②スクランブル交差点
スクランブル交差点の、バツ印みたいな横断歩道。
ピッポ、ピッポ。
信号に取り付けられたスピーカーが、一定の間隔で音を吐き出す。
カチカチ、カチカチ。
歩行者信号の青が点滅して、カチッと切り替わって、赤になった。
そんな交差点を囲むビルの壁面。
いくつもの大型モニターが、同時にチカチカと光っている。
ザァァァ……。
画面いっぱいに広がる砂嵐。
色の抜けた、白と黒が細かく震えているだけのそれを、ただ流し続ける。
そんなビルのひとつ、セールをうたう大きな幕。
上部が外れてだらりと垂れ下がったそれが、風にかすかに揺れる。
硬い布がビルを擦って、乾いた音を立てた。
一階のショーウィンドウは、枠だけを残してガラスが砕けて、口を開けたままになっている。
中の明かりは消えていて、服がすべて脱がされたマネキンが、横倒しになって重なる。
それらの視線の先の車たちは、信号が青になったのに、動かない。
数珠みたいに連なったまま、どの車も同じ位置に留まっていて、エンジン音だけが、低く続いている。
列の中の一台、軽自動車が歩道に半分だけ乗り上げて、止まっている。
前輪が縁石に引っかかったまま、斜めに傾いている。
少し離れた場所では、バンパーの潰れたセダンが、別の車に食い込んだまま止まっている。
交差点の中央近く。
ウインカーを出したままの車が、曲がりきれずに角度だけ変えて止まっている。
橙色の光が、テカッ、テカッと規則正しく点滅して、アスファルトに弱く反射する。
点いて、消えて。
また点いて、消える。
どの車にも、人影はない。
運転席のガラス越しに見えるのは、ハンドルと、空いたシートだけで、シートベルトが、途中まで引き出されたまま、戻りきらずに垂れている。
ドアが閉まりきっていない車。
わずかに開いた隙間からエアコンの空気が出入りして、中から声が漏れている。
——ザッ……ザザ……ザッ……
「落ち着いて行動してください」
それは、カーステレオから流れるラジオ放送のコンピュータの声。
「落ち着いて……して、ください」
同じ声が、少し遅れて重なる。
——ザッ……ザザ……
「これは一時的な……」
——ザザッ……ッ
「繰り返し……ます」
言葉が乱れて、音が途切れて、また繋がる。
言葉の間に挟まる、意地悪なノイズたちまで邪魔するけど、コンピュータの声は休まずに続く。
音がずれても、つながりきらなくても、同じ文が何度も流れる。
信号が黄色になり、赤に変わると車道側が赤になり、横断歩道が青に変わる。
ピッポ、ピッポ。
横断歩道を、ちょこちょことした足取りのたぬきが現れた。
そのたぬきに、小さなたぬきが数匹続く。
子ダヌキたちは、白線の上をはみ出しながら歩く。
ときどき列を崩して、好きな方向へ散って、すぐに戻る。
ピッポ、ピッポ。
信号の音だけが、それを急かす。
先頭のたぬきが、立ち止まって、鼻先を上げて、空気を嗅ぐ。
先頭の車のタイヤに鼻を近づけて、すぐに離す。
開いたままになっているドアの下を、何も気にせず通り抜けて、ひょいと飛び乗り、もう一度飛んで、誰もいない運転席に乗る。
それからちょこちょこと隣の助手席へ。
シートの匂いを嗅いで、キョロキョロして、ドアポケットに入っていた袋を引っ張り出した。
封が開いたお菓子の袋。
それを咥えて外に出ると、アスファルトの上に袋の中身をパラパラと出した。
子ダヌキたちがそれに群がって、親タヌキも端の方に溢れた物を少し食べる。
ピッポ、ピッポ。
歩行者信号の青が点滅する。
それでも、たぬきたちは気にせずにお菓子を食べていた。
コロン。
交差点に小さな音が、落ちた。
角に建っていたビルの外壁のタイルには金属の破片がいくつか刺さり、ところどころ黒ずんでいて、高い位置のひび割れた継ぎ目から、ポロポロと小さな塊が外れて落ちる。
遅れて、壁の表面がわずかに歪むと、支えを失った部分が、音もなく滑った。
ドスン。
大きな音が交差点に落ちて、たぬきが前足を浮かせたまま、ぴたりと固まる。
耳が立って、黒い鼻をぴくぴくと小さく震わせると、次の瞬間、向きを変えた。
アスファルトを蹴って、低い姿勢のまま走り出して、大きな尾が遅れて揺れる。
子ダヌキたちの動きは親の動きにそろわなくて、すぐに数匹が追いかけたけど、一匹が立ち止まり、別の一匹が逆にちょっと走った。
それでも、その二匹も、すぐに親の後を追う。
白線で足が滑り、体勢を崩しながらも、また走る。
パラパラ、パラ。
ビルの壁からは、まだ細かい破片が続けて落ちていて、歩道をカラ……カラと転がっている破片が、縁石に当たって、止まる。
たぬきたちは、振り返らない。
交差点の外へ、小さな影が順番に消えていく。
たぬきがいなくなった交差点。
さっき落ちて砕けた大きなコンクリートが、白い粉となってふわっと歩道の空気を汚して、風に押されて交差点の上を横切る。
白線の上に残っていた小さな足跡が、風に撫でられて薄れていく。
——ザッ……ザザ……
「落ち着いて行動してください」
ドアが開いたままの車の中から、声がまだ続いている。
隙間がわずかに揺れて、空気が出入りするたびに、音がかすかに歪む。
「これは……繰り返します」
言葉の途中で、ノイズが噛む。
エンジンの低い唸り。
遠くで、何かが軋む音。
交差点の真ん中で動かない車のウィンカーが、点いて、消える。
点いて、消える。
見下ろすようなビルは、少しだけ形を崩したまま止まっていて、剥がれた外壁の縁が、風に触れてポロポロと剥がれ落ちる。
ピッポ、ピッポ。
歩行者信号の音。
カチカチ、カチ。
信号の青がまた点滅。
ピッポ、ピッポ。
音が早くなって、
カチッ。
赤になって歩行者信号の音も止まった。
バツ印の白線だけが、静かに交差していて、あのコンピュータの声が、繰り返し、繰り返し、響いていた。




