魔女と半魔 Ⅳ
メモ:ダメそうなら後日この話自体オミットか、もっと薄く流す感じのダイジェストに書き直す。
光は、白熱は、弱まり、消え、散り――
ヒュゥウウウウウウウ!
組み敷いた彼女から、溢れんばかりだった先程までの熱は、散ってゆき、すっかり喪われた。
ぱちくりっ。
そんな音が何処からしたのかは、目線を一切切ってなんていなかったというのに、まるで分からなかった。
赤から色褪せていって、黄色い二つの瞳が、盾を捨て、馬乗り、柄を両手で握り、半壊した全身鎧を纏い、刃を振り翳した俺を見ていた。瞳の色も、遮るものの無い身体の輪郭も程よい褐色も、彼女がもう元通りであることを証明していた。
その瞳が、はっ、としたかのように見開いたかと思うと、力を喪うように曇り、諦めるかのように目を瞑り、抗う力の総てが抜けていくのを見た。
決着というものは、いつだってあっけないものである。
「一思いに、やってください……」
ぞくりとするくらい、儚げで美しい声だった。意図してのことではないのだろう。これが彼女の平常で、平静であったのでだろう。
何処か、諦めたような生。仕方のない生。
そして、それはある種の覚悟を俺に垣間見せる。いつか、しでかしてしまった時。決定的な何かを決定づけてしまったとき。それを自らの区切りとする、と決めていたのだろう。
「赤の他人に頼むことか?」
「止めて……下さったのでしょう……? 私の仲間たち、救って、下さったのでしょう?」
穏やかな目だった。苦悩も悲しみもなく、平穏がそこにはあった。
「ええとな……。そうすると、俺は、彼らに何と説明すればいい? 今も割と必死に宥めているのだぞ? 勘違いで後追いなんてされんように……」
嘘である。今という部分が。彼らは、彼女が纏いし力が解けると共に、眠りについたからだ。あの起きてから先程までの半分錯乱したかのような調子と雰囲気は、そういうことだったのだろう。彼女の暴走は、その性質上、暴走前に付与されていた何かがあったのだというのなら、ああしてしまう、ということだろう。
「早くして……くれませんか……」
「……。断る」
こんなもの手にしているから駄目なのだ。俺は、手に握るそれを、消し去った。投げ捨てるでのではなくそうしたのは、きっと、こうした方が意思表示としては強く見えるだろうから。
「早く……」
「俺に面倒事を押し付けるな。君には責務がある。彼らにちゃんと説明しなくてはならない。俺では駄目だ。君でなくては。そう、だろう? 分かるだろう?」
本当に御免だったから、俺は食らいついて否定した。
「……。早く……」
「強情だな……」
「早! く……!」
ん? 様子が、おかしい? 自暴自棄。やけくそ。それ自体はおかしくない。平時と比べればおかしいといえるが、この場合は、それにあたらない。
何だ? 何なのだろうか?
そう、考え込み始めたら――光が――俺を――呑んだ――
これは、初っ端に見せた、白き光の、柱……?
そうして俺は、致命的な見落としに気づいた。彼女の力。制御。掌握。それはどうして、何のために、どこからきた?
それ自体が、根本であり、始まりであり起源と思っていた。
違うのだ。彼女のそれは、手綱である。それがどうしても必要になる程の、絶大絶無なる大本があったのだ。
違うのだ。力の拡張でも何でもない。それは、最初からあったのだ。それだけが最初にあったのだ。
別。別なのだ。
白熱。白き炎。熱より転ずる炎。それが更に転じて光となる。それが極まって、変換によるロスが限りなくゼロとなった、結果的な、白き光。それが、彼女の力の本質だったのだと。
そんな光が消えて。
当然俺は全身鎧なんて消し飛ばされていて。それでも息をするかの如く、身体は元の通りであり、遮るものは何もない。俺も。彼女も……。
馬乗っている俺、馬乗られている彼女、という構図は残ったままである。俺の位置が、この構図の場合想起される元来より、上寄りにすれていたのは不幸中の幸いであった。そうして俺は、実在魔女の目撃が数世代、下手すれば数十世代においてなかったこの世界にて、魔女の本能の一つを存分に味わうこととなった。
その目は蕩けて、上下は逆転し、その上にずれていた位置は、彼女自ら、下へと補正される。俺の本能が訴えかけてくる。
俺、喰われるのだな、と。
爆発的な力の発露と、その出力源たる彼女の、喪ってゆく姿。魔力の欠乏に、至りつつある。魔女の伴侶という言葉がある。魔女というのが、ある種の暴走状態を内包しているというのならば、必要よな。存在し続ける為に、どうしても、必要よなぁ……。
俺が諦めるターンが回ってくるとは……。
恐ろしいものだ。外というのは。自由というのは。他者というのは。
余談だが、俺は、俺のそれを、反応させたことはこれまで一度も無かった。だから、本来、この直感はおかしいのだ。成り立たないのだから、怯える必要なんて何処にも無い。だが、成立するのだろうな、と疑いようもなく、直感している。未来を垣間見る力何ぞ、俺は持たぬというのに。
そこに、恐怖や嫌悪感や絶望感は無く、俺は為されるがままに受け入れ、どうしてそこまで抵抗感が無かったかの理由を、来たる未来に知ることとなる。そしてこれが、俺の、彼女との馴れ初めであった。少々、人には話せない。子にすらもだいぶ話すか迷う、俺と彼女の始まりであった。
後の妻との出会いであった。なお、後の、と言うにはあまりにも、そうなるのまでが早いのだが。それはその時に描かれることだろう。
生き続けることすらやっとだった俺が、それしかできなかった筈の俺が、こんなことになるだなんて、予想だにしていなかった。
(あれ……私は……?)
響く水音と、勝手に動き続ける身体……。
目を、疑った。
それは、耐えている。私の下で、やられている側だ。どう見たって。そうにしか見えない。跨って、動いているのは私だ。私だ……。
頭が理解を拒む。
何でこんなことになっているか分からないのに、腰が動くのが止まらない……。ありえないくらい、深く、大きく、はっきりと、入っているモノのカタチが浮かび上がっている……。酷い飢えだ。そこに注ぎ込まれる水。
これは――魔力だ。極上の、特上の、特濃の、魔力……。
(『貴方には才能があるわ。今代で魔女に至る可能性があるのは、貴方くらいでしょう。必要なものを完全に得られたのならば、貴方は魔女に、なれる』)
(それが……これ……?)
書庫で見た記録を思い出す。それが示す答え。
【魔女の伴侶】
私の本能が、これを選んだ?
(あぁ、何てこと……? 私、何やってるのよ……? っていうか、これ、誰よ……)
鈍い痛みと、美味なる熱。一挙動ごとに、満ちてくる、幸福……。
身体が、本能が、求めたんだって分かる……。
涙が、零れた。
「……。ええと、少しいいか?」
「……。えぇ」
「……。取り敢えず、止まってくれないか?」
「……。無理よ……」
「無理かぁ……。では、胎を満たすしかないだろうな。何故ならそれは、魔女としての飢餓に他ならないからだ」
その見知らぬ男が、諦めた風にそう言うと、私は、弾け、溢れ、裂けるような至りと共に、意識を失った。




