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第76話:世にも奇妙な世界へのフラグなんてありましたっけ!?

 ゆさゆさ。


 「・・うん?」


 ゆさゆさゆさ。


 「・・・う、うん?」


 身体を揺すられる感覚がアリアを襲う。


 (もう少し寝させてくれ、母さん)


 寝ぼけ気味のアリアがそう内心で不満を呟く。

 そして、身体を揺すってくる母さん(?)に、まだ寝ていたいので懇願した。


 「・・・後・・5分・・・」


 眠い頭でそう伝えると、身体の向きをなぜか明るく感じる方向から反対の方にゴロンと反転させた。

 そして、煩わしい明るさが消え、心地よい薄暗さを得られると、そのまま寝息を立て始めた。

 しかし、すぐに穏やかな睡眠の中にいたアリアに、またも揺さぶりが襲い来る。

 アリアは顔を顰めると、それから防御するために布団に潜ろうとした。

 だが、布団を探しに伸ばされた手に、なんの感触も捉えられない。虚空をただ掻くだけの感覚が返ってくる。


 「あれ?布団は?」


 そう寝ぼけ気味の状態で呟く。

 再び手で辺りを探るも、何も当たる物がない。


 (あれ?)


 心の中でおかしいなと布団がない事に疑問を抱いた途端、全身に肌寒さを感じた。


 (う、寒!)

 ブルブルッと全身を震わすと、意識が半覚醒する。

 薄目を開け、ぼんやり寝ぼけまなこで、霞む視界で周囲を見回す。

 すると、自身が何故か布団の上で眠っていることに気付いた。


 (あれ?何で布団の上で寝てんだ?)


 内心で呟き、鈍い頭をのろのろと働かせて、疑問の答えを求めていった。

 そうして、思い返すこと数秒、寒さと今なお断続的に揺すられる感覚で、鈍かった頭にエンジンが徐々に掛かってきた。

 そして、掛かったエンジンが十分に温まった時、遂に今の状況に繋がる記憶を思い起こすことに成功した。だが、それは思い出さない方が幸せな記憶なのであった。

 禁忌の記憶、それはシオンに編んでもらった髪形を気に入り、女の子同然にはしゃいでいた自身の姿である。

 その瞬間、恥ずかしさが頂点に達した。


 (ぬがーーーーー!!!)


 心の内で奇妙な声を叫び上げると、転げ回りたい衝動に襲われた。

 けれども、昨日のように後悔に悶絶するよりも今は肌寒さの方が勝り、アリアは暖を求めて芋虫の如く布団の上を這って、布団に潜り込もうとした。

 器用に布団の上を這って、枕元に到着するとさっと身体を布団の中に潜り込ませた。

 そして、布団の温もりに包まれると、甘い吐息を漏らして二度寝の姿勢に入った。

 目を瞑り、もうすぐで夢の世界に旅立てると確信した時、辛うじて残る意識が聞き覚えるある声を捉えた。


 「なぁ、シオン。随分と寝相が良くなったな、お嬢」


 「ええ、全くもって素晴らしい寝相アートで私を楽しませてくれる、お嬢様になりましたよ、ローズ。ふふふ」


 褒めているよりも貶している方に大分傾いた批評であった。

 夢と現の狭間で行き来を繰り返すアリアにもその声は聞こえていたが、何分今は睡眠欲求に忠実なため、何処かで聞いたことがある声だな程度の認識で無視を決め込んだ。

 身体を丸め鉄壁の防御態勢を取ると、決め込んだ通りに全ての刺激を無視し誘える眠気に身を任せた。

 そして、片足を夢側に確かに突っ込んだ瞬間、突如として温もりが消失した。


 (何事!?)


 曖昧模糊とした意識から一瞬で覚まされたアリアは、がばっと跳ね起き甘美な温もりを奪った不届き者を探した。

 そしてすぐに、その不届き者を、朝日を背にした状態で発見した。

 逆光のせいで顔が影っているため表情は確認できなかったが、その内には言い知れぬ恐怖が潜んでいるように感じられた。

 アリアはまるで恐怖の権化と化したような、不届き者ことシオンに精一杯の愛らしさを目指した微笑みを向けた。


 「あら、シオンおはようございます。実に良い天気に恵まれて、天上の神々もきっと和やかに微笑まれている朝ですね」


 何を言っているのか自分でも分からない話をし、確定しそうな未来を全力で回避しようと試みた。

 しかし、そうは上手くいかないのが世の常である。

 朝日の陰で見えなかったシオンの表情が徐々に露わになると、本日も素晴らしい笑顔でシオンがアリアを迎えてくれた。


 「ええ、おはようございます、アリアお嬢様。空も青く澄み渡り、天上の神々もきっと本日の天気には微笑まれているでしょうね。ふふふ」


 にこやかな笑みを浮かべ、そう同意しつつ、手に持っていた布団を綺麗に畳んでベッドの端に戻した。

 視線を畳んだ布団からアリアに向けると、さっと全身を眺めた後に、凄みを増した穏やかな微笑みで、シオンがアリアに語り掛けた。


 「ですがお嬢様、シオンも天上の神々に負けない微笑みを浮かべていますよ、ふふふ」


 朗らかに語られた話を聞いた瞬間、背筋を悪寒が走りアリアの脳内に最大級の警報が鳴り渡った。

 直感が叫びを上げて訴えてくる。直ちに逃げよと。さもなければ・・・。

 直ちに、アリアは直感に従い、語るのも憚られる恐ろしき未来から逃れる為の選択を実行する。

 瞬時に逃走ルートを脳裏でシミュレート。シオンとは反対側から床に降り立ち、最短距離での遁走を試みる。

 シミュレート通りに逃走経路のドアにシオンよりも先に到着したアリアは、ドアノブを握り回す動作までいった。後は、ドアを引いて廊下に飛び出すだけ。

 だが、ここで1つの懸念が不意に浮かんだ。

 出た後は、どうするかだ。

 これはあくまで部屋からの脱出であって、完璧な遁走にはまだ至れていない。

 出た所で、身長差と大人と子供では走る速さは全く違う。更に、このお嬢の身体は、男の時の身体と同じく、顕著な運動不足に悩まされている。


 (・・・・・。クソ、こうなりゃ、出たとこ勝負で逃げ切ってやりゃ!やる前から諦める馬鹿には、今回はならんぞ!!)


 覚悟を決めると、ドアを引こうとした、その時である。突然、誰かに背後から抱き留められた。

 腕の回された腹部に驚愕の目を落とした時、後ろからよく知る、いや否応なく知悉してしまっている声が聞こえてきた。


 「お嬢様、捕まえましたよ」


 楽し気に弾んだ声。


 「朝から追いかけっことは随分とお元気ですね、ふふ」


 愉快に満ちた微笑みでの終止符。


 「それでは、そのお元気な状態で、少しシオンとお話をしましょうか」


 それから、一段下がった声音で語られる運命。

 愕然と振り仰いだ先には、ニコニコと上機嫌なシオンの顔が見えた。

 そしてこの時、アリアは最大の失策に気付かされた。

 ぐずぐずと考えずに、兎に角部屋から逃げ出しておけばよかったと。

 もう遅いが、そうすればもう少し、楽しいお話が先に伸びていたかもしれなかった。

 口端を引き攣らせぎこちなく笑うと、一言、せめてもの情けでも頂けないものかと、アリアはシオンに言葉を掛けた。


 「あはは、お手柔らかにお願いしますね」


 そうして、朝から元気が出る大変素晴らしいお話をシオンから頂けたのであった。

 本日も実に素晴らしい1日の幕開けである。

 アリアは1つ心に留めた。

 決して、もう決して、布団の上で悶絶はしないと。それと、そうする際は必ず布団の中でしようと。

 どちらにせよ、ほぼ確実に翌朝には、シオンにまたも小言を貰う結果の決意であった。






 転げ回ったせいでぼさぼさに乱れた髪と寝間着を綺麗に整えた後に、昨日に引き続きタスキが注文してくれた精神的にくる古き良き時代の運動着に着替えさせられたアリアは、気を引き締めて大事な朝の日課へと赴いていく。

 昨晩の錯乱如きをいつまでも引きずるなんて既に敗北決定。ここからは本気と書いてマジと読むぐらいの真剣さで相手に向かわなければならない、強敵である。

 一分の隙も見せられない侮り難い相手。隙、即ち甘えをほんの僅かでも覗かせた結果、後々の己の人生を左右する取り返しのつかない失態となる。

 完全に戦闘態勢へと気を引き締めたアリアは、一度自身最大の敵へと視線を落とした。

 のっぺりとした地形が視界一杯に広がった。


 (くっ!!嘲笑ってやがるぜ!!この野郎!!)


 起伏の乏しい己が胸が“努力なんて無駄ださ、さっさとこの運命を受け入れろ”と冷笑と共に貶してくる。

 更に、“見ただろう、夢でお前の未来のほぼぺったんこを”、と小馬鹿にした物言いをアリアへと続けてくる。

 アリアはこのままではこの小賢しい敵に飲まれると、視線を上げた。

 クソッと1つ歯噛みすると、目指すべき頂きを横に見た。

 メイド服に抑えられてもなお、それを跳ね除け尊大に主張するたわわな膨らみ。

 アリアは視線を上げシオンの顔を一度窺うと、(よしっ!)と心の中で気合を入れ直した。


 「お嬢様、如何なさいましたか?」


 アリアの視線に気付いたシオンに訊ねられたが、答えるのは唯の応えではない。決意の表明だ。


 「見上げてもなお高き頂であろうと、登らずに眺めるのは愚者。過去のいや生前のわたくし自身。結果が努力で必ず報われる事無き世であろうとも、決して登らないという選択肢は今生にはありませんことよ。シオン!わたくしの目指すべき頂きとして聳えていてください。諦めませんよ。ふくよかな未来を目指して!!」


 そう言い切ったアリアは満足げに大きく頷くと、最後に一度聳える頂きに目を向けた後、甘えを許せない相手、朝のランニングへと勇みこんで進んで行った。

 その一方でシオンは、突然の決意表明を受けたことで何だかわからず困惑したが、ローズに密かに顎先でそこだと示されたことで、明確に意味を理解した。

 嫉妬とは違う、対抗心を向けてくるアリアがとても健気で可愛らしく感じられたシオンは、我慢できないと母性をくすぐられ、アリアを思いっきり後ろから抱き締めた。


 「努力は無駄にはなりませんよ、お嬢様!」


 そう愛おしいアリアに伝えた後、押し付けられる絶対的な頂きに嫉妬に狂いそうになっているアリアと一緒に、楽しみになっている朝のランニングへとシオンは向かって行った。

 ローズはあちゃ~と昨日に引き続き、無自覚にアリアを煽り続けるシオンに呆れていた。






 このまま貧しいもので終わってなるものかと、決意を不動のものとしたアリアは、押し付けられる絶対的覇者に一切の未練も感じずに、強引にシオンの腕から抜け出し、庭に向かい廊下を歩いていった。


 (負け続けなのは、前の人生だけでもうこりごりだ)


 4日目にして僅かなりとも落ち着きを得たアリアは、内心で独り言ちた。

 そして、寂しそうに自分を見つめるシオンの手を引き、ローズにも手を差し出すと、朗らかに微笑んで、精一杯抗ってやると確かな足取りで庭へと再び向かって行った。

 やけに人気のない廊下を行き、正面口を抜けて外に出たアリアは、昨日のメイドさん達とおまけのタスキが待っているであろうランニングのスタート地点に足を向けていく。

 広い敷地を歩くこと数分、一昨日から始めた朝のランニングのスタート地点がアリアの目に見えてきた。

 そこに人が集まっている事に一旦ほっと一息吐くと、待たせては悪いと歩みを速めて向かう。

 そして、着いたそこでアリアは予想もつかなかった光景に出くわした。

 その光景を見た直後のアリアは、まだ夢から覚めていないのかと疑い、頬をつねってみた。


 (・・・痛い)


 痛みを確かに感じた。

 夢ではない、そう確証を持てた。

 では、ならば、これは己の願望が生み出した空想ではなく、真に目の前にある現実である。

そう自覚した後、アリアは再度、眼前の光景に目を向けた。

 メイドさん達、つまりランニング仲間の彼女達。その服装は、上は白の通気性の良さそうな衣服。所謂、体育などでお目にかかったことのある半そでの運動着。

 ここまでは、まあランニングをするのだから、普通であろう。

 だが、問題となる注目点はハーフパンツに当たる部分である。

 通常、体育ならば、上着は半そでシャツで、下がハーフパンツである。

 アリアの前に生きた時代では、それを普通に目にしてきた。

 自身の恰好は、古き良き時代の所産。今はほぼ失われし、Legend Item。

 タスキという特異な点により、何故かもたらされたそのMistake Itemを身に着ける羽目になった。

 アリアは、自身の貧相な身体に一度目を落としてから、タスキにキッと憤り激しい眼差しを向けた。

 当て付けかと。

 貧相には興味がありません。やはりふくよかに肉付きの良い“女性”にこそ、これは相応しいのですと、皮肉めいた事を仄めかすために。

 お高く売られた喧嘩に、憤慨と軽蔑の眼差しを添えて、ジト目で問い詰める、アリア。

 しかし、タスキはゾクゾクとする背筋に、これも一興かと変態的思考で納得後に、軽蔑から汚物を見下ろす眼差しに変わりゆくアリアに、全力で微かな興奮を覚えつつ首を横に振った。僕ではないと否定する。

 本当に、とアリアが再度胡乱な視線を向けるも、タスキが全身全霊で僕はやってません、信じて下さいと、涙ながらに訴えかけてくる。

 でも前科があるしなと、依然としてタスキを疑わし気に見据えるアリアに、その視線を遮る様に昨日は居なかったフウとセツが、ニコニコと割り込んできた。

 フウが口を開く。


 「ヒメちゃん、ほら早く行こう!!」


 続けて、セツも言葉を掛ける。


 「こんなに楽しそうな事、なんで誘ってくれなかったの、ヒメ。もう、今日は私達がいなかった分までとことん走るからね。さぁ行くよ、ヒメ!!」


 そうアリアに言葉を掛けると、アリアの手を強引に取りさっさと皆が待つ奥まで引っ張っていった。その際、タスキに薄ら笑いを浮かべた事は、アリアは知らない。また、ゾクッと得も言われぬ快感が走り抜けたタスキの事も、勿論アリアは知る由もなかった。

 アリアは突然のフウとセツの登場に驚いたが、それよりも2人の服装にそれ以上に驚いた。

 驚き、呆気に取られているアリアは、フウとセツに手を引かれるがまま、タスキの前から皆が集まる場所の中心まで導かれていった。

 シオン、ローズ、それにスイ以外の皆が同じ服装でアリアを迎え入れてくれた所で、我に返ったアリアは両隣のフウとセツを控えめに眺めた後、周りを眺め回して今の心境を内心で叫び上げた。


 (なんで皆、ブルマなんですか!!俺は何処に迷い込んだんだ!?)


 戸惑いが絶頂まで達したアリアは、サングラスをかけた渋いおじさまがストーリーテラーを務める奇妙な世界に迷い込んだのかと、本気で考えていったのであった。

 頭の中であの音楽を流しながら。




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