魔女と半魔 Ⅸ
「……」
「……。おい、何か言えよ……。言うことあるだろう……流石に……」
「私のせいじゃない……」
「そうだな……。お前のせいじゃあない。だが、これで謝罪の必要が無いというのは、正気を疑うぞ? 今度の今度は、死ぬかと思ったぞ? 男はな、装弾数に限りがあるのだ……」
「……。試したこと、あるの……?」
「ある訳無かろう。俺は初めてだった。言葉通りに。そもそも、出すこと自体がな。こんな身体だ。自分の部屋を臭くする訳にはいかなかった。都合よく、その手の制御はお手の物だったからな」
「……。じゃあ……」
「おい待てやめろ……。確かにこれは、ある種の男の夢と言われる死に方の一つではあるが、俺はそんなの御免だ……」
「足りないのは魔力だろう? それなら手はある。一応、俺自身で実証済だ。一度だけだが、父上にも施したことがある。異物混入、という奴だが、恐らく、君にも通じる」
「おい、退くな……。言わせたのは君だぞ、全く……」
男は器用に、泥を編み出し、器の形に固め、指先から、茶色の液体を注ぐ。
「効果は二つだ。即時的な魔力回復。そして、おまけの、眠気覚ましだ。どうしてか、両方がセットになっていしまう。何か強固な概念にでも縛られているかのように。今回は冷たい。それと、結構苦い、コクはなかなか。売り物の一つとして考えていたものだ」
「あっそ」
額の汗を拭うかのように、二本のツインテールを肩の後ろに落とし、彼女は躊躇も戸惑いもなく、俺の手から取ったそれを迷いなく、ごくっ、ごくっ、ごくっ。
少し、口元から零れ、首筋を辿り、なだらかな丘を下って、臍の窪みを通り、細やかに枝分かれして伝って、俺の下腹より、更に下へ……。冷べたい……。でも、我慢した。彼女は小悪魔染みた笑みを浮かべて、
「ふぅ……。苦いわね、これ。そのままだと、男の人しか買わなさそう。それも、書類仕事がっつりしてて、寝落ちしそうなおじさんたち位しか」
そんなことを言う。わざとかわざとじゃないか、まるで分からねぇ……。だが、耽美であるのは間違いない。
「……。繁盛の見込み無しってことね……」
気持ち、誤魔化し半分。だが、口にして思った。俺は心底納得してしまったのだと。
「悪い事言わないから、やめときなさいな。貴方は商売に向いていない。気質もそうだし、一般人の感覚を知らなすぎる」
「正確には、人間の、だな」
「そういう、ところ、よ」
そう、つぅん、と、頬をつつかれた。
空になった器を持っていた方の手を、持ち替えて、その冷たさが残る方の手の指先で。
「どうやら、そのようだな」
俺はその日、晴れやかな気持ちで、取り敢えずの雑な夢を捨て去った。
そんな余韻で締め括られると思ったら、俺は結局、搾り取られたのだった。……。何だったのだろうか、この遣り取りは……。一体、何だったのだろうか……。
「待たせて済まなかったな」
そう、流れてくる舟と、そこに乗る二人。
五人とたくさんはそれを今か今かと待っていた。正確にはその五人が。他は全て、男自身であり、つまり、空気を読んだ演出のようなものでしかない。
そして、舟から降りようとしたとき、踏ん張りがきかなくて、体制を崩した彼女の手を男がとったのと、そのとき彼女が見せた表情に、五人は察した。
何故か、大歓迎ムードであった。
こいつら正気か、と男は思った。
「ってことで、彼女は何とか正気に戻した」
「私さ、魔女になっちゃったみたいなの」
突然のカミングアウト。
しかし、その五人は動じなかった。
「姫ほどの存在であるならば、当然のことでしょう」
ねぇ、これでも本当に彼ら正気なの? と耳打たれたが、男は、君のその在り様の眩さは間違いなく本物だ、とだけ返した。
「姫、して、どうするのです。あと、そこの御人のお名前をお聞かせ頂きたくっ!」
「ジェロム・ド・ダリウス。元、忌み子だ。正式な手続きにより、最近、家より名を還され、そして、先日、ただのダリウスと成った者だ」
「……。忌み子からの、復籍……? 騙りでないのだとしたら、前代未聞であるぞ……?」
「な。俺が言わなかった理由はこれだ。面倒は一回で済ませたかった。あんたら全員、いいとこの出だろ? なら、突っ込みたくなるのは何よりもこれだろうからな」
「姫が自ら選んだのなら、何の問題も無んじゃない?」
五人はそうやって、納得した。なんだこいつら……。
「俺はあんたらの正気を疑うよ……」
ほらね、と何故か得意そうな彼女。まあ、変な奴らではあるが、愉快で気の良い奴らである。誇りたくなる気持ちも、独りな俺でも少しは分かる。
これは、金でも、地位でも、力でも買えぬものだから。そして、運だけでは維持できないものであるから。




