生き延びる為の三領連合 Ⅰ
「……。貴方は……?」
執務机に座る男が、俺にそう尋ねる。
「ジェロム・ド・ダリウス」
俺はそう答えた。腫れた顔で。
ウィル・オ領の領主の館の執務室であるここへ来る前に。俺の顔はそうなった。
「何で、そんなボロボロなのですか……」
あのクソ女がそう、その男の傍で控えながら、俺の顔を見て訝しむ。何故クソ女かというと、あの下調べもちゃんとしてきていて、こちらを知ってるぞ、としながらも、真摯さと必死さが確かにあった、かの女とは違って、引き継いでの連絡役となったクソ女は、兎角、偉そうだったからだ。何故急かす? 何故できて当然と見做す? 既知ではない、未知なのだぞ?
まあ、尋ねたくなる気持ちは分かる。分かるよ? だが、お前には尋ねられたくないよ。この目の前の領主様の女らしいし、気分で当たり散らかしたりするつもりなんてないよ? それでも、あんたは、人を苛立たせる振る舞いをこれまで積み重ねていることを自覚した方がいい。
それにもう、一時の付き合いだ、と流すことはできなくなったのだしな、こちらも。
そして、答えそうにない俺ではなく、隣に立つ彼女に、目で問いかけようと器用でうざったいことをしていやがる。
「やめよ。糾弾の場では無い。我々は先代のような癇癪判断はせぬ。して、何があった。報告せよ。ジェロム家の名代よ」
ウィル・オ家領主がしっかりと制止し、俺に、目で、済まぬな……、と伝えてくる。前領主がアレだったこともあって、とてもまともに見える。
「実はですね――」
そう、わざとらしく切り出す。先に、分厚い報告書の束を渡し、それに目を通す時間待たされた後でのこの問答なのだからもうこんなもの、ただの形式上のものでしかない。
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「――と、推定長老個体は残念ながら逃しました……」
そう締め括る。
「それだけ、か?」
物凄~く嫌な感じがした。
「ん!」
そう、俺の顔を見た。俺は顔を逸らした。
「ん!」
多分、彼女も同じように顔を逸らした。
訂正しよう。この人も、やはり、少し変だ。癖があるというか。
「……。可愛い妹なのだ。それこそ、目に入れてしまいたいと思える程に」
俺の耳元にいつの間にか、その領主は立っていた。ぞくりとした。勘弁して欲しい。だからといって……。恥を知る彼女に、恥を口にさせるのか……? はしたなく、私から襲い掛かりました、性的に、って言わせるつもりか?
俺は観念することにした。
「責任は取らせていただきます……」
土下座以外にあるまいよ。
「口では何とでも言えるであろう」
「これを」
それは、俺の言葉の裏付けであり、そして、この腫れた顔の理由でもある。しかしまあ。話は既にそちらに行ってるだろう? ならこれは、通過儀礼か。俺も、この人も分かってやっている訳である。
……。ではさっきのは、下手くそだということか? 演技が? 濃く変な人、という訳ではない?
領主が、俺の手渡したそれに目を通している間、そんな風にぐるぐる色々考えていた。
「ほぅ、我が領のお隣さんをやる、と?」
さて、ここからである。
「功績故に、領地を持たせる。そう型に嵌められました……」
ここで虚飾するのは俺ではない。だから正直にそう口にした。
「何故に?」
「『お前ぇ、その子の言う通り、死ぬ程商才無いから、首輪も無しに外に出す訳にはゆかんなぁ。現に、お前、なにやらかしたよ? 何やらかしとよ!』からの、親に初めて、ぶたれました……」
俺も、くっさい演技をしてみた。尚、内容は誇張も何もなく、親からそのまま言われたことである……。
「それは……ぶたれたとは言わんよ……。灸をすえられた、というのだ。覚えておくといい」
ちょっと申し訳なく思った。領主様、素に戻ってしまったではないか。
「はい……」
「で、ダズルよ。どうしてその男なのだ? 家族一同、あの変人五人の何れかで、そのうちお前は妥協するかと思っていたのだが」
あぁ、確かに俺もそれは僅かながら未だ思っている。彼らでは駄目な理由は分かるが、彼らが妥協対象にすらならないほど駄目な理由までは俺には分からん。
「領主様。これを見てください」
そう、彼女は力をぶっ放した。正確には解放した。枷を解くかのように。ある種の演技っぽさもある。だが、打ち合わせも何もしてないぞ? だが、狂っていたときのそれとは違って、明らかに、数段、ゆっくりである。
あぁ、合わせろってことね。せめて、目配せか何かで合図して欲しかったところであったが、彼女もそれなりに緊張していると考えれば、さもありなん。
俺は寸前で間に合わせた。部屋の壁面全てに這わせるように、濃く、強く、土壁を創った。
「天井に穴開けるつもりか?」
そう言ったのは俺である。
「そういうところは外さないって分かってたから」
綺麗に合わせてくれた。
彼女は、息をするかの如く、自然に、優雅に、誇り高く佇んでいる。白光を纏う彼女は、魔女になり果てた哀れな女には全く見えなかった。それは間違いなく、伴侶を得て、安定した魔女の姿である。
思えば、俺が家の手伝いをしたのも、そういうのが無かったといは言えない。必要として欲しかったのだ。役に立つと認めて欲しかったのだ。俺を、見て欲しかったのだ。誰でもいい、誰でもいいから……。そんな仄暗い、封じ込めた、諦めていた願いが、思わぬ形で叶っていたと知り、俺はこうも穏やかな心地なのだ。
「……。そうか」
もう――生き急ぐ必要は無いのだ。
「今ので十分、分かったよ。父上には適当に折を見て明かしておく。母上は……。まぁ、一悶着あるだろうが、頑張ってくれ……。それと、慰めになるかは分からんが、父上の亡くなった前妻は、魔女であったそうだ。実のところは分からん、眉唾物であるが。故に、誰も気にせんよ、多分。というか、母上が魔女らし過ぎるし。……。ここ、笑うとこだぞ」
当主のその最後の締めくくりは全く笑えなかったが、他二人も冷たい目で見てたので、俺は間違えていないらしい。それより、魔女なのに、死? 滅亡でなく? どういうことなのだろうか?
ま、まあ、そう、何だか綺麗に終わった――、と思いきや、冷や水をぶっかけた存在が一つ。
「母上が、敵側に回っている可能性があります。気紛れか、心変わりか、最初から裏切っていたかは、全く分かりません……」
他ならぬ、彼女であった。
「「「!?」」」
彼女以外の俺含めた全員が、脳を掻き混ざられる心地を味わう羽目になったのだった。
最後の爆弾は置いておいて、とりあえず俺は、思ったよりもすでに彼女に入れ込んでることに気づいた。絆されたのだろう。確かに商人には死ぬ程向いていない。滑稽だっただろうな、我が親たちから見ても。
爆弾も爆弾だ。婚姻云々より先に、死を賜る恐れがあるだなんてな。
はぁぁ……。重い……。彼女の今言ったことが本当なのならば、お家取り潰し規模の大事である。下手すりゃ彼女も連座で処されかねない……。
ポン、と俺は彼女の肩を叩く。未だ何とかなる、と目で言いながら。彼女はそんな俺の腕を取って、その腕に抱き着いた。ぎゅぅぅ、と、少女が人形を抱きしめるかのように。小さくとも大きな筈の彼女が、とても小さく見えた。
俺は、自由に生きることにも死ぬ程向いていないらしいと、思い知ったのだった。




