魔女と半魔 Ⅲ
俺は、俺たちは、必死に彼らを宥めていた。
ぴぃぴぃ、きゃぁきゃぁ、喚く喚く。
お前たちの言葉一つ一つを、まともに受けて処理するには、最大の困難を相手にしているあちらの俺のリソースは、お前たちを運んでいた時ほどではないにせよ、カツカツなのには違いはない。
想いの丈は尊重するが、それなら力を、せめて、対策を持っておけよ? 彼女に甘えて、ついていくだけで本当に良かったと思っているのか? お前たち、影響は受けつつも、意思は確かにあったのだろう? だからこそ、あのような能力を持ちながら、手勢はお前たち五人だけ。そんな状況が成立しているのだろう?
尤も、お前たちの身体に付着した、他者の魔力。いたのだろうな。他にもたくさん。それでも残ったお前たち。彼女に付き従ったお前たち。だとするのならば? 彼女が自らの力を掌握したのは、下手すれば、今日だなんてこともあり得るのか?
思い至ってしまったことで、優先順位が切り替わる。こちら側にかけてもいいリソース量が増える。俺は、俺たちは、彼らを聴取することにした。収奪だと、何も残らない。彼らには彼らのままで生きて貰っていなければ困る。無論、決着がつくまで、彼女のいる向こうに戻す訳にはいかないが。
俺の力故に、流れに逆らって進むことは苦でもない。というか、もう、一度流れていって、正確な距離と位置を把握したのだから、わざわざそんなところ通らず、固体たる地面の土を経由して、こちらの俺たちを変じさせて彼らを包み、引き寄せればよいだけである。
やはり、彼女と闘っている俺に、全ては掛かっている。そこで目的を達成できないと何にもならないのだから。
こちらでも。ふと気づいた俺は、まず、盾を捨てた。
そして、続いて、それを隙と感じたのか、攻撃が降りかかってきたので、受け、鍔迫り合う。俺は、迷いなく、剣からも手を離した。
それは、俺が選んだタイミング。離させされたのでは決してない。そして、彼女は案の定体制を崩す。そうして、俺は気づきを実行した。
俺の身体は、真白な白熱を覆った彼女に触れたそばから、赤熱し、消し飛ぶかの如く揮発してゆく。だが、その速度は予想した通り、叫びを最初に彼女があげた頃のものよりだいぶ落ちている。威力が、熱量が、落ちているのである。出力は明らかに陰っているのである。
消し飛ばそうが、後先考えず俺自身が泥へと転換、人の形へと転換という、二つの転換を回し、維持し続ける限り、俺という存在の質量は保たれる。それに俺は、喰うことができる。触れたそばから、その、到底消化のどころか、飲み込むことすらできず、概念的な吸収口ごと消し飛ぶ彼女のそれの質は健在であるも彼女のそれの量は有限。
俺は、闘いの前に既に喰らっていた。彼女は飢えてゆくばかり。
こうやって、押し倒すように組み付いた上で、魔力による身体能力の補強は、俺も彼女も、すっかりできなくなってしまって。だからこそもう、終わりは直ぐだ。
結局は体格差。質量がものをいった。
持久戦を続けられるのならば、まあ、こうもなるか。彼女の纏っていた、彼女の輪郭を塗りつぶしさえしていた白光は薄れ始め、白煙へと変わり始めていた。一見、分かり難い。分かり難過ぎる。それでも気づけたのは、影である。
彼女がこの形態で君臨している間、消えていた俺の影が、そして、彼女自身の影が、いつの間にか現れていた。
それが如実に示していた。出力低下を。
概念域に達していた力が、並外れてはいるが常識の範疇へと収まり始めてきた、ということ…―
俺が、浮かび上がる。何が起こったか一瞬分からなかったが、砕け、内部で泥状化した、臓物の幾つかが物語っていた。
油断をしたつもりも、気を抜いたつもりもない。蹴り上げられていた、のだ。
盾を、遠くへ投げ捨てることなく、ただ、その場に投棄しただけで消してなかったのは、本当に運の良かっただけの偶々だ。
俺は、盾を掴み、両手で構え、蹴りを凌ぎ、更なる蹴りを受けた瞬間、盾で押し返した。即座に盾から剣を離し、剣を拾う。
俺は、咄嗟に首を限界まで傾け、それでも足りないと判断し、地面に転がった。
盾が、俺の上を、回転する丸鋸のように飛んでいった。ひぃ、ぇ、と一瞬思わず硬直した。
剣を、彼女の足の甲に刺し、地面に縫い付けようと思ったら、さっきの一瞬で、もう距離をとられていた。
尾。そして、白い極細の糸の束のような、煌めく細ましい、左右二つのツインテール。
削れてはいた。追い詰めはした。だが、あっけなく立て直された。そして、どうしようもないくらい闘い辛くなってきている。
答えは単純だ。技量が乗り始めた。
泥、再整形して人の形、という俺の黄金ループの前に、鈍痛と、魔力そのものへの斬撃が乗るようになったからだ。
彼女は未だ、正気ではない。暴走する意識が薄まって、暴れのそれだった行動が、身体に身に着いた反復行動を流すように自然に行い始めていた。
よく言うだろう? 疲れたときにこそ、鍛錬の成果がはっきりとした形で出る、と。ある意味で彼女は満身創痍。その条件は満たしている。
鍛錬の痕跡は初見から確かにあった。だがあれは、魔法使いというよりは、騎士の――そして、俺は、それに見覚えがある。俺のお気に入りの記憶だ。喰って得て、垣間見て、それから何度も何度も見返してきた。
血、なのか。育ち故なのか。
彼女の技が、業に片足突っ込み始めていた。極まった騎士の近似の模倣、という程度だ。今は。だが、アレ、確か――世界を別かつ斬撃。
だから、俺の息をするかの如く不定形、定形を経ての再生が、半端にであるが、間違いなく阻害されているのだ。彼女のそれが至っていたなら、俺の不滅性はそれごと斬られて捨てられていたかもしれない。
彼女のツインテールのそれは、尾のそれは、正しく、かの斬撃に肉薄していた。
それでも保てている。問題はない。一見そう思いそうになるが、俺は、向こうで彼らの相手もしている訳で。彼らに彼女と闘っていることは……。兎に角。向こうも維持し続けねばならない。
だからこそ、痛みに慣れた筈のこの身に、久方ぶりの確かな痛みを与えてくる、彼女のそれらは、受けではなく、避けで出来る限り凌がねばならない。
そう思おうが、無理である。
今は、見える。見えるが、ある意味、見えない程の速度だった頃より、凌げないし、透かせない。
食らいたく、無いな……。絶え間なく、傷口で発現し続けるそれを絶え間なく泥と肉体の変遷で凌ぎながら、痛み痛み痛み痛みぃぃ――! 今ですらもう大概なんだぞ!
向こうでの苛立ちもフィードバックして乗ってくるから、俺自体の抑制自体も失われてゆく始末。
未だ辛うじて、耐えられる。我慢できる。それはそれとして、痛いのはやはり嫌だ! やっと、生きている限り永劫な痛みから解放された上、自由まで得たというのに、初っ端からこれか? きぃぃ! 文句言ってやる! 正気に叩き落してなぁぁぁ!
俺は再び、のしかかった。そっちの土俵での勝負にされていた、と言うことに気づいて、もう徹底的に泥臭く、卑怯に、ねちっこくやってやるぞ、と。
灼ける痛みと、連続し残存し続ける斬撃の痛みに耐えながら、破れかぶれに襲い掛かった。




