魔女と半魔 Ⅴ
「悪いな……。針や糸無しではそれが限度だった」
と、男は自身の着替えのうちの数着、全く同じ、鶯色のローブであるそれらを見せ、その内の一つを元に、粗雑ではあるが、裂き、裁ち切って、そうやって出た端のほつれ同士を器用に結び合わせたのだ、と言いたいようであった。
見ただけで、えげつない手間が掛かっていると分かる。それはつまり、自分がそれだけ長い時間、あの後意識を飛ばしていたという証拠であると女は理解した。
男も、女も、そうして、同じローブを纏っている。そして、肌着の類は無く、湿りや汚濁や臭いといった痕跡は何故かそのままだった。
男は敢えてそうしたのだ。これから先の話をするには必要なのだから。逃避も誤魔化しも無く、話をつけるために。
「貴方……誰なの……?」
目を覚ましたばかりの女は、男に今更、そう尋ねる。
「互いに知らない方が良いのではないのか?」
男にそう言われて、女はいらっとする。
腹に力が入り、心地よさと気持ち悪さが、混ざり合って、溢れ零れるのを感じた……。落ちるーー証を目視した……。
「抱いたでしょ……! 私……初めてだったのに……」
女の口から月並みな台詞が口から零れる。
「物語の中ですら稀な台詞を現実で聞くことになろうとは……」
男は遠い目をした。よく分からない女だ、と男は思った。こんな見掛けからして化け物染みた肌地の、純粋な人間に見えない人間であるという前提を踏み倒し、まるで俺を人間として扱っているかのようだ。
思えば、跨られているうちから既にそうだったな……。
「責任……取ってよ……!」
定番であるが、それは、口にする方もされる方にも難題である台詞。
「君は、何処の馬の骨かも知らない、初対面の相手のものになりたいのか?」
男はあっけないほど、すらっと答えた。
「っ……」
女は言葉に詰まった。それは間違いなく、女にとっての真理であったから。
「君のことは知っている。というか、今、記憶の中のそれと合致した。ウィル・オ・ダスクだな?」
女はぽかんとし、目を大きく見開き、そして、目つきが鋭くなっていって、眉間に皺が寄り、
「ただで、済むと! 思ってんの……?」
立ち上がり、凄んだ。
「無理をするな。そんな腰の抜けた足で無理して立って凄むものではないぞ?」
女の足元はぴくぴくとぐらついていた。
「あんたのせいでしょ!」
女はそれでも虚勢を張る。
「……。君は、魔女と言うものを知っているか?」
男は何やら逡巡して、そんなことを口にした。
「そんなの、その辺のガキだって知ってるでしょ!」
女は食いつき気味にそういった。だって、話を逸らされるような気がしたから。
「君は魔女だ。魔女になった。俺が君と遭遇し、最初にしたことは、魔女化し、暴走した君の相手だ」
……。全然、そんなことは無かった。女は、男に改まって、事実をぶつけられただけだ。直球で。
「ああああああああああああああああ!」
崩れ落ちると共に、溢れ出ていた……。そういう相手にされてしまったのだ、私は……。女の情緒はもうぐちゃぐちゃだった。
「それは、その後のことだ。俺が魔女について聞いたのは、名称のことではない。その実態を、生態を知っているかと聞いているのだ」
と、それは、私の両肩をがしり、と上から抑えてくる。
すでに、両膝を、情けなく地面についている私を。
こわい……。こわいこわい……。こわいこわいこわい……!
ぽろぽろと涙が溢れてくる……。身体に力はこれまでになく満ち足りているのに、心は逆にぼろぼろだった。
「なら一方的になるが教えるとしよう。流れを説明するには必須なのだから」
「魔女は、魔法の申し子である。その力は絶大で、一流の魔法使いを数を揃えたとて、相手にすらならない。それだけなら、ただ強い魔法使いと一見大差ないように聞こえるかもしれない。魔女は、恐ろしいくらいに滅びに強い。要するに、死ににくい。滅することすら難しい。並みの精霊や、下手すれば神の類よりも」
「だが、そんなことではないのだ。恐れられる理由は。それは、魔女の精神性からくる。よく正気を喪い、よく破滅を周囲に撒き散らす。理屈は通じず。予測は当たらない。その在り方は、人の形をした動く災害であるとされている」
「その在り方は、精霊や神の類それに近い。それでいて、精霊や神の類と比べて、弱点らしい弱点が無い。たった一つを除いて。それは、【魔女の伴侶】と呼ばれるものだ。それを見つけるまで、魔女は魔女足り得ない。正確には、魔女として完成しないのだ。魔女としての恐怖の理由をその段階では未だ持たないからだ。男の場合、成ったら魔王と呼ばれる。即正気を喪う。魔女との違いはそこだ」
「話は戻るが、【魔女の伴侶】。これが総てだ。魔女は、伴侶を見定める。それは、運命の出会いというかのような、恍惚が心を打つそうだ。無論男の胸ではない。魔女の胸をだ。魔女は、有無を言わさず、【魔女の伴侶】と言う名の餌、兼、精神安定剤、兼、水、兼、……。まあとにかく女の側の一人よがりに一方的に都合がいいもの全てを詰め合わせたような、見定めた女にとっての天国、見定められた男にとっての地獄さ」
「魔女は伴侶を本能で選ぶ。たった一度。たった一人。例外なく、異性を選ぶ。魔女の気持ちなんて関係名い。その力が、それが齎す本能が、本質が、相手を見定めるのだ。相手の立場や地位、既婚か、まだただのガキか、なんて、一切勘案してくれない」
「その有無の言わさなさは、女側、男側、双方の目線からも共通して言えることだ。女自体の好みに合わない、それこそ、生理的に無理というレベルなのに、本能はその男を求める、なんてことすらあるという。男側からしたら、そもそも、シモのものが微塵も反応しない、食指が微塵も動かないというのにだとか、自身もしくは相手が、もうそういう年ではないのに、だとか、まだそういう年ではないのに、だとかだな。何れにせよ、だいたい、そうなった場合、男を殺して、女も死ぬがな。何せ、男が死んだら、女は詰む。狂うのだなら。唯一、この呪われた宿命から逃れる方法は、伴侶となる男を一生見つけられず、天寿全うすること。対して男側には選択肢が実質無いというのが理不尽極まるよな」
「笑えるだろ? この場合、運命の相手が見つからなことが、最大の幸福、だなんて」
「魔女は伴侶を見つけ、手にすることで、永続性を得る。これでようやく、不老不死。限定的な不老不死だ。何故なら、男が存在することがそれを担保するからだ。そして、男も、女が、その男をものにしたと認識したところで、魔女の魔法にかけられる。不老長寿になり果てるのさ」
「余談であるが、超一流といえるライン、【始まりの園】に招かれるクラスであれば、育ち切っていれば拮抗することくらいは何とかできると言われている。……ん? どうした? 予想外に食いついたな」
男は、その女のツボを今一つ掴みかねていたのであった。




