魔女と半魔 Ⅷ
「知らなかったようだな。少なくとも、今は知らない。彼が魔法使いとなったこと、【始まりの園】に至ったことは知っているか。だが、君の記憶では、兄の魔法は雷だった筈、そう言うのだな? 言っておくが、間違いないぞ。君の兄のことは隠されている。煙に巻くように。中途半端に不自然に。隠している。隠されている。誰の手によるのかは分からない。ただの結果しか、その死体は知らなかったからだ。知っているか? この世界にも、ちょくちょくと、外の人間はやってくるのだよ。【始まりの園】経由ではなく、こちらの世界の権力者に渡りをつけた訳でもない、不法入国者ならぬ、不法なる世界侵入者が。僕の家は、処理に、後始末に定評がある。僕が死体を頂戴しなくても、痕跡を完全に消す術を一族として持っている。そういう家さ。どこの家かは分かっただろうけど、その辺の話は後だ」
「騒ぎになっていないということ。それが証だ。光の魔法は特別なのだ。この国でも、頂に近いお偉いさんならもしかして知ってるかも知れない。王族は確実に知っている。幼い頃の俺を見て、死に切れん程度に安定させるための一助を与えてくれたのも王族であった。さて。光の魔法。何が特別か、ということだが。こここにまた面倒くさい区分けが絡んでくる。純粋光魔法か、そうでないか。知っているか? 属性が極まると、精霊が生まれる。自然が濃く、それが信仰を生むレベルなら、そこには確実に、精霊が生まれる。大精霊と呼ばれるものが。時には、それだけで神と呼ばれる存在が。純魔法とは何か? 純粋な一属性に偏った魔法を行使できる存在。そして、その証は、その属性たる魔法を放ち終えた後の残滓にて明らかとなる。効いたことはあるか? 見たことはなくとも。それは、魔法の『魔』である。俺のこの場合、『土魔』という。観測した者はいないだろう。土を司る上、人間であったものは、俺が観測史上初だそうだ。当然、普段は面倒だから、砕き、前者ではなく後者に見せ掛けている」
それは、翼を持った、土のスライムのようであった。その男はそれを、いつもしているように握り潰した。泥の雫が、魔力が煌めいて、流線となって、男に降り注ぐ。男の身に魔力が帰っていった。
「君の兄は、それの痕跡を残した。だから、この世界に狩人が来てしまったのだ。密猟者だ。それも、対象を人間とし、その人間はこの世界の貴種かつ、魔女や魔王以上に素で化け物ときた。そんなの唯の自殺志願者であるし、かのウィル・オ・ライトに敵う訳もない」
「好きなの? 兄のこと……」
「俺にそういう趣味はない。君相手に過剰なくらい反応したろうが」
「じゃあ、そっちの……」
「身内以外の人間を見たことが無かった俺にそれを言うのは酷ではないか? それに、嫌がられて吐かれても、それはそれで困るだろう?」
「……」
「彼は希望だ。魔法使いの大家に生まれながら、魔法が行使できなかった。そんな身の上で、彼は生を、自身を諦めなかった。彼の立身出世に、その苦労に、泥臭さに、心を焼かれないなんて奴は、男じゃあない! 俺は勝手ながら、彼の御蔭で、心に火が灯った。諦めずに足掻き続ければ、彼ほどでない自分でも、足掻き続ければ、全て、てはなくとも、結果くらいはつかめるのではないか、と。できることを探した。探しに探し続けた。投棄された、消滅を待つだけのゴミを、そのゲロマズさを知りながら、喰らうことを俺はやめなかった。俺は、家において、研究者となった。発明家と言い換えてもいい。問題解決を専門に、俺は家の一員として役立つようになった。全ては、いつか、この足で立てる日を迎えられたときのために」
「そうして、今回の事態だ。俺はいつものように手伝いをした。君の名前を知っていたのは、君の領の身内が、どうでどう知ったか俺に、こいつらである砂をどうにかする方法を編み出せと無茶苦茶言いやがったかからだ。知られている、俺という存在が。こんな面相臭そうで胡散臭そうな、忍びなのに、草なのに、忍んでなくて、意思ありありなおっかない女に……。俺はだから、完璧以上の仕事をした。成果を家族に押し付け、予定を大幅に繰り上げて、旅立つことにした。商人になるのだ! モノは作れる。創れる。幾らでも用立てられる。これなら、一人で自由に、悠々と行けていける! と」
「俺が脇道がんがん突っ走ってどうするのだろうな。話を戻す。君の魔法が兎に角、妙だった。明らかに正気ではない。なら、俺がしたように、出た霊を潰す理性は当然無い。わざわざ、何発も、威力特大で、連発小出しで、色々と誘って、色々と打たせてみたけれども、無い。純粋光魔法ではない。なら、これは、結果的にそう見えてるだけだ。ただ光っただけでは、厳密には光魔法ではない。それは便宜上の光魔法。まがい物だ。でも、多分そうだろう、そうじゃなかったら勝ち目が無い。何せ、本物のそれは、奇蹟と希望を司る」
「そういうことで、後は、持久戦だ。恐らくどちらにも決め手は無い。魔力が切れたら負け。けれども、明らかにおかしかった。持久戦なのなら、消耗戦にももつれ込ませれば、理性と、適正で、俺が勝つ。だから、出来る限り、打たせに打たせた。俺を、ボロボロの穴だらけにさせた。俺は駆動しつつも、碌に攻撃という攻撃をしなかった。怪しまれない程度に、本能的に退かれない程度に、攻撃を繰り出しはしていたがな。その時考えていた最悪は、上に向けて打たれて、ここを地表にされてしまうこと。そうなりゃ、凌ぐことすら怪しくなる。そこで、違和感に気づいた。おの俺の息をするかの如く再生に、陰りが生じたのだ。手天井に打たせるなんてヘマは一度もしていないのに、だ。答えは、そちらの攻撃に技量が乗り始めたから、だ」
「?」
「何で俺が、かのウィル・オ・ライトの話をしたと思う? 彼について、多くが最初に思い浮かべるイメージは、魔法をただの剣で叩き切って、迎撃してみせるその姿であろう。君のそれには、彼のその面影が、ほんの僅かだが、あるのだよ。現に君が暴走状態で振るったツインテールは、俺の身を切断した。そりゃ、再生に時間が掛かる訳だ。ただ分断した訳ではない。俺と言う名の世界を分かつ斬撃だったのだから。俺と言う名の純粋土魔法を。権化を。半魔を」
「ちょっと待って? 何……? 半魔って。御母様も自身のことをそう自称していたけれど……」
「魔王、若しくは、魔女の成り損ない。本人にしか、それは分からない。確かめる術はない。だが、力が判断を下すのだ」
「貴方も……?」
「そうであるが、そうではない。先日、その判定は白紙に戻された。だから正確には、元・半魔、若しくは、魔王候補、とでもいうべきか。余談だが、【始まりの園】は、目の前の存在が魔王候補であるか図る術を持つらしい。俺を試験しにきた髭むじゃむじゃのおっさんが言ってたよ。尚、俺の合否は保留とのことだ。その身で出歩けるようになったら文句なしに合格とのことだったが。あれはどうだったのだろうな。子供に一欠けらの希望でも抱かせる為に言ったのか、ただただ、まだ分からないと何に説明も無く言っただけだったのか」
そう、その証を見せる。
「笑えるだろ。出歩けるようになったら勝手にやってきそうだし、って渡されたんだよ……」
懐に大事そうに仕舞った。
「要するに、消耗戦なら負けると確定したから、俺は戦法を変えた。変幻自在に様々な攻め手で、絶え間なく攻めてみることにした。考えてもみたら、俺はやられっぱなし。君が受けにどれほど熟達しているかはまだ確かめられていなかった。すると、割とあっけなかったよ。気づけなかった俺が間抜けだったのだ。君の放つ白光は薄れ始め、白煙へと変わり始めていた。つまり、君のそれは、熱から生じる、白熱光であった訳だ。結果としての光。熱だと気づくのが遅れたのは、俺の身体がこんなだからさ。痛みには慣れている。だがそれ故に、ある意味で鈍い。慣れるものではない。だが、耐えられるようにはなる。そして、どれもこれも、俺にとっては痛みであることに変わらない。すると、自然と無頓着になる。そんなものに構っていたら、それこそ、息をしているだけの存在になり果てる」
「君の出力がそこまで落ちて。漸く、何もかもが見える速度に収まってきた。君の速度は、光に肉薄していたのだろうな。それが、本当にか、概念的、認知的にかは分からないが。俺は、正気にも戻った君にこそ用があった。できれば、無傷に近い状態で終わらせたかった。そうなるともう、手段は限られてくる。俺は痩せ我慢することにした。泥になっての透かしてなんてに頼らず、確実に、君を気絶させないといけないと判断した。見えて、しまったのだよ……。君の魔力の底が見えてきたことで。纏う光が薄れたことで。君は飢餓に陥っていると。まさか、と思ったよ。そんなになっていたなら、もう、即俺を見たとき、襲われていないとおかしかった。生命の危機だ。魔法使いのそれでも、その回復方法は、恋人や夫婦同士ならメジャーどころだろう。しかし、魔女のそれは、桁が違う。本当の危険だ。死ぬんだよ。そうして、本当の意味での災厄となる。身体は生きている。力も生きている。魂は壊れている。心は跡形もない。何でもかんでも喰らい尽くす。俺の吸収のもっと酷いのだ。言葉通りの災厄。ここではこれ以上はこの件には触れない」
「だからこそ、早いとこ、気絶させなくてはと思った。体格差がある。最悪、殖えられる俺は、数で圧せばいい。だが、直接その手で触れないといけない。魔法では、表面に纏う煙程度でも、届かなくされてしまう。で、必死に、いよいよか、と首を絞めようと掛かったときに、君は豹変した。見えなかった。察知すらできなかった。この俺が初めて、脳が揺れる感覚を味わうこととなった。君はつまるところ、一欠けらの正気を残していたのだ。割と序盤に君の仲間を俺が逃す前に、一番遠くの君の仲間が、俺に『逃げろ』と言ったのが、実のところ、逃げ出さなかった一番の理由でもある。後でお礼を言っておくように。」
「……」
「よくよく考えると、それが理性を残すに足る理由だなと、俺は思った。そして、仲間が無事逃されたことを認知できない程に、その正気は僅かだったのだろう。そうして、何故か無駄に長く保ったそれは、俺がねちっこく闘ったせいで、辛うじて、保たなかったのだ」
「考えてもみなかったよ。俺のような存在が、まさか、女側から喰われることになるだなんて、な」
「……」
もう、彼女はへとへとだった。情報の洪水に押し流されて。
「……。目を開けたまま、もしかして寝てないか? 反応疲れと疲労が祟ったか?」
そい彼女に近づくと。
ぐぅぅぅぅぅ、きゅぅぅぅぅぅぅ……。
それは、腹の虫、か? 何か、ちょっと違う気がする。それだけではないというか、何というか……。物凄く嫌な予感がする。少し前にもそれを味わった。不意を突かれるかのように。最大級の勘違いと見落としの代償を身体で払わされた時の――
すっかり色も艶も長さも再生した二本の赤黒混じりのツインテールが舞った。
「おい待て! ぁああああああああああああああああ――」
また、地下の天井を見上げる時間が、始まる……。




