第25話:アリアお嬢様が冷たくなりました。ですが、これもなかなか良いものです
後日、シオンは一着のメイド服を仕立てて貰った。
お屋敷に届いたその小さめのメイド服を満足そうに眺めると、アリアの部屋へと向かった。
ドアをノックし、アリアの返事を聞いてから、部屋に入るとアリアが微笑みを浮かべて迎えてくれた。
シオンはアリアの前に進むと、手に持っていたメイド服をアリアに見せた。
「お嬢様、如何でしょうか!」
得意気にメイド服を見せるシオンに、アリアは困惑した。
「どうしたのですか、シオン?」
「新しく、仕立てて貰いました!」
「?」
話が見えてこなくて、アリアは首を傾げた。
シオンは、アリアの前で屈むと、メイド服をアリアに差し出した。
「アリアお嬢様、どうぞお受け取り下さい」
シオンに差し出されたメイド服を反射的に、アリアは受け取っていた。
アリアは、メイド服とシオンを交互に見ながら、不安を覚えた。
「え!?え!?」
メイド服を差し出された意味をアリアは、考えた。そして、それの意味することに思い至ると、アリアの瞳から涙が流れ出した。
「失格、という事ですか」
アリアは、涙で満ちた瞳でシオンを見つめた。
「わたくしは、チェイサー家のご令嬢に相応しくないという事ですか。だから、今日からメイドとして働けということですか。ご令嬢失格エンドという事なんですね」
貰ったメイド服を胸に抱きしめて、涙した。
シオンは、想像と違うアリアの反応に慌てた。
「お嬢様!違いますよ!」
「何が違うのですか、シオン?」
アリアの脳裏に違う形のバッドエンドが浮かんだ。
「これは餞別と、いうこと、ですか?お屋敷から出て行き、どこかで、メイドでも、していろと、いう事です、か。お屋敷追放、エンドという事、ですか」
アリアが、唐突の追放宣言に声を詰まらせ涙した。そして、抱きしめたメイド服に顔を埋めてしまった。
シオンが更に慌てて、アリアに声を掛けた。
「お嬢様!アリアお嬢様!落ち着いてください。勘違いです」
「え、勘違いですか?」
「そうですよ。お嬢様を追い出そうなど、誰も思っていませんよ」
「え?では、これは何なのですか?」
「そのメイド服は、シオンからお嬢様への贈り物でございます」
「シオン?今日は、わたくしの誕生日ではありませんよ?」
アリアの頭が混乱する。
シオンは、涙で濡れたアリアの顔を取り出したハンカチで丁寧に拭いていった。
アリアの顔を拭き終えたシオンが、すっかり涙が止まったアリアに声を掛けた。
「ワンピース以外のお召し物でもと思い、シオンから贈らせて頂きました。たまには、ワンピース以外もお召しになりませんか?」
「う、うーん?ま、まあ、折角シオンがくれたものですから、着てみてもいいですかね」
歯切れ悪く、アリアが承諾する。しかし、アリアは内心で葛藤していた。
(本当にこれを着ても大丈夫なのか?着たら、シンデレラみたいに、家事全般を押し付けられて、悪いお母さんとお姉さんの代わりに、屋敷で働く使用人達に、今までの仕返しで悪戯や嫌がらせをされないか?それで、魔女が現れて、舞踏会に強制参加させられて、野郎と踊らされて、12時の鐘で急いでとんずらこいて、やっと解放されたと思ったら、今度は女々しく野郎が、片方だけの靴を持ってきて、その靴が俺に見事ぴったりと嵌まり、お姫様バッドエンドとかに発展しないよな)
アリアはそこまで考えてゾッとして、やっぱり止めようかとシオンに顔を向けたら、シオンが真剣な表情でアリアを見ていた。
アリアは、伝えようとした言葉を飲み込んだ。
(仕方ないな、はぁ。アリアが俺になるまで、辛い思いもしてきただろうし、ここは普段の感謝で、着るしかないか)
アリアは、決心をしてシオンに声を掛けた。
「シオン、これはどのように着ればいいのですか?」
シオンに渡されたメイドさんコスプレセットを繁々と見つめて訊ねた。アリアの手元には、メイド服とガーターベルトとストッキングなどコスプレセット一式があった。メイドさんになったことが無い、アリアはシオンに着る方法を訊ねたのだった。
「それはですね・・・・・」
シオンがアリアにメイド服の着用の仕方を教えていった。
そして、シオンに着用の仕方を教わったアリアが、メイド服に一度視線を落とした後に、恥ずかしそうにシオンに口を開いた。
「シオン、わたくしが良いというまで後ろを向いていてくれませんか?いつもの着替えと違って、誰かに見られながらだとなぜか恥ずかしいので、お願い出来ますか?」
「畏まりました、お嬢様」
シオンは、表情を殺し静かに答えた。そして、後ろを向いた瞬間に、シオンはひっそりと笑った。上手くいったと、心でも笑った。今のお人好しのアリアなら、メイド服を持っていけばきっと来てくれるだろうと立てた作戦が上手くいき、アリアに見えない後ろ向き姿で、薄笑いを浮かべていた。
これでやっと、あの日の夜に、想像したアリアのメイド服姿をお目に出来ると、楽しみにソワソワしながら待った。
背中では、アリアが悪戦苦闘しメイド服を着ている様子が感じられた。
うんうん唸りながら、下着姿のアリアがメイド服を片手に苦戦している姿がシオンの脳裏に浮かび、シオンの笑みが更に深まっていく。
それから、しばらくするとアリアからシオンを呼ぶ声が控えめに掛かった。
「どうぞ、シオン」
シオンは、胸をドキドキと高鳴らせゆっくりと振り返っていった。そこには、自分と同じメイド服を着たアリアが、恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべて立っていた。
黒を基調としたワンピースに白いエプロンを付け、頭に白いフリルのカチューシャを乗せたアリアが不安な様子でシオンに訊ねた。
「これで、合っていますか?」
子犬のように揺れる瞳でシオンを見つめていた。
「ごほっ!!」
あまりの可愛さにシオンが噎せた。
「シオン!?大丈夫ですか!?」
アリアがシオンを心配して声を掛けた。
「ええ、大丈夫ですよ、お嬢様」
シオンは、アリアの可愛さで噎せたとは言えず、何てことない口調で答えた。
しかし、心臓はドキドキと強く鼓動を打ち、ニヤ付きそうになる表情を必死でシオンは抑えていた。
(く!不覚でした!まさかここまでの逸材だったとは!!本物の威力がここまで違うとは!!)
内心で、驚きと感動を覚え、シオンはアリアをもっと見ようと、俯いていた顔を上げた。
アリアを直視した瞬間、鼻から血が流れ出した。
「シオン、鼻血です!?やっぱり、どこか具合が悪いのですか!!」
アリアの驚きの声を聞いて、自分が鼻血を流していることに気付いた。
(ここまでの、威力とは!!このシオンが、直視に耐えられないとは!!お嬢様流石です!ですが、負けません!鼻血ごときに負けるシオンではございませんよ!例え失血死しようが、最期までじっくりと見てあげますからね、アリアお嬢様!フフフフフ!)
内心で怪しい笑いを零しながら、一切おくびにも出さずに瀟洒なメイドを演じた。
「申し訳ございません、お嬢様。少々刺激が過ぎましたので、不覚にも鼻血が零れてしまいました。見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ございません」
「謝罪などよりも、わたくしはシオンの体調が心配なのです。本当に大丈夫なのですか?病気とかではないですよね?それよりも、今日はお休みになった方が良いです。ね、シオン今日はもう休みましょう!」
アリアがシオンを心配し、休むように勧めた。
しかし、シオンはやんわりと断った。
「ありがとうございます、お嬢様。アリアお嬢様のお気遣いのおかげで、シオンの鼻血は止まりましたよ。ほら、見てください」
そう言うと、シオンはポケットからハンカチを取り出して鼻を拭いた。その際、アリアお嬢様のメイド服姿の為に止まれと念じながら拭いていた。
その甲斐があり、ハンカチには乾いた鼻血しか付かず、鼻血が止まっていた。
内心でほっと安堵してシオンがアリアに声を掛けた。
「ほら、もう止まりました。ですので、心配はいりません」
まだ、心配そうに見つめるアリアに柔らかに微笑みかけた。
じっと、シオンを見つめた後、ほっと1つ安堵の息を吐くと、シオンに声を掛けた。
「良かった。でもシオン、もうわたくしに心配を掛けさせないで下さいね。体調管理も大切な御仕事ですからね」
頬を膨らませてアリアが注意をした。そして、ひしっとシオンに抱き着いた。
「本当に良かったです、シオン」
心からの気持ちを零して、シオンに抱き着いていた。
しばらく抱き着いた後、シオンから離れたアリアがシオンの前に立った。
「どうですか、シオン。どこか間違っている場所はありますか?」
スカートの裾を軽く持ち上げて、問いかけた。
「心配はございません。間違いはありませんよ」
「本当ですか!」
「はい、しっかりと着られておりますよ。とても可愛らしいですよ、アリアお嬢様」
褒められたアリアが嬉しそうに笑みを零した。
「フフフ。やはり、わたくしは、何を着ても様になりますね!流石わたくしです!!」
調子に乗ったアリアが、シオンに見せつける様に、思いっきり身体を回転させた。だが、その拍子にスカートが捲れ上がり、アリアの下着が見えてしまった。
アリアは吃驚して、舞い上がったスカートを押さえつけ、シオンを窺った。
(怒ってない?落ち着きと慎みを持ちなさいと怒られない?)
窺ったシオンは、アリアをじっと見つめていた。
(何?どういう反応?)
不安に思いシオンを見た。すると、シオンが恭しく口を開いた。
「アリアお嬢様、1ヶ所間違いがございました」
「本当ですか!どこが違います、シオン?」
シオンの間違いの指摘を聞き、自分で直そうとした。しかし、いきなりシオンがアリアに近づき、スカート中に顔を突っ込んだ。
突然、スカートの中に顔を突っ込まれたアリアが吃驚して固まった。
「お嬢様、ガーターベルトの付け方に間違いがございます。ガーターベルトはショーツの下に付けないといけません。このような付け方では、おトイレの度にガーターベルトを外さなければならなくなってしまいます」
一度言葉を止めると、鼻息を荒くしたシオンがアリアに提言した。
「ここは、シオンが正しく付け直させて頂きますね」
シオンがガーターベルトをストッキングから外して、アリアのショーツに手を伸ばそうとした瞬間、正気に返ったアリアが悲鳴を上げた。
「キャーーーーー!!」
そして、シオンを膝蹴りで蹴り上げた。
ドゴっと良い音を響かせてシオンが宙を舞い、すぐに床に落ちていった。
「ななな何するんですか、シオン!!」
スカートを強く押さえて、シオンを睨みつけた。
しかし、シオンはアリアの顎蹴りが良い所に入ったのか、床の上で延びていた。
床の上にあおむけで倒れるシオンの表情は穏やかに笑っていた。実に満ち足りた素晴らしい笑顔であった。
アリアは、そんなシオンを放っておいて、後ろを向いた。チラッとシオンを見て、こっちを見ていないことを確認すると、スカートを持ち上げた。前みたいに、驚いた拍子に失敗していないかの確認の為であった。
アリアは確認を終えると、ふぅと安堵のため息を吐いた。失敗はしていなかった。
しかしそれでも、もしかしてとアリアの中に不安が浮かんだ。アリアは、完全なる安心感を得るために、トイレへと向かった。
それからしばらくの間、シオンにだけは、昔のように冷淡なアリアになってしまった。そして、アリアの部屋のドアと心のドアをきつく締められてしまった。
容易に入れてもらいないアリアの部屋に、淡泊に返される言葉にシオンは別の喜びを感じていた。放置プレイもなかなかの物だと、現状をポジティブに受け入れていた。全く懲りない、危険なメイドであった。




