアが就寝した後に、一同がある一室に会して、熾烈を極めた話し合いの末に厳格に定められた。武家諸法度の如く厳しく定められし規律には、相互扶助の信条が中央に大きく掲げられた。曰く、仕事が速やかに済みし者は周りを即座に確認し、未だ苦戦する者の下へと向かい助太刀すること。それにより、一刻でも早く仕事を完遂し、お風呂へと向かうことが目的であると。更には、アリア到着時には、必ず全員が揃ってお出迎えするようにし、一切の遅刻禁止とのアリアを愛でる者の覚悟が記された。また、不覚悟者には、相応なる罰が下されるとの記載も盛り込まれた。
そんな今宵の内に定められる規律ことなど全く知らないアリアは、呑気に風呂に入るべく脱衣所で服を脱ぎ始めたのであった。
何の憂いもなく入れる風呂に心からの幸せを嚙み締めたアリアは、服を全て脱ぎ終わり準備万端整った後、2日ぶりに脱衣所内を観察していった。
隣ではシオンがポニーテールに纏めていた髪を解き下ろしてから、ストッキングを脱ぎ、生足を晒した後に、メイド服を脱いでいく姿をじっくりと観察した。
その後、下着姿になった所まで見届けてから、他はどうなっているのかと視界を脱衣所全体へと広げた。
(なるほど、フウよりもセツの方が大きいんだな)
と、視界に映ったフウとセツの感想を呟いた後、自身の絶対的な大絶壁にかなりショックを受けた。
そして、俺には成長期が来るのかと危機迫ったモノを感じた後、若干落ち込んだ気持ちで再び観察へと意識を戻していった。
そうして、観察を続けること暫し、ローズに目を向けた時、ふとある事が気になり、そこに視線を集中した。
シオンに比べやや劣るもののそれでも立派な女性の象徴、際立つ曲線美、それとしなやかに成熟した女性という肉体に羨ましさと憧れを抱きつつ、その胸元に掛かるある物についてローズに訊ねようとした。
「うん?どうした、お嬢。何か気になるものでもあるのか?」
しかし、それよりも先にアリアの視線に気付いたローズに、逆に問いかけられることになってしまった。
アリアは一瞬ドキッとしたが、なんとか内心だけで驚きを留めた後、うわべを真面目な表情に取り繕って、言葉を返した。
「ローズもその首飾りを着けているのですね。少し気になってしまいまして、思わず見つめてしまいました」
未だ動揺しているのか、アリアは思ったままをそのまま口にしてしまった。
そして、言い終わった後に、自身の致命的な失態に気付き、顔を蒼く染めた。
(ミスった。迂闊過ぎた。なんで前のアリアが渡したものを、アリアが知らないとでもいった風に話してるんだ)
内心で先程以上に動揺していると、目の前のローズが探るような眼差しでアリアをじっと見つめた後、アリアの体感で相当な時間が経過する程の速さでおもむろに口を開いていった。
「お嬢」
ローズの第一声に恐怖が襲い来る。
(不味い不味い不味い、偽物ってバレた!?)
「どうしてそんなことを訊くんだ?」
(・・・・・)
血の気の引いた顔で、呆然とローズを見上げる。
「これはお嬢がくれたもんだろ?」
眉を顰め、アリアの顔を見据えるローズ。
(・・・・・)
最早なにも返すことも出来ずに、ただローズを見つめ返すしか出来ない。
そんな中、ローズの口が開いていき、続く言葉を発しようとする。それがコマ送りの様に見えて、次に出る言葉で、自身の終焉を予見した。そして、終焉へのカウントダウンがゼロに達した瞬間、ローズの言葉が鼓膜へと届いた。
しかし、その言葉はアリアが予見した終焉を外れ、屈託なく微笑んだローズの口から発せられたモノであった。
「心配すんなって、お嬢。ちゃんと覚えってからよ、これはお嬢がくれた物だってな」
そう語ると、呆然と自分を見上げているアリアをローズが豪快に胸に掻き抱いた。
「他にも覚えているぞ!このお屋敷の皆と屋敷に来た全員にもあげてたこともな。アンやソウシのジジイ、それに・・・。まぁ、皆、お嬢がくれたもんだってことで、お嬢の言い付け通りに、大切にいつも身に着けているぜ」
アリアを胸に抱いたまま、忘れてないぜと、乱暴にアリアの頭を撫で回した。
アリアはバッドエンドを回避出来たことに一応の安堵を覚えたものの、自身を包み込む圧倒的に柔らかな肌色の2つのモノに、今度は鼻から盛大に鼻血を噴き出しそうになる危機に陥っていた。
その為、急いで心を静めようと、絶壁(心の安寧)へと視線を落とそうとした。が、しっかりとホールドされた頭は下を向くことを許してはくれなかった。
(!?)
アリアは地獄の様な天国の様な状態で、必死に無心を意識して、何も考えるな、そして何も感じるなと、今すぐにでも吹き出しそうになっている鼻血に耐えていった。
自身の前で見せつけられたアリアへの羨ましい行為に嫉妬したシオンによって、ローズの温かく柔らかい肌から強引に引き離されたアリアは、解放されて一瞬だけ安堵した。だが、またまた今度は自分の背中側からむにゅっと抱き締められたことに目を白黒させた。
そうして、入浴準備の済んだシオンがローズを警戒しつつ、鼻から大量出血の危機にまたも陥っているアリアをがっちりホールドしながら、最高に幸せな笑顔で洗い場にやって来た。
そこでシオンの抱擁から脱出したアリアは、いつも通りにシオンに全て任せ全身を洗ってもらった後に、湯船に浸かりホッと人心地ついた。
その後、広い湯船に思わず泳ぎたくなる欲求を我慢し、ジャボジャボと湯の中を移動してフウとセツの傍まで移動したアリアは、安心できる雰囲気の元、2日ぶりの穏やかな湯船を堪能していった。
その際、目の前で繰り広げられる良い大人した2人による子供みたいな水かけの醜い争い様を呆れ果てつつ、けれども眼福モノでもあると、弾ける肉体を眺めてもいくのであった。
目の保養と精神の癒しを得られた充実の入浴を満喫した後、脱衣所に上がり着替えを済ませると、今日は早めに食堂へと向かおうとのシオンの提案を受けて、食堂までの道程を歩いていった。
その道程は、お風呂を共にしたメイドさん達全員の快い見送りもあって、実に気分の良いものであった。
弾むように歩くアリアは、自分の周りを見回した。
シオンは言わずもがな、ローズ、それにやっと出会えたフウとセツが一緒に食堂に向かっている。
ニコニコするなと言われても無理な話だ。
もう一度、周りを見回した。
嬉しさに口角が上がりっぱなしになる。
「お夕食、楽しみですね」
特定の誰かに聞かせる訳ではなく、シオン、ローズ、フウ、セツ、皆に聞いてもらいたいと、明るく弾んだ声音でそう口にした。
『そうですね(だね)、―――』
とアリアの名前を添えて、皆が答えてくれた。
先程までの不安など微塵も湧かない。温かな明かりに満ち溢れた廊下を進んで行ける。
食堂までの道程が近く感じてしまう、アリアであった。




