第26話:アリアの起床と楽しくて堪らないシオンの嬉しい話
「お嬢様、起きてください」
アリアの耳にシオンの声が聞こえた。
まだ寝ていたいアリアは無視した。
「起きてください、アリアお嬢様」
今度は、掛け声だけでなく身体も揺すられた。
もっと寝ていたいアリアは、それも無視し声が聞こえる方向と反対に顔を向けた。
シオンはそれをアリアからの挑戦と受け取った。
「いいでしょう!私に挑戦する気ですね!」
シオンは、薄く笑うと布団を持った。
「起きてください!!」
シオンが掛け声とともに布団を剥ぎ取った。
突然布団が消え去った事にびっくりして、アリアが飛び起きた。
「何!?」
忙しなく視線を巡らした後、アリアはシオンの顔を捉えた。
「おはようございます、アリアお嬢様」
やけに晴れやかな笑顔のシオンがそこにいた。
「・・・」
アリアは、霞がかった意識でシオンをぼうっと見つめた。
(誰?)
そう思い首を傾げて、シオンを見た。しかし、寝起きで頭の働きが鈍いアリアは、目の前でにっこりと笑うメイドさんの名前が浮かばず、首を傾げてぼんやりと眺めることしか出来なかった。
シオンは、一応起きているアリアを見ると楽しそうに表情を緩めて、ベッドの周りに脱ぎ散らかった寝間着用のワンピースとキャミソールを拾い上げた。
異様に重い頭を不思議に思いながら、アリアはぼうっとしてそれを目で追っていた。
シオンは拾い上げたワンピースとキャミソールを丁寧に折りたたんだ後、再びアリアに声を掛けた。
「お嬢様、朝ですよ。起きてください」
アリアはそれにコクっと頷いて答えた。それから、目の前のシオンをぼうっと眺めていると、少しだけ頭が覚めてきた。
少しシオンから視線を外し、部屋を巡らすと明るくなった外の景色が見えた。
アリアは、再び視線をシオンに戻すと、ぼんやりとした口調でシオンに訊いた。
「シオン、今何時ですか?」
この身体に沁み込んだ記憶で無意識にそう問いかけた。その記憶のおかげで、アリアはボロを出さずに済んだ。もし、転生前の気分で、「あの、すみません」と問い掛けていたら、シオンにまた偽物ではと、疑いを持たれていた可能性があった。
前のアリアのおかげで命拾いしたアリアは、半覚醒状態でぼんやりとシオンを眺めて待った。
サイドテーブルの時計で時間を確認したシオンが、口を開いた。
「6時を少し回ったところです」
それを聞いた瞬間、アリアの顔色が真っ青に染まった。
(しまった!?寝坊した!!)
毎朝、通勤で乗る5時台の電車に乗り遅れたと、アリアは焦りを覚えた。
アリアはすぐにスマホを探した。だが、何処にも見当たらなかった。
(どこに行った!)
更に布団を捲ったりして必死に探した。それでも見つからなかった。
(仕方ない。一旦探すのは諦めてすぐに会社に行く準備をしなくては!!)
アリアは、会社に行くまでにやらなければならないことを思い浮かべた。
(ひげを剃りスーツを着たらすぐに家を出て、駅まで走れば少しでも早い電車に乗れるかもしれない。ネクタイは電車で締めればいいし、後は連絡だ。7時半に課長に連絡して遅れる旨を伝えて、会社に着いたら謝罪すれば何とかなるか)
アリアの身体が、不安と焦りで震える。
しかし、それを気にしている時間の余裕が無いアリアは、洗面台に向かおうとして、ベッドから降りた。そこで、シオンと目が合った。
その瞬間、霞がかった頭がはっきり覚醒した。そして、死んでアリアに転生したことを思い出した。
アリアは、シオンをはっきりと見据えた。そこには、アリアの奇行に目を見開き、驚いているシオンがいた。
客観的に見て、今までの自分の行動が非常におかしいことを理解した。
アリアは頭を目一杯働かせて、言い訳を考えた。
「おはようございます、シオン。とても良い朝ですね。空が清々しいくらいに晴れ渡り、うん、今日も良い日になりそうな予感がしますね」
とりあえずは挨拶でもと、笑顔で困惑顔のシオンに皮肉を交えて朝の挨拶をした。
「はい。おはようございます、アリアお嬢様。確かに良い天気ですね。ところで先ほどのご様子」
「うふふ、わたくしとしたことが、ついうっかり寝ぼけてしまいました。夢で何か大切なものを失くしてしまい、必死に探してしまいました」
何かを聞かれる前にシオンの話を遮り、強引にそれっぽい出任せを口にした。
そして、昨日からのシオンのちょろい性格を利用して、有耶無耶にしようとアリアは更に言葉を続けた。
「驚かせてしまいましたか。ごめんなさい、シオン」
アリアが、しゅんと沈んだ面持ちを作る。
「シオンはこんな寝ぼけてしまうような、ご令嬢失格のわたくしを嫌いになってしまいますか。わたくしに愛想を尽かしてしまいますか」
そこまでで一旦言葉を止めると、瞳を潤ませてシオンを見つめて続きを口にしていった。
「いやですよ、シオンがいなくなってしまうなんて。ダメダメポンコツなわたくしですが、見捨てないでシオン!!」
未だ、アリアの急展開についていけていないシオンに、アリアはひしっと抱き着いた。そして、涙を浮かせた上目遣いで縋るように、シオンを見上げた。
「~~~!!」
シオンはたまらずアリアを胸に一杯に抱きしめた。
「私がアリアお嬢様を見捨てるなんてことは得ません!一生何があってもアリアお嬢様にお仕えします!」
それを聞き、アリアは静かに笑った。
「ありがとう、シオン。夢で失くした大切なものは見つかりませんでしたが、わたくしにとって大切なものを見つけることが出来ました。ね、シオン!」
シオンの胸元から顔を上げて、嬉しそうに微笑みを向けた。
「お嬢様!!」
シオンはアリアをギュッと抱きしめた。そして、願いを叶えてくれた女神さまに感謝した。
(ありがとうございます、女神様。今日もアリアお嬢様の笑顔が見られました)
シオンはアリアを最高の笑顔で、抱しめていた。
一方、アリアはシオンの胸に顔を埋めたまま、ニヤリと笑った。
あざとさに更に磨きがかかったアリアは、流石悪役令嬢であると頷かせる姿であった。
よしよし、上手く切り抜けられたとアリアは内心で浮かれていた。
(やっぱりちょろいね、シオン!!ククク!!)
しかし、そう世の中上手いことだけではなかいと、アリアはすぐに気付かされた。
シオンから底冷えする声が聞こえてきた。
「お嬢様、これはいったい何ですか?」
ビクッと身体を震わせ、胸元から顔を上げてシオンを見上げた。
そこには、素晴らしい笑顔があった。その笑顔のチャームポイントを上げるとしたら、額に浮き出た青筋であろうとアリアは思った。
シオンはゆっくりと視線をベッドの上に向けた。アリアもそれに倣って視線をベッドの上に向けた。
そこには、綺麗に折り畳まれた寝間着用のワンピースとキャミソールが置かれていた。
シオンはアリアに顔を向けて、にっこりと笑いながらもう一度、ゆっくりと問いかけた。
「お嬢様、あれは何ですかね」
アリアの背中に冷たい汗が流れた。
「あはは、何でしょうね、シオン」
笑って誤魔化そうとした。
シオンは、冷たい視線でアリアを見下ろすと、そっと胸元からアリアを離した。それから、アリアに視線を向けた。特に、アリアの髪に視線を注いでいた
シオンの視線が、自分の髪に向いていることに、アリアが気付いた。
アリアは恐る恐る髪を手で触って確かめてみた。寝ぐせがたくさんあることが、感触から分かった。
「あはは・・・」
思わず、空笑いを零した。
シオンは笑ってくれなかった。それどころか、雰囲気が鋭くとがったものに変わっていた。
あのアリアにはほとんど優しいシオンが、本気で怒っていた。
アリアがシオンに、訥々と言い訳を語り始めた。
「あのね、えっと・・・、昨日ちょっと、眠れなかったので、・・・んと、自分なりにどうすれば、寝られるかを、考えて、色々試していたら、その・・・、服が脱げて、髪が解けてしまったの。だから・・・」
シオンの能面のような無表情が見えた。「ひっ」と引き攣った声が零れた。
その恐ろしさ腰から力が抜けてその場にへたり込んだ。
シオンが腰を抜かしたアリアに一歩、また一歩と迫って来た。アリアはもう身体を震わせることしか出来なかった。
やがて目の前にシオンが到達すると、アリアを抱え上げてベッドに座らせた。それから、衣装掛けに向かい、昨日掛けたカーディガンを取ってくるとアリアの身体に羽織らせた。
その後、シオンは屈み、アリアの視線に顔を合わせた。
アリアの顔を見据えながら、シオンが口を開いた。
「そうだったのですね、アリアお嬢様」
シオンの顔に笑みが戻った。
(やった!助かった!ありがとう、神様!!)
アリアも同じように笑みを浮かべた。
そして、ここが好機と畳みかける勢いで言い訳を口にしていった。
「そうですわ!!服が勝手に脱げていったのですわ!!全く、もう少し根性がある服だと思っていたのに!!それにわたくしの髪も随分と元気が有り余っていてね、窮屈だから自由が良いと、リボンを解いてしまいましたのよ!もう、勝手な服と髪よね、シオン!!」
アリアは、そこまで捲し立てるとシオンの顔を窺った。シオンは、うんうんと笑顔で相槌を打って聞いてくれていた。
「そうだったのですね、お嬢様」
シオンが、驚いた表情を浮かべた後に、最高の笑顔で優しく答えてくれた。
「そうだったのですよ。シオンはやっぱり、わたくしの最高の従者ですね!!」
えへへっとアリアが嬉しそうに、シオンに笑いかけた。
うふふっと笑いを零して、シオンがアリアの頭を撫でてくれた。
(勝った!!!)
アリアは内心で大いに喜び、まるで戦に勝ったかのように勝鬨を上げていた。
しかし、そんなアリアに幾分か温度の下がった声が聞こえた。
「でも服はひとりでに脱げたりはしないですよね。御髪も同じですよね」
冷たい声だった。それを聞いた途端に、アリアの内心と表面の笑いが消えた。
ゆっくりと顔を上げてシオンを窺った。
表面上は、にこやかに笑うシオンがいた。
「ご、ごご、ごめ、んさい、シオン」
唇が震えて上手く言葉が出ない。
「どうして謝るのですか?お嬢様は悪くないのですよね?脱げてしまった服と解けた髪留めがいけないのですよね?」
凄味が増したシオンがアリアに厳しく問いかける。
「ごめん、ささい」
「ん、おかしいですね。悪いのは服と髪留めですよね?」
シオンに責められ続けて、遂にアリアが素直に白状する。
「わたくしが脱ぎました。それと髪も解いてしまいました」
聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声だった。
それでもシオンには聞こえていたようで、うんうんと頷いてアリアの告白を聞いていた。
シオンは、まずは素直に白状したアリアを褒めた。
「分かりました。隠さずにお話しになり、シオンは嬉しいですよ。偉いですよ、アリアお嬢様」
シオンがアリアの頭を優しく撫でる。恐怖から委縮していたアリアは、それで笑顔になった。
嬉しそうに弾んだ声でシオンに問いかけた。
「シオン許してくれるのですか!」
アリアは、シオンが許してくれたと思った。
(やった!許してもらえた。最初から素直に話しておけばよかったよ)
もう、叱られるのは終わりだろうと、内心でほっと胸を撫でおろした。
だが、無情にもシオンの口からは許しの言葉ではなく、厳しいお叱りの言葉が零れた。
「お嬢様、どうしたのですか?私は、許すとは一言も申し上げておりませんよ」
アリアの表情が固まった。
「え!?」
呆然とシオンを見つめた。シオンがアリアを見据えて、口を開いた。
「アリアお嬢様、私と少しお話をしましょうか。大切なお話ですよ。ね、アリアお嬢様」
アリアは首を何度も横に振っていらない、いらないと拒否をしたが、にっこり笑ったシオンに無視された。
「遠慮はいりませんよ。久しぶりに、お嬢様と朝から楽しいお話が出来て、シオンは嬉しいですよ」
アリアは、楽しくないし嬉しくないと何度も首を振った。だが、結局シオンとの楽しくて楽しくてたまらない、嬉しいお話をすることになってしまった。
そこから30分ぐらい、こっぴどくシオンに絞られ尽くしたアリアであった。




