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第40話:わたくしの人生初の美容室です

 アリアはシオンの腕の中で再び激しく、お嬢様の凄さを見せつけられた。

 部屋の中がまるまる美容院であった。


 (家に美容室って金掛けすぎでしょ!ほんとにお嬢様だな!)


 部屋の中に入った瞬間にはっきりと意識が覚醒し、自分が今から何をするのかもすっかり思い出していた。

 アリアはキョロキョロ忙しなく部屋中に視線を巡らした。

 鏡とゆったりと出来そうな椅子、別の場所には後ろに倒れる椅子とシャンプー台が設えられていた。


 (なんだ?俺はどっちに座ればいいんだ?)


 行きつけの床屋とは違う、椅子が2ヶ所に設けられた美容室にアリアは困惑した。


 「あのわたくしは、今日髪を整えるだけですよね。お化粧とかはするのですか?」


 アリアはシャンプー台の方がカットをする所、床屋にはなかったもう1ヶ所の方が化粧をする所と考えて、懸命にシオンに問いかけた。


 「?お嬢様、お化粧もなさりたいのですか?」


 シオンはアリアの問いかけの趣旨がいまいちピンとこず、お年頃のアリアがお化粧を覚えたいのかと考えて訊ねていた。


 「いや、お化粧はまだわたくしには早いと思うのでその内でいいです。それよりも、今日は、髪を整える為にここに来たのですよね、シオン?」


 首を傾げながらシオンを見つめる。

 シオンは顔に笑顔を浮かべると、優しく答えていた。


 「畏まりました、お化粧の件は後ほどという事に致します。それでは、お嬢様の問いの答えですが、お嬢様の仰る通り、本日は御髪のお手入れの為にこちらに参りました。お嬢様の御髪のお手入れの為に、チェイサー家専属の美容師にお越し頂いております。お屋敷の皆がお世話になっている超一流の美容師ですよ」


 そう言うとシオンは、アリアも見えるように身体の向きを変えて、アリアと美容師が向き合うようにした。


 「では、お嬢様これからの事は、あちらの美容師にお申し付けください」


 シオンはゆっくりとアリアを床に降ろしていった。

 床に降ろされたアリアが美容師に顔を向けると、その美容師が呆れたようにこちらを見ていた。

 美容師はため息を吐くと、こちらに向かって歩いてきた。


 (俺なんかしたのか?ため息を吐かれることなんてしてないんだが?)


 アリアは心の中で疑問を浮かべると、突然ため息を吐きこちらに向かって来る美容師を不安そうに見上げた。

 美容師はそんな不安を抱くアリアとシオンの前で立ち止まると、一度アリアの足元を見てから、呆れた表情でシオンに声を掛けた。


 「シオン、何してんだ」


 意外に低い声が、その口から発せられた。


 「ローズ、遅れたことは申し訳ないと思っております。ですが、聞いてください。お嬢様が余りにも可愛いものでしたので、ついつい時間を忘れて見惚れてしまっただけです。ローズ見て下さい。アリアお嬢様がお一人で健気に三つ編みを編んでいらしたんですよ。こんな愛らしいお嬢様を見てしまったら、時間という概念など何処かに放り捨ててお嬢様を愛でるでしょう。ローズだって、私と同じになります」


 シオンが胸を張ってアリアの忘れたかった一時の激苦い気の迷いを堂々と語り、それ思い出して顔を朱に染めるアリアを自分の前で示した。


 「あ!!んなことは百も承知だ。ツンツンしようがしおらしくなろうが、あたいはその全部のお嬢を愛しているぜ」


 美容師ことローズは挑戦的にシオンを険しく睨みつけると、直ぐに表情を一変させてにこやかな笑みを浮かべてアリアの前に屈んだ。


 「こんな可愛らしく噛みつく娘が欲しいぜ」


 そう言うと、突然アリアを思いっきり抱き締めた。

 赤ワインの様な深みのある赤黒い髪のお姉さんが突然、ヤンキー口調になったかと思えば、またも突然、抱き締められたことに驚いたアリアは、唯呆然とヤンキー姉さんを見上げ、されるがまま身を任せた。


 「ちょっと、ローズ!私のお嬢様を勝手に抱き締めないでくれますか!」


 シオンがアリアからローズを引っぺ剥がした。


 「ふん!」


 今度は、シオンが見せつけるように奪い取ったアリアを抱き締めた。

 ローズはそんなシオンを無視し、アリアを奪われすっきりしてしまった胸元に視線を落としていた。数秒間寂しい胸元を見つめた後、少しだけ残った温もりを抱き締めると、顔を上げてシオンを見据えた。


 「まぁいい。今はシオンに譲ってやるよ。だが、カットを始めたら、しばらくお嬢はあたいのもんだからな」


 ローズは顎先で美容室の施術スペースをシオンに示して、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。


 「くっ!」


 悔しさを零し、示された施術スペースを羨ましそうにシオンが見つめた。そして、シオンはローズを恨めしそうに見つめながら、心の中で1人計画を練った。


 (くっ!このスーパーパーフェクトメイドのシオンが、お嬢様の御髪のお手入れを指をくわえて見ていることしか出来ないとは!!ここは本気で、私も美容師の免許を取りに行きますか。旦那様と当主様に、しばらく暇を頂いてもう一度学園に入り直しますかね。そして、免許を取った暁には、ローズに見せつけるように目の前で、優越感たっぷりにお嬢様の御髪のお手入れをしてみせましょうかね)


 くくくっと、薄気味悪い笑いを零してアリアに視線を落とした時、シオンはこの計画の大きな欠点を発見してしまった。


 (しまった!学園に通うという事は、お嬢様にお会いできなくなってしまいます!1日、いや1分1秒でも、いやいや、コンマ1秒でもお嬢様から離れたくないのに、下手すると数年は会えなくなってしまいます。ダメです!お嬢様欠乏症でシオンが死んでしまいます。くっ!折角いい計画だと思ったのに、おのれローズめ!)


 シオンが再び恨めしそうにローズを睨み、ローズはシオンの表情から諦めた計画を読み取ると、ニヤリと笑い勝ち誇ったように両手でハサミを弄った。

 アリアもシオンの様子から大体の計画を推察し、目の前で良い大人2人が悲喜こもごもの喜劇を演じる様子を呆れたように眺めた。


 (何してんのこの2人)


 冷めた目でアリアが2人を見つめていると、シオンとローズがアリアの視線に気づき、ばつが悪い思いで互いにあははと誤魔化す様に笑い合った。そして、すぐに2人は体裁を整えると、アリアの前に立った。


 「申し訳ございません、お嬢様」

 「すまんな、見苦しいものを見せた」


 2人はアリアに頭を下げて謝罪した。

 それからすぐに頭を上げると、2人はアリアに口を開いた。


 「では、早く御髪のお手入れを始めましょうか」

 「そうだな。アリアお嬢様、あたいが見違えるように綺麗に整えてやるからな」


 シオンとローズがアリアを施術スペースに案内しようとした時、ローズがシオンに言い忘れていたことを思い出した。


 「おい、シオン」

 「どうかしましたか?」

 「お嬢の足元どうした?」

 「うん?足元ですか?」


 ローズに指摘されてシオンがアリアの足元に視線を落とすと、「あっ」と一言声を発して固まった。


 アリアも自分の足元に視線を落として、裸足で床に立っていることに気付いた。

 呆れた表情のローズがシオンに皮肉を込めて訊ねた。


 「お嬢様の新しい健康法か」

 「ち、違いますよ。お嬢様の大切なおみ足をこの様に晒す様な真似はしませんよ。綺麗なおみ足に傷や汚れが付いてしまう可能性が生じてしまいます」

 「じゃあ、なんでお嬢が裸足なんだ?」

 「そ、それは・・・。私が、慌ててお嬢様を抱えて部屋を飛び出しかからで・・・」


 ジッと責めるようにシオンをローズが見つめる。すると、視線に耐えきれなくなったシオンが、「ちょっと、取ってきます!」と言い残し部屋から飛び出していった。

 「あ、シオン!」とアリアが急いで手を伸ばしたが、その手は空を切るのみであった。

 アリアはシオンが消えていったドアを心細い思いで見つめた。


 (待ってシオン!俺を置いていかないで!部屋に初めて会う女性と2人きりにしないで、連れてってくれ!!)


 心の中で切実な思いが零れていた。

 ローズはシオンの背中を苦笑して見送った後、ドアに向かって手を伸ばして固まっているアリアに視線を向けた。


 (ったく、シオンの奴、急に出ていきやがって!お嬢が一人にされて、固まってるじゃねぇか!仕方ねぇ奴だな!)


 シオンにため息を吐くと、ローズはアリアの前に屈みなるべく不安を抱かせないように心掛けながら、柔らかく微笑んで声を掛けた。


 「アリアお嬢様、あのポンコツが戻ってくるまでの間に、今日の仕上がり具合をどうするか、2人で決めちまおうか」


 そう言うとアリアの肩をそっと押して、カウンセリングの為に鏡の前に案内した。

 鏡の前の椅子にアリアが座ると、にこやかに微笑み不安そうな表情のアリアに優しく声を掛けた。


 「今日の髪型のカウンセリングの前に1つ気になったんだが、この三つ編みはお嬢が編んだのか?」


 アリアの三つ編みを一房掬い上げて、訊ねた。


 「は、はい。そうですが。何か、不味かったですか?」


 アリアが緊張の面持ちで鏡越しにローズに訊ねる。


 「いやいや、全然不味くなんてないさ。随分上手いものだと思ってな。自分で編んだのか?」

 「はい、そうですよ」


 久しぶりに編んだ三つ編みと自分自身に初めて編んだ三つ編みを褒められて、表情に少しだけ余裕が戻る。


 「ほうほう、そうなのか!均一に良く編めてるじゃねえか!」

 「ありがとうございます!昔よく編んでいたのですが、久しぶりだったもので、少々上手く編めるか怖かったのですが、そう褒められると誇らしくなります!!」


 アリアが嬉しさで笑顔を咲かせると、鏡に映る自信作を眺めた。


 「うんうん。そうかいそうかい!」


 ローズもアリアの顔から不安が消えて、明るさを取り戻したことに微笑んだ。

 そして、ローズが手元のアリア作の三つ編みを真剣に見つめる。

 アリアがその様子を鏡越しに見た時、寝ぼけて自分がした重大なミスに気付いた。


 (不味い!やらかした!前のアリアって、髪を編んだりしたのか!?)


 ローズに偽物とバレてしまったのではと、恐怖がアリアの全身を強張らせた。

 アリアは不安に染まる視線で、ローズの様子を窺った。

 ローズは見つめるアリア作の三つ編みに仄かな郷愁を誘われ小さく微笑んだ。

 そして、愛おしい思いで視線を上げると、不安な様子で鏡越しに自分を見つめるアリアに気付いた。

 ローズは慌てて、心配そうに瞳を揺らすアリアに声を掛けた。


 「すまん、お嬢。ちょっと、感慨に耽っちまってな。色は変わっちまったが、ここまで普通に成長してくれたお嬢に、何か心に来るものがあってな。だから、怒っていた訳じゃないんだぜ」


 アリアの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


 「ならよかったです」


 ローズの優しい表情にほっと一息吐くと、アリアは小さく笑みを浮かべた。

 そのアリアの表情の変化を確認したローズは、静かに胸を撫で下ろすと最後にもう一度一房掬い上げて眺めた後、名残惜しい思いでそっと下ろしていった。

 そして、顔をアリアに向けると、憂いを消した明るい口調で今日の仕上げについての話を始めていった。


 「それじゃ改めて、今日はどうしたいんだい?」

 「え、えと、そ、そう、ですね」


 アリアはとうとう来たと、美容師との髪型の相談に緊張した。

 そして、内心で困惑しつつも何とか頑張ろうと、懸命に答えを探していった。


 (どうすればいいんだ。いつもの通りでお願いしますでいいのか?いやでも、それだと美容師が仕上がりのイメージをしにくいからなるべくなら、何か抽象的でもいいから話せって、会社にあった雑誌で読んだ気がする。ああもう!いつもの床屋のおやじなら、いつも通りで、で通じるのに!もうこうなったら、恥じらう素振りで何でもいいから話すか!)


 アリアは頭の中で考えを纏めると、ローズに躊躇い気味に声を掛けた。


 「あ、あの。何でもいいのですよね。でしたら、恥ずかしいので、あまり、変わらないように、髪を軽く整えてもらえれば、と思います。ダメでしょうか?」


 鏡越しに、いつの間にか真剣な表情になっているローズに必死にお願いした。


 「いやいや、いいぜ。軽く全体を整えるぐらいにしておけばいいのか?」

 「はい!それでお願いします!」


 ローズに思いが通じたことに、気持ちが軽くなったアリアが喜びの声で答えた。


 「お嬢、了解だ。それじゃ始める前に、危ないから眼鏡は預かるぜ。それと、折角編んだこの三つ編みを解いてしまってもいいか」


 ローズがアリアに見えやすいように三つ編みを掬い上げて訊ねた。


 「あ、ぜんぜん構いませんよ。よろしくお願いします」

 「あんよ。任されたぜ」


 ローズはさっと三つ編みを解くと、アリアの髪に櫛を入れていった。櫛が三つ編みで付いた癖を真っ更な状態に戻していく。

 その間、ローズは手元の櫛に神経を研ぎ澄ませて、髪質を確認していった。


 「櫛の通りは悪くないな。少しかかるくらいだが、気になる程でもないか。パサつきもそこまで気になる程でもねぇな。でも、昨日連絡があった時、お嬢の髪が痛んでるかもしれないと、相談されたしな」


 プロの顔つきになったローズがぶつぶつと何事かを呟きつつ、何度か櫛を通し終えると、アリアに顔を向けた。

 頭の中で、今日の施術内容をアリアの意見も入れてまとめ上げると、ローズは目の前のアリアに声を掛けた。


 「じゃあ、お嬢。早速始めていくぞ。でもまずは、カットの前に髪を流させてくれ」


 アリアをシャンプー台に案内した。そして、アリアが椅子に座ったことを確認すると、ゆっくりと椅子を後ろに倒していった。

 アリアは、いつもの床屋の時と違う後ろ向きに倒れる感覚に驚きと感動を覚えた。


 (お!いいね、いいね!初体験の感覚だ!)


 自分で頭を前に倒す時と違い、ローズがアリアの身体を支えながらゆっくり倒してくれるので、お姫様の様な感覚に思わず笑みを零した。

 ローズがアリアの髪を柔らかい手付きで撫で洗いしていく。

 そしてその最中に、ローズが掛けてくれた言葉に更に感激した。


 「お嬢、どこか痒いところとかはないか?」


 アリアは、それを聞いて美容室に来たんだなと実感した。


 (おお、凄い!昔1回だけ、美容室に行こうとして会社の雑誌を読んだ時を思い出すね。結局、予約を入れる段階で、男の俺が行っていいのかと怖くなって止めちゃったけど、どうせなら体験しておけばよかったな)


 まだまだ若かった自分に苦笑しつつ、今度はしっかりと体験しようとローズに自ら進むように答えていった。


 「そうですね。少し上の方が気になりますね」

 「そうか。このへんか?」

 「あ、はい。その辺りをお願いします」


 男の時には躊躇って出来なかった体験に、アリアの顔が綻んでいった。

 髪を洗い終えたアリアは水気をしっかりと切ってもらうと、最初に案内された鏡の前に案内された。

 ローズは櫛で髪を梳かして、慎重な手付きでアリアの毛先にハサミを入れていった。

 カットの間、アリアはローズとの他愛のない話に花を咲かせていった。その内容は、もっぱらシオンのポンコツ具合であった。

 そうして、アリアとローズが話に盛り上がっていると、その話の主役が息を切らせて部屋に入ってきた。


 「お嬢様、遅れました。申し訳ございません、途中、服屋の店主から連絡がありまして、人手が足りないから、誰か応援を寄こしてほしいとお願いが、入りました。お嬢様、シオンは、お嬢様の仕上がりをここで見ていたかったのですが、それを断腸の思いで断ち切り、今日中にお嬢様のお召し物をお届けするために、今から街まで応援に行って参ります」


 悔しそうに涙を浮かべてアリアを見つめると、続きを語っていった。


 「シオンはしばらく出かけてしまいますが、心配はご無用です。シオンの代わりに、スイを付けておきましたから。ではスイ、お嬢様をよろしくお願いしますね」


 シオンが振り返り、アリアも気付けぬほど静かに控えていたスイに声を掛けた。


 (いたの!!)


 びっくりして、アリアはスイに視線を向けた。

 スイは、シオンに頭を下げるとアリアに顔を向けた。


 「お嬢様、本日はメイド長に代り、私がお世話を担当致します」


 そして、アリアに恭しく頭を下げた。実に堂に入った美しい礼であった。

 アリアはローズに声を掛けた後に、スイに顔を向けた。


 「スイ、今日一日よろしくね」


 アリアは、微笑んでスイに返した。


 「はい、お嬢様」


 スイは再び頭を下げた。

 それを見た後、アリアはシオンに声を掛けた。


 「シオン、ごめんなさい。わたくしのせいで、靴を取りに戻ってもらうことになってしまって」

 「いえいえ、お嬢様の靴を取りに戻るなど全く手間には感じませんよ。道中、その分のご褒美がありますからね」


 爽やかな笑顔を浮かべて、明るい口調でアリアに答えた。


 (?ご褒美?何かシオンにあげたっけ?)


 アリアがシオンの言うご褒美を考えようとすると、突然頭が拒絶するように痛みを訴えた。

 身体からの警告を受け、アリアは嫌な予感がするシオンの言うご褒美について、考えることを止めた。

 そして、気を取り直して、シオンに何も考えず、取りに戻った靴を訊ねた。


 「それで、わたくしの靴は何処にあるの、シオン?」

 「はい、ここにございます」


 そして、シオンは左手を見た。

 何もなかった。


 「あれ?おかしいですね。こっちかな」


 良くものを取り出すポケットを確認した。

 ガチャガチャと何が入っているのかが気になる音を響かせて、シオンがポケットの中を探っていく。アリアには、なぜかネゴ型ロボットのように見えた。

 しかし、いくら探してもアリアの靴は出てこなかった。


 「・・・」


 シオンはポケットを覗き込んだ姿勢で固まった。しかし、数秒するとシオンがいきなりメイド服に手を掛けた。そして、周りを憚ることなく、一気にメイド服を脱いだ。

 その時、シオンのせいで開けっ放しだったドアの外を丁度、ある意味タイミングよくタスキが、通りがかった。

 何だ、と覗き込んだタスキの視線の先に、丁度メイド服を豪快に脱いだシオンの姿が映った。ついでに、その横でこちらを見て微笑むスイの姿も映った。

 タスキは一瞬で暗くなった意識の中、今見た雄大な二つの山の光景を脳内に記憶しようとした。

 しかし、ふふふと何故か脳内にまで響くスイの戦慄の笑い声と共に、今の絶景が完全に消去されていった。

 いつの間にか廊下に倒れたタスキを、いつの間にか廊下にいたスイがどこかへと運んでいく。そして、下着姿のシオンがメイド服を振って、どこに入っていたのかという量の物を床にぶちまけていた。

 アリアは、それらの光景を呆然と見つめていた。

 カットする手を止めていたローズは、スタスタとシオンの下まで歩いていき、ポカンとシオンの頭を叩いた。


 「周りを見ろ」


 そう一言注意すると、ドアを閉めてアリアの髪のカットを再開していった。

 混沌が広がる美容室の中で、アリアの髪が綺麗に整えられていった。






 シクシクと悲しむシオンが床にぶちまけた大量の物を、四次元に繋がっていそうな謎のポケットに仕舞っていった。

 アリアは背後から聞こえるシクシク悲しむシオンの声を意識から追いやって、カットされていく自身の髪を見つめた。

 繊細な手付きでハサミを操り、細かくアリアの髪を毛先から整えていく。

 最初に抱いた第一印象のヤンキー姉さんからは、想像もできない繊細なカッティング技術に、思わず舌を巻き夢中で見つめていた。

 アリアの視線に気づいているローズは、途中に様々なカッティング技術を見せて、飽きさせない工夫を見せた。

 アリアがそのような最高峰の技術に夢中になっていると、いつの間にか背後から聞こえていたガチャガチャという音と、シクシクとシオンの悲しむ声が止んでいた。

 気になり鏡越しに背後を窺うと、シオンと目が合った。

 シオンはアリアと目が合った事に気づくと、ニコッと微笑んだ。

 そして、アリアとローズに近づくと、ローズに許可を取ってアリアに話し掛けた。


 「お嬢様、シオンは暫しお傍を離れることになります。お嬢様がシオンを恋しくならないように、シオンの髪を一房残していきます。そして、もしもシオンが恋しくなりましたら、シオンの髪をご覧になって寂しさを紛らわせてください」


 真剣な表情の、真剣な語り口でアリアに声を掛けた後、シオンはローズに顔を向けた。


 「ローズ、ハサミを貸してください。お嬢様の為に、私の分身を残していきます」

 「は!?やだよ!!」


 一瞬でシオンの頼みをぶった切った。


 「・・・」


 シオンはしょぼんと肩を落として、床からアリアの髪を拾った。そして、それを何で持っているのか気になる半紙に、大切に包んで懐に仕舞った。

 その後、スッと立ち上がったシオンは、勇ましく表情を引き締めると、アリアに悲壮感を滲ませた声で語りかけた。


 「お嬢様、シオンはこれより長い旅路につこうと思います。きっと長く険しい旅路になると思います。ですが、ご安心ください。シオンは必ず、お嬢様の運動に適した至高の逸品を今日の夜までには、届けて見せます」

 「あ、はい」


 シオンの重苦しい空気を全部無視して、アリアは淡泊に答えた。

 しかし、シオンはそれを脳内で大幅に改ざんして、「いかないで、シオン」、「きっと無事に帰って来てね、シオン」と瞳を潤ませたアリアが自分を見つめて案じていることにした。


 「シオンの身を案じて下さり、ありがとうございます、お嬢様。シオンは誰にも負けずに、この旅を終わらせて、お嬢様の下に帰ってきます。では、行って参ります、アリアお嬢様!!」


 一人で感極まったシオンは瞳に浮かぶ涙を袖で拭うと、シオンにとっての半日という永劫にも似た遥かなるアリアとの別れに一筋の涙を流した後、勇ましく街までのお遣いに出ていった。

 アリアとローズは呆気に取られて、唯シオンの背中を見つめることしか出来なかった。

 そして、しばらくして正気に戻ったアリアが、ポツリと零した。


 「あの、わたくしの靴はどうなったのですか、シオン」


 大根役者顔負けのシオンの寸劇を見せつけられたアリアは、もうそれしか言えなかった。






 しばらく、アリアとローズが呆然と部屋のドアを見つめていると、呆れた様子でスイが部屋に入ってきた。


 「はぁ、全くあの子は、1つに夢中になると他が疎かになるわね」


 そうシオンを愚痴ると、スイがアリア達の下にやってきた。そして、ローズに声を掛けた。


 「ローズ様、少々よろしいでしょうか」

 「はい、姐さん。どうぞ」


 ローズがシオンの時とは打って変わって姿勢を正して、スイに返事した。


 (姐さん?)


 疑問符を山ほど浮かして、スイを見つめた。

 スイがアリアの視線に気づくと、にっこりと微笑んだ。それから、ローズを見ると「スイとお呼びくださいね、ローズ様」と小さく囁いた。

 ローズの身体が悪寒で一瞬震えた。

 ふふふと笑うと、スイはアリアの足元に屈んだ。


 「お嬢様、非常にお忙しいメイド長が、お忘れになっていた靴をお持ちしました。それではお嬢様、少々おみ足を上げて下さいますか」

 「ありがとうございます、スイ。えっと、このぐらい上げればいいですか?」


 アリアは素直にスイに従い、足を上げた。


 「はい。それで結構ですよ、お嬢様。では、少しおみ足に触れさせて頂きますね」


 スイは優しく微笑むとアリアの足を温かいタオルで拭いて汚れを落とした後、丁寧に靴下と靴を履かせていった。

 そして、アリアの両足に靴を履かせ終えると、作業を止めていたローズに声を掛けた。


 「ローズ様、お時間をいただきありがとうございました。私は後ろに控えておりますので、どうぞ作業を再開してください。それと、何か御申しつけがございましたら、何なりとスイに御申しつけください」


 そういうと、静かにローズの後ろに控えた。

 ローズは、「スイ姐さん、ありがとうございます」と答えると止めていた作業を再開していった。その呼び方に、スイの眉が一瞬動いたが、何も言わずにそのまま控えた。

 そして、アリアが先程と同じようにローズと話をしていると、静かに控えるスイとも一緒に話をしたくなり、ローズとスイの2人に話し掛けていった。内容は、分かりやすいポンコツメイドのシオンの事にした。


 「スイ、シオンとはどういう関係でしたっけ」

 「あらお嬢様、私の記憶を試そうとしているのですね。いいですよ、簡単にお答えしますね。シオンが見習いの時、私が指導を行っていました。昔は、一生懸命で可愛らしかったですね。フフ」


 懐かしむようにスイが小さく笑った。

 アリアはスイの話に頷くと、次はローズに話を振った。


 「昔話もたまにはいいかもな。そうだな、今はアレだけど、昔のシオンはかっこよかったぜ。あたい達の憧れのリーダーだったからな。まぁ、たまに今と変わらず、ポンコツを発揮するけどな」


 アリアの髪に集中しつつ、ローズは当時のシオンに苦笑して昔話を続けた。


 「でな、シオンが辞めてメイドに転職した時、あたいも前々から好きだった美容師の道に進んだんだ。苦労して学校に入って、そして出て、何年も店で下積みをしてやっとここまで来たんだ。あ、そうだ、聞いてくれお嬢!シオンに美容関係を叩きこんだのはあたいだぜ。シオンの奴、ホントに自分に無頓着だったからな。メイドになるんだったら、髪と肌の手入れぐらいは覚えろって、強引に教え込んだからな。お嬢様、シオンの奴はきちんとやれてるか?」


 真剣な表情でローズがアリアに問いかけてきた。

 アリアは、そんなシオンを心配して問いかるローズに、笑顔ではっきりと答えた。


 「ローズ、何も心配はいりませんよ。シオンに洗ってもらうことは、とても気持ちいいですよ。それにわたくしは、シオンに洗ってもらい事が大好きですから!!」


 にっこりと大輪の笑顔を顔に咲かせて、アリアはローズを見つめた。


 「そっか。シオンの奴、ちゃんと出来てんだな。安心したぜ」


 ローズは嬉しそうに笑顔を浮かべて、アリアの髪を眺めていった。

 それから、アリアの髪のカットが終わるまで、楽しく3人で他愛のない話を交わしていった。




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