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⑥ムカデみたいな人の列

すーっと夜に溶けるみたいに風が流れていく。

冷えた空気が、頬の皮膚を薄く削るみたいに撫でていく。


半分崩れてしまっている建物を縫うように歩く人々は、その風を受けて身を縮めている。

服の隙間に入り込むのをさけるために、コートの襟を上げ、マフラーを直し、フードを被る。

だけど、指先がかじかみ、布をつかむ動きが少し鈍い。


ズッ、ズッ、ズッ。


ガチャっと、おじいさんがガラスを踏んだ。

足元で細かく砕けた透明な欠片が、わずかに月明かりを返す。


おじいさんが側にかろうじて立っている建物を見る。

窓も扉も壁の一部も失って、枠だけを残した窓だったところが、暗く口を開けている。

すぐに視線を前に戻す。

アスファルトに乗ったガラスをガチャ、ガチャと踏みつけて進むと、後ろに続く人たちも同じようにガラスをガチャ、ガチャと踏んで、乾いた音があちらこちらで上がる。


ガラスは、繰り返し何度も人に踏みつけられて、粉々になって、粉になった粒が、風に持ち上がってすぐに落ちる。

まだガラスであることを保っている破片は、歩く人たちの靴底に押し込まれて、建物から、離れたところに運ばれる。


ガシャーン。


大きな音に空気が震える。


子供が女の人に擦り寄って、コートの裾に顔を押し付ける。

女の人もチラッと子供を見たけど、周りの人々は誰もそちらに目を向けない。


風に吹き付けられて、窓枠に残っているガラスが揺れて、外れかけていた釘がきしんでいる。

遅れた破片がぱらぱらとアスファルトに降ってカシャカシャと音を立てる。


人の代わりに、壁の影から、灰色の小さなネズミがちょろちょろと顔を出して、歩いている人々を見てすぐに逃げた。

月明かりに照らされている入り組んだ瓦礫の隙間を、見え隠れしながら走っていく。

鉄筋の間をすり抜け、砕けたブロックの影に消える。


ガチャ、ガチャ、ガチャ。


おじいさんも、おばあさんも、子供を抱える女の人もうつむいたまま、ガラスを踏む足音だけが続く。

人々の浅い呼吸で吐き出された白い息だけが、すぐに混ざって塊となって、ときどき短く切れながら登って、闇に溶けていく。


ズッ、ズッ、ズッ。


列を作っている人はみんな、うつむいたまま、自分の靴の少し先、前の人の足跡を見ている。

瓦礫に囲まれた月明かりだけの暗い道を、前の人が踏んだ場所を踏んでズルズルと続く人々の列は、曲がるときも同じ角度で折れる。


小道から脇道へ、脇道から大通りへと角を曲がるたびに、別の道から来た人たちが合流して人が増えて、長く伸びる。


中央にある広場に入る手前から、地面の穴が増えた。

大きく空いたアスファルトの穴は、下の土が崩れかけていて、ボロボロと土の塊が底に向けて落ちていく。


足のおける場所が減って、列が細くなった。


ズッ……ズッ……ズッ。


つっかえて、それぞれの道の手前に小さな人だかりができた。

それでも維持される人々の列。

ゆっくりと、でも前に進む。


だけど、その列も完全に止まる。

足音も消えて、パラパラと周囲の建物から欠片が剥がれ落ちる音だけが残る。


しばらくして、列はまた歩き出した。

でも、そのアスファルトを削る歩みは、途中でつっかえながら、一度止まる前より、遅い。


広場の入り口の脇にあった掲示板が、大きくひしゃげて焼け落ちている。

囲んでいるフェンスは、ぐにゃぐにゃと曲がって蛇行し、水を吐き出さなくなった噴水がある広場の地面にも、底の見えない黒い穴が、いくつも開いている。


ところどころ、間隔はバラバラで空いている大きな穴。

そんな穴の傍のアスファルトが盛り上がり、ひとつの穴からは、地下に埋められていたはずの配管の鉄パイプまで、顔を出している。


錆びた匂いのする鉄パイプの先端が、月の夜空に向かって斜めに伸びて、建物を指している。

真ん中を抉り取られたみたいに、朽ちている大きな建物。

月明かりの下、内部の暗がりから黒い煙が立ち上って、燻った匂いを周囲に撒いている。


駐車スペースに残る車は、みんな横に倒れていて、地面に埋め込まれていた金属のフェンスが、片側だけ浮き上がっている。

建物の前に等間隔に並んでいた支柱のうち、いくつかだけが根元から消えていて、残った支柱にちぎれたチェーンが巻きつく。

方向を示していたはずの矢印が飛ばされて、地面を刺している。


ベージュだった外壁が、黒く焼け焦げている建物を見上げて、人々がため息を吐いた。

広場に集まる人々が吐き出した白い息。

いくつも重なり、空に登っていく。

そんな息を散らしながら吹く風が、抜けるたびに、建物からポロポロと小さな欠片が剥がれる。


それを見上げていた、ひとりのおばあさんが顔を両手で覆って、その小さな肩がわずかに上下した。

凍えながら頬を伝う雫。

そんなおばあさんに続くように、両手を顔で覆う人たち。


だけど、彼女たちに応えるのは、ポロっと落ちる外壁のみで、寄り添う人はいない。

子供だけが、傍の女の人にぎゅっと抱きついた。

こぼれ落ちる欠片がアスファルトを叩くたびに、バサっと埃が上がって、乾いた音が遅れて響く。


ズッ……ズッ、ズッ。


また人々が歩き出す。

ひとり、またひとりと、足が動いて、広場にできていた大きな人だかりから、ポロポロと抜け落ちていく。

今度は、広場から離れるように進む列が、ゆるやかにうねりながら、朽ちた建物の間を縫うように、ズルズルと、ズルズルと、細く伸びていく。


人々が縫って歩く瓦礫の上、ひとりのおじいさんが崩れた屋根に腰を下ろしている。

まばたきもせずに、ただ空を見上げている。

指先で瓦の欠片に触れて、おじいさんが吐いた息も、白くなって空に向かう。


それは形すら残らないから、隠れる場所さえない空には月だけ。


冷たい夜空に、ぽっつんと浮かんでいる。


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