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第64話:誰かアイツを呼んできてくれるかしら

 アリアは静かに述べた。


 「シオン、お願いがあります」


 暗く残忍な笑みを浮かべてシオンに願った。


 「ふふふ。こんな素晴らしいものを頼んでくれたタスキに、お礼が是非ともしたくなりました」


 薄暗く慈悲など一切見えない微笑みで、楽しげな口調で続けた。


 「うふふ。わたくしの前に呼んできてくれませんか。奴・・・、いや、タスキさんをこの目でしっかりと見て、お礼を直々に申し上げなければ、わたくしの感謝の気持ちが納まりません。お願い出来ますか、シオン」


 残忍な笑みを深めていく。


 「それと、たしか50着ありましたよね。では、タスキに5着ほど差し上げても宜しいですか」


 シオンに確認を取る。


 「タスキちゃん、・・・。うん、とても可愛らしい娘が誕生しそうですね。毎朝、わたくしと楽しく走ってくれるかしらね。あははははは」


 壊れたように喜色満面で嗤いを零していった。






 トイレで夜の内に溜まったものをすっきり出し終えたアリアが戻ってきた部屋では、開けたドアの先で、にこやかに笑顔を咲かせるシオンとすまなそうに苦笑いを浮かべるローズがいた。

 アリアは、その対照的な表情の2人を目にすると、何やら言い知れぬ不吉な物を感じ、訝しがるように目を細めた。

 警戒態勢で恐る恐る部屋に足を踏み入れたアリアに、にこやかな笑顔を湛えたシオンが溌溂とした声でアリアに声を掛けた。


 「お嬢様!!運動に適した衣装をお持ちいたしました!!」


 ご褒美がもらえる前のワンちゃんの様に、尻尾があったら目一杯に振っているであろう喜び満ち溢れる表情でシオンが、ローズが苦々しい笑みで見据える背後に置かれた大量の紙袋をアリアに示した。


 (いや、俺こんなにたくさん頼んでないんだけど。精々数着ぐらいの気持ちで頼んだんだけど。貴族ってここまで豪快に注文するものなの?)


 当惑したアリアがシオンは当てにならないからと、紙袋の山からローズに視線を向けた。

 ローズは当惑顔のアリアから視線を向けられ、シオンをチラリと一瞥すると、苦笑を浮かべたまま口を開いた。


 「大発注したのはタスキだ。それと、まぁ、なんだ、お嬢。一応、シオンは悪くないと言っておくぞ」


 そう歯切れ悪く締めくくると、顔をそっと反らした。シオンにもっと機能以前のお洒落という概念を叩き込めなかった罪悪感に駆られ、アリアに顔を向けていられなかった。

 ローズの何かを匂わせる不穏な言いように、アリアの中に突如危機感が生じた。

 アリアは、シオンに戦々恐々と顔を向けた。それから、慎重に訊ねていった。


 「シオン、この大量の紙袋が運動用の衣装ですか?」


 「その通りです、お嬢様!昨日、ナル達と全身全霊で作り上げた品です!」


 アリアの不審に染まる心に気付かずに、シオンは鼻高々に自らの仕事の成果を伝えた。

 そして、そうアリアに伝えた後、徐に紙袋の一つを手に取り、中身を取り出してアリア前に堂々と清々しい笑顔で掲げた。


 「どうですか、アリアお嬢様。これがお嬢様の頼まれた運動に適した至高の逸品です!」


 バーン!とでも効果音が就きそうな程に、高々とシオンが誇らしげに掲げるブツにアリアは、思わず目を疑った。


 「・・・・・」


 アリアは目の前に掲げられる信じられないブツに、自分の目がおかしくなってしまったのではと疑いたくなる危機感を孕みながら、シオンに真剣に訊ねた。


 「それが、・・・わたくしの、・・・今後着用することになる衣装ですか?」


 見間違いであってくれと神に縋る気持ちを抱きながら、シオンの答えを静かに待った。


 「はい!そうですよ、お嬢様!」


 太陽のように輝く笑顔のシオンが、間違いなく現実だと明言した。

 アリアは、遠退きそうになる意識をなんとか気力で維持すると、シオンの言葉が誠かとローズに一縷の希望を見出そうと訊ねた。ドッキリでしたと看板を掲げて答えてくれと、縋る顔つきでローズからの答えを待った。

 だが、ローズが顔を横に振り残念ながらこれが現実だとアリアに示した。

 これで確定してしまった己の遠からぬ未来の姿に絶句した。

 震える声で、最終確認をシオンに取った。


 「これを、今後、わたくしが、着るの、ですか?」


 「勿論ですよ、お嬢様!実に無駄を省いた実用的な形ですよね!」


 お洒落などにとんと疎すぎるシオンが、無駄も羞恥心もかなぐり捨てたその締まった衣装の感想を述べた。

 目を見開き呆然自失状態で立ち尽くすアリアに、笑顔一杯のシオンがそれを手に迫ってきた。


 「さぁ、お嬢様!時間も押していますので、着替えてお外に行きましょうね!」


 そう声を掛けて、シオンがアリアの寝間着に手を掛けていった。






 アリアが次に曖昧ながらも自分自身を自覚出来たのは、昨日早朝ランニングを開始した敷地内に広がる広大な庭であった。

 青々と茂る草木、そこにカラフルな彩りを添える花々がアリアの目に鈍く入ってきた。

 目に付きにくい高低木の陰とその根元からは余計な草が除かれ、彩りが鮮やかに映える花々の群れの中からはその彩りを損なう無粋な雑草が綺麗に除かれていた。まさに一朝一夕では成し得ぬ、日々の庭師たちの努力の結晶が作り上げた庭園であった。

 アリアはその職人達の魂をボーっと眺めていた。


 (あれ?俺は何時の間に、外に出たんだ?)


 アリアは曖昧な意識の中、何時ここに来たのかを朧げな記憶を頼りに思い出そうとした。

 そうして、頼りない記憶の糸を手繰り寄せていき、何らかの形が脳裏に浮かびそうになった時、突如として荒々しい風が辺り一帯に吹きすさんだ。

 その風がアリアの全身を無遠慮に撫で通り過ぎた。


 (?)


 いつもと違う様な違和感を下半身、特に脚から感じられた。


 (昨日よりも風が直接当たって寒いんだが?)


 怪訝な面持ちで、アリアは違和感を覚える元に視線を落としていった。

 するとそこには、いつも太ももを覆っているはずの布地が見当たらず、代わりに肌色の瑞々しい少女の太ももが露わになった様相が目に入ったのであった。


 「ほわ?」


 間の抜けた声が口から零れた。

 暫し呆然と太ももに視線を落とす、アリア。

 だが、次第に正気を取り戻していくと、足元から感ずる覚束なさに駆られ、アリアはソワソワと落ち着かない心持ちで視線を周りに巡らせた。

 一刻も早く、何か自分の姿を映せるものがないか、必死になって探した。

 アリアの視界に、シオン、ローズ、それから、これまたいつの間にか集まっていた侍女達が映った後、少し離れた位置に庭園に面するお屋敷の廊下を見つけた。

 アリアは真っすぐ一直線にそこに向かい駆けた。そして、本来は庭園を屋敷内から観賞するための大きなガラスに、自身を映した。


 「・・・何だ。・・・これは」


 零れ落ちるように呟き、鏡に映る自身の姿に愕然とした。

 そしてそれと同時に、今まで朧気であった記憶が鮮明に尚且つ強力な衝撃を以ってアリアの脳裏に蘇ってきた。






 部屋でシオンが掲げて見せた古き良き時代の栄光を。

 それの余りの衝撃に半ば意識を飛ばして呆然と佇んでいた間に、シオンにこんなときだけ手際よく着替えさせられ、意気揚々とするシオンにお手てを引かれ廊下を歩き、ここまで連れて来られたことを。

 更に、シオンが廊下で出会う侍女達に嬉々として声を掛け、その声を聞いた彼女達が片っ端から仕事を直ちに放棄し、何処かへと消えて行ったことを。

 そして、最後に到着した庭で、俺もそれが欲しかったと渇望して止まないジャージ姿の侍女達が笑顔湛え恭しく出迎えてくれたことを。

 これら全てをアリアは、今眼前のガラスに映る濃紺のブルマを穿いた自身の姿を見て、瞭然と思い出した。






 アリアの口から暗い笑いが零れる。


 「ふふふ」


 それは肩まで伝染する。

 屈辱を越えた滑稽さに冷笑が止まらない。


 「ふふふふふ」


 にこやかに後ろ暗い笑みを浮かべる自分をアリアは正面の窓に見る。

 正面の窓に映る自分は、上は速乾性に優れていそうな半そでの運動着、髪はローズが結ってくれたポニーテール。そこから視線を下半身に下げれば、濃紺のブルマを穿いたほっそりとした肉付きのやや悪い真っ白な太ももが見えた。

 アリアは今の滑稽なブルマ姿を見据えながら、どうでもいい事を考える。


 (そういえば、体操着は入れるのが正解なんですかね。それとも、出しておくのが正解となるのでしょうかね。今は、ブルマに入れられていて、よりブルマが引き立つ格好ですので、どうしましょうかね)


 このままブルマ姿の自分を見つめていると、何か大事な物を失いそうな危機をひしと感じ、気を紛らわすためにこの様な事をアリアは考え始めた。

 そこから、上着を入れたり、出したりして、あまりの衝撃的な姿から気を紛らわせていると、唐突に背後からシオンの声が掛かった。


 「お嬢様、突然駆けだされ如何なさったのですか。それと、その行為には何か繋がりがあるのでしょうか」


 シオンの心配する声を聞くと、アリアは無意味な思考と行動を止めた。

 そして、背後に振り返りシオンに顔を向けて口を開いた。


 「心配を掛けてしまいごめんなさい、シオン。どうしても、自分の恰好を確認したくなってしまい、つい駆け出してしまいました。本当に心配を掛けてしまいごめんなさい」


 シオンに振り向いて謝罪を始めた時には気づけなかったが、話している内に気付いたアリアを心配して来てくれた皆に向けて、そう心からお詫びを口にした。


 「後、この行為ですが、どちらがわたくしに似合いますか?」


 余りの衝撃的な姿に気を紛らわすために行っていた行為だとは、流石に仕立ててくれたシオンには言えず、誤魔化すように話題をはぐらかした。

 シオンがアリアの話を聞き、ホッとした表情で「それならば良かったです」と零し、その後に「入れている方がお嬢様にはお似合いかと思います」と答えた。それから、他の皆も安堵する表情でシオンと同じように答えたのをアリアは確認した。

 それらを踏まえて、アリアは柔らかに微笑んで、「では、このままにしておきます」と、誤魔化せたと安堵のため息をひっそりと吐いたのであった。

 ローズは1人一歩下がった位置から全てを眺め、アリアの健気な姿に胸を打たれていた。

 突然こんな格好にされれば動揺もしてしまうだろう。けれども、そんな姿を仕立てて届けてくれたシオン達には見せないと懸命に、言葉と表情を取り繕うアリアの姿にローズは1人、感動し、心を震わせていた。


 (お嬢、ほんと、大人になったな)


 そう胸中で零すと、一歩離れていた位置からアリアの下へ向かい、そっと頭を撫でた。

 アリアはローズに苦笑を零し、小さな囁き声で「内緒」と零したのであった。

 しかし実は、ローズ以外にも皆、本当はアリアの動揺に気付いた。だが、アリアの気持ちを汲み、騙された振りをしていたのであった。






 アリアはローズを除く皆に心配を掛けたお詫びと誤魔化しを無事終えたと考えていた。

 けれども、実際は残念ながら全てバレてしまっていたが、結果オーライとブルマショックから気持ちを切り替えたアリアは、「心配したんですよ」と零し引っ付いているいつも通りのシオンを引き剥がした。

 そして、身体が軽くなると、周りを見回した。

 視界の端に引き剥がされショックを受けて項垂れているシオンが映ったが無視し、ローズ初め皆の顔色を窺った。

 映る色は、アリアを気に掛けてくれる優しい色合い。

 そのような色を見たアリアは、心配を掛けてしまった自身の行動を顧みて反省した。

 そしてそれと同じぐらい、ここまで、“また”アリアを心配してくれる有難さと嬉しさに顔を綻ばした。

 そんな皆に愛されているアリアは、他にも有難い人物について脳裏で考えた。


 (俺にこんな素敵なブルマを贈ってくれた奴はどこのどいつだ。たっぷり、皆に心配を掛けた分まで、お礼をしなくては、な!)


 アリアは、唯一メイド服姿のシオンに服装は訊いても時間の無駄と考え、アリアロスのショックから未だ立ち直れずに、項垂れ続けている豆腐メンタルシオンに、一発で元通りになる言葉を掛けた。

 

 「ありがとう、シオン。わたくしを心配してくれて」


 元気を取り戻させる以外にも、朝の分も含めて心配してくれたシオンへの感謝も紡いだ言葉。

 それを聞くと、項垂れていたシオンが、がばっと面を上げて潤ませた瞳でアリアを見つめた。そして、「大好きです、お嬢様」と叫び、アリアを思いっきり胸に抱き締めた。

 復活したシオンの胸に抱かれながら、アリアは思い通りとニヤリと笑みを浮かべると、続けて慎重に元凶を訊ねていった。


 「ねぇ、シオン」


 「はい、お嬢様!」


 弾んだ声で、先程の感謝から笑顔でアリアを胸にしっかりと抱き締めたまま返事を返す。


 「わたくしに、こんな素敵な運動用の衣装を頼んで下さった方は、誰ですか?」


 「あ!それはですね、タスキですよ、アリアお嬢様!」


 「タスキ?・・・ああ、なるほど!タスキさんでしたのね!」


 シオンの口から知らされた犯人の名前に、ようやく、奴かと納得したアリアは楽しげにニヤリと口端を三日月に吊り上げた。

 そして、朝の時とは打って変わって朗らかに抱き締めているシオンに、アリアはこっちの方が良いなと思いながら、一度だけ軽く抱きしめ返してから、その腕から抜け出した。

 寂しくなった胸元にいつも通り視線を落としているシオンに、可笑しそうに微笑んで声を掛けた。


 「ねぇ、シオン」


 「はい、お嬢様」


 未だに寂しくなった胸元を残念に思っているシオンにほっこりしつつアリアは、ここから先の話の為に気持ちを強引に切り替えていった。

 一度目を閉じて、再び開けると、シオンを見据えて、静かに声を発した。


 「シオン、お願いがあります」


 先程までの穏やかさが一変、暗く残忍な笑みを浮かべてシオンに願った。


 「ふふふ。こんな素晴らしいものを頼んでくれたタスキに、お礼が是非ともしたくなりました」


 薄暗く慈悲など一切見えない微笑みで、我が仇を脳裏に浮かべて楽しげな口調で続けた。


 「うふふ。わたくしの前に呼んできてくれませんか。奴・・・、いや、タスキさんをこの目でしっかりと見て、お礼を直々に申し上げなければ、わたくしの感謝の気持ちが納まりません。お願い出来ますか、シオン」


 いつの間にか冷淡な雰囲気に包まれていたアリアに、シオンがビシっと姿勢を正して頷く所を確認したアリアは、残忍な笑みを深めて言葉を綴った。


 「それと、たしか50着ありましたよね。では、タスキに5着ほど差し上げても宜しいですか」


 自分の為にシオン達が丹精込めて仕立て上げてくれた衣装だ。それを踏まえて、譲る為の許可をシオンに求めた。

 アリアの雰囲気に若干気圧され気味にシオンが承諾した。


 「タスキちゃん、・・・。うん、とても可愛らしい娘が誕生しそうですね。毎朝、わたくしと楽しく走ってくれるかしらね。あははははは」


 新たに誕生する自身に近しい境遇の者を想像し狂笑を溢れさせていった。




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