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③光を失った駅

天井に張り付いている蛍光灯も、電光掲示板も、壁の液晶テレビも、みんな光を失っている駅構内。


改札機は、口をぱかっと開けたままになって、カードを通す音も鳴らさない。

中には、ゲートの羽が中途半端な角度で止まっている物もある。


闇の中をぼんやりと照らすのは、非常電源に切り替わった自動販売機だけ。

すべてのボタンに、売り切れの赤い表示が並ぶ。


光に照らされたタイルの床。

そこだけを残して、闇に飲まれている床を埋め尽くしている人々。

端の方の人たちは、壁に背中を預け、柱のまわりにも、人が巻き付くように座っている。

横たわるように並ぶベンチにも、隙間なく人が座っている。

端もベンチも取れなかった人たちはカバンをお尻の下に敷き、体育座りで毛布に包まって、お互いに背中を預け合う。

隣同士で肩と肩が触れ合い、誰かの膝に、別の誰かの肘が触れている。足の置き場を失った靴先が、重なり合う。


すぐ隣から吐き出された息が、頬に触れる。

温かくて、湿っていて、深く吸い込まないように喉がわずかに閉じる。


毛布をかぶって、息を止めている者がいる。

やがて、小さく吐く。

すぐに、また止まる。


こっくりと項垂れた子供の体がゆっくりと横に倒れると、それを受け止めて、隣の男が支える。


誰かの喉が、ひとつ鳴りかけて、止まる。


タイルの床の継ぎ目をなぞるように、人々が吐いた白い息が、低く広がる。

もわっと膨らんで、這うように伸びて、形を崩しながら、ゆっくりと登る。

また吐かれる。

前の物を追いかけて、広がって、形を崩しながら、また登る。

広がって、消える。広がって、消える。


同じ動きが、少しだけずれて繰り返される。早いものと、遅いもの。


白い息が向かう先、アーチ型の天井から鎖で下がっている丸い時計の鎖の節が、わずかにきしむ。

針は同じ位置で止まったままで、秒針は目盛りの途中で、固まっている。


その文字盤のガラスに、白い息が触れる。

一瞬だけ、曇る。

縁から薄く消えていき、元の透明に戻る。


また別の息が触れる。曇って、消えて、戻る。

それが、何度も繰り返される。

時計は動かず、鎖もほとんど揺れないのに、人の吐き出す白い息だけが、形を変え続ける。


構内の隅で、ぽわっと光が灯る。


手のひらほどの小さな光。

青白いそれが、ひとりの女の子の顔を浮かび上がらせる。


目の下。

鼻筋。頬の丸み。


その輪郭が、闇の中に浮く。


まぶたの縁が薄く光って、女の子の瞳に、小さく反射が揺れた。


光は弱いのに、その周りだけが切り取られたみたいに明るくなるから、近くの闇がわずかに押し返されて、女の子の吐き出す白い息が形を歪めた。


その光を、影が見ている。

動かないで、ただ見ている。


隣の手が伸びて、両手で上から覆う。

指の隙間からこぼれた光を、覆っている指が抑え込むように強く閉じる。

女の子の指先が、少しだけ動いて、まだ漏れている光が、わずかに揺れた。


小さな声が交わされて、吐き出される息が、そこだけわずかに速くなる。

白い形が濃くなって、広がって、それもすぐに消えていく。


光が潰された構内は、切り取られたみたいに、ぼんやりと光を出している自販機の前以外は、みんな薄い闇。

女の子の方を見ていた影だけが、そこに残ったまま、動かない。


浅いところで繰り返される息は、吐く音だけがやけに大きいのに、音は登りきれなくて、途中で消える。

言葉の形だけが空気に混ざると、薄い暗闇にまた、白い息だけが残される。


登って、混ざって。

消えて。


登って。

……混ざって、消えて。


遠くで、低い音が鳴る。

わずかに、床が震える。

天井から細かい粉が、パラパラと落ちて、白い息の流れが、ほんの少し乱れて、静かになる。


小さく咳が漏れて、すぐに飲み込まれる。

ケホケホと小さな男の子が咳をして、隣から伸びた手が男の子の口をおさえる。

それでも、こもった音の咳が続く。

浅いところの息で、肺が広がりきらないから、吸い込みきれなかった誰かの息が、すぐ近くでかすかに鳴る。


登って。

……混ざって、消えて。

登って、混ざって……。

消えて。


白い流れを、風が横から押す。


ごぉぉぉと低い音。

ホームの端、黒く口を開けた穴から吹き込んでくるが、一定ではない。


短く切れる風。

遅れてくる風。

長く続く弱い風。


その度に、天井に向かって登っていた白い息が、横に引き伸ばされて、帯のように細くなり、途中でちぎれる。

ちぎれた端が、また別の息に触れて、混ざって、消える。


穴の奥は見えない。

レールの先の、光のない濃い闇の奥で、空気だけが動いている。


ホームの縁に並ぶ黄色い点字ブロックの凹凸に、低く広がった白い息が引っかかって、流れが乱れている。

風が吹くたびに、包まっている毛布の端が揺れて、めくれかけて、戻る。

人々は誰も体勢を変えない。

毛布の中で、指先だけがわずかに動いて、止まる。

視線は低いままで、床のタイルの継ぎ目をなぞるように、止まっている。


遠くでなにかが割れる音がして、空を漂う白い息が、一瞬止まる。

誰かの喉が、すぐ近くでゴクリと小さく鳴る。


風が、また、周期もなく吹き込んで、ごぉぉぉと鳴るたびに、人々と天井の間の冷たい空気を揺らして、漂う白い息が混ざって、消える。


早く消えるもの。遅く残るもの。


低く漂う白い息が不規則に揺れて、端の方から薄くなる。


浅く、短く、吐き出される誰かの息が、すぐ近くで、また、吐き出される。


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