地底と砂の大河 Ⅷ
溢れ出た柱の如く白光が、彼女を飲み込んだかと思うと――その光の柱は、後ろ向きに倒れ、左右に分かれた。
白い光の太ましい線が、左右端のそれぞれ、長槍、両手槌を構えた、灰色の砂の兵隊を消し飛ばした。そうして残ったのは、既に泡吹いて気絶していた彼女の手勢四人。これで、シュターレンも足して、彼女以外の全員が、完全に戦闘不能となったのである。
全ての視線が、彼女に集まる。全て、とはいっても、僅か二体だけとなった、灰色の砂の兵隊である。
兵隊たちは、武器を生成し、構える。一方は、大楯。もう一方は、短刀と長刀な二刀流。こうなる前の彼女の魔力を吸収したそれらは、仄明るい、紅色の魔力を濃く纏い、刀身は赤熱していた。
「ァァアアアアアアアアアアアアアアアア”ア”ア”ア”ア”ア”―――――!」
それは、そんな小さな身体から出るとは思えないような、高くも、大きく、美しい声だった。言葉にならない、意味を為さない叫びが、砂の兵隊たちにそう思われた。
それでいて、吹きこぼれんばかりの魔力。それと共に、真っ白になる髪の毛に、睫毛に眉毛。失ったツインテールは再生せず。何で闘うというのか?
発していた白光は収まり、オーラの如く、彼女の全身を覆う。が! 今度は赤白い輝きが、彼女の下腹部から吹き上がる。それは、下へ、下へと、股座へ、それを更に越え、地面を溶かし灼きながら、後ろ、臀部を越えて、うねり、赤を喪い、収束した。
それが何であるか。見れば分かる。尾だ。魔力の尾。あの失ったツインテールの倍くらいは長い、尾である。
剣を持つ、灰砂の兵隊が、大楯の兵隊と二刀流の兵隊の後ろから、跳躍し、現れ、両手で剣を持ち、直接、その刃で、斬撃を振舞った。
跳ぶ斬撃とは段違いな威力のそれは、彼女の表面に、彼女の左肩から右腰に掛けてのラインを両断する軌道で――消し飛んだ。
飛び掛かるような斬撃であったが為に、握った剣による反発力で維持される筈の体制は維持できる筈もなく、彼女へと突っ込んでゆく羽目になったその身体は、まるで、水が一瞬で揮発するかの如く、消し飛んだ。跡形も残らない。
熱波が、彼女の背後へ向けて抜けてゆく。砂の大河が、溶岩色に染まって、ぐつぐつと音を立てた。
彼女が意識無く圧倒的な蹂躙を始めていた頃。
その砦の奥。奥の奥。
常人の目では足元と2メートル先が見えるかどうかの仄暗い洞穴である通路を進んでいくと、途端に曲がりくねり始める。その先は行き止まり。くねりの途中に、石造りの隠し扉がある。取っ手すらなく、だというのに、底に指を捻じ込んで、持ち上げて上げるという、人間一人では到底不可能なそれをやり遂げることで、明らかに異なる区画が姿を現すのである。
真っすぐな道。そこから一回の曲がり。その先へと進むと、部屋がある。物音が一部漏れだしている部屋もある。
左右に、更に前方にまた左右に、更に更に前方に左右に。
それらの石の削り出しの扉は全て空いている。
中には資材の箱であったり、砂へと還って眠りにつく灰砂の兵士であったり、石の削り出しのスコップをひたすら制作する灰砂の工作工の一団であったり、獲得してきた資材の水抜き防腐乾燥匂い付け加工に精を出す灰砂の技術者たちであったり。
扉が開く前まで、あったものだ。もう無い。
それらは悉く、周囲の土に呑まれて、警鐘を鳴らす類の行為すらできず、埋もれた。
次々に、左右の扉が開き、処理されてゆく。
そうして。正面に扉がある。左右にもう扉は無く、分岐も無い。扉は、音も無く、空いた。その隙間から、土が零れ落ちる。扉を開ける音すら鳴らなかったのは、そういう絡繰りであった。
石の削り出しの長机。
声なく、されど、それらが話し合いをしているらしいことは分かった。
口もなく、だが、卓上の彼らの手は、わしゃわしゃと動く。なら、声は、音は発しているのかもしれない。人の耳には捉え慣れない形式か、音としての高さが高すぎるか、だ。
八体と一体。
多すぎる。
彼らが人だったら、と考えると、このおかしさが分かるだろう。何せ、彼らの、この砦と、この推定指令所。ここまで、人の如く様式を真似て、肝心要の頭がこれか?
男はわざと、足音を一歩、鳴らした。これまで、自身の魔法で、完全なる緩衝にて殺していた足音を。ついでに足跡も。
扉から、短く数歩分の通路の終わり。その部屋への男の最初の一歩がそれであった。
彼らは反応する。
男の姿を視認した。そして――男の方を向くのをやめ、また、会議の続きである。
男は呆れた。それと合わせて、嫌な答え合わせが終わった。
こいつらの知性も様式も、人のしてのそれをなぞっている、もしくは、最初から同じである、と。
定められた反応や挙動を執り行うだけな機械的でも、定められた手順をなぞり滞り無く行う手続き的でもない。
こいつらは、感知できなかった。こうやって、気配も音も消しつつも、この姿は、こいつらの感知範囲に恐らく、入っていた。扉から部屋への数歩分の距離がその証拠だ。それが何の為にあるか。知覚するため。遅れて知覚しても間に合うように。そして、見るのはそこだけでいいという、動線でもある。
そして、こいつらは、感知した。そんな場所にいる訳が無い存在が、いる、と認識した。こいつらの感知は、人間の如く思い込みを挟むものであるということ。そしてそれは、人間の如く、訂正される類であるということ。
そしてまた、こいつらは感知できなかった。見た俺を、同族と思ったのだろう。腰部分、腕と首から上を除いた上半身を土で覆ったこの俺を。流石に、何かいたけど、そんなもの見なかった、無かった、なんてことにした、とかではないと思う。そんな間抜けな訳がないではないか。こんな場所を構築し、人間の如く会議らいきものまでして、上下関係、役割分担、専門性まで備えている、こいつらが。
あの椅子に元々座していた杖持ちは、ここにはいない。
この体質を利用して、頭から潰してやろうと奇襲をかけるつもりで、あの椅子の先の通路に地面を透過して、這い出た訳だが、もう、あの椅子に座っているのは別物だった。
要するに、上下関係において、恐らく、あの杖持ちの下位。
なら、俺は奥に行くべきだ、と判断した。あの少女は、力の半分どころか、四分の一すらも出していない。下手すれば十分の以下だろう。お仲間を慮ってか? まあ、そんなごっこが可能な位には強い。
恩を売るために、大本を放置しただなんてバレたら、事だ。
こちらへと、飛んでくる。
炎を纏った、溶石の矢。
氷を覆い、芯に灰色の石の鏃を含む、もう矢なんて大きさじゃあないが尖ってはいる氷塊の礫。
螺旋状の風を纏った灰色の小石の弾丸。
細く長い灰色の石の削り出しの棒きれが、先端から無数に裂け、糸の如く変わり果て、増えて増えて増えて、こちらへ迫ってくる。
半分の奴は間抜けにも、他の四人が動いたのだから、自分は動くまでは無いとふんぞり返っているように見える。
莫迦がよぉ……。
俺は――膨れ上がる如く、殖えた。泥土となり果てて。そうして結局一つの俺は、その部屋の全てを埋め尽くし、その八体を吸収した。
時折、実家にいる時にもやっていた。だが、これをやったのは本当に久しぶりだ。外を出歩くどころか、部屋から出るのすら命懸けで、誰も関わりたがらなかった俺が、どうやって、理智を得たのか。答えはこれだ。
男は、人間の形に収束した。椅子や机だけは元の通り残っている。全裸の男が一人立っている。
「まあ、尖兵よな。で、こいつらは無能と……もう、要らんな……」
灰色の砂が、男の身体から噴き出し、散りながら、その色を喪って、あの砂の大河の砂の色へと還っていっていた。
「……。ん?」
男は気づいた。泥となりて溶け、それの前に姿を現す。
見たな、こいつ。多分だが、あの椅子に代わりに座ってた奴だ。まあ、まだ、ふんぞり返っていた無能共よりは、まともそうだ。
放たれた、爆発の魔法が、男に当たるが、泥となり果てて飛び散る男は、その泥としての膨れ上がった物量で、その灰色の砂の前線指揮官を飲み込んで、食らった。
あまりにも逸脱し過ぎていて、まるで相手になっていなかった。
そして。
再び人の形をとった男は満足そうに、掌から、灰色の砂を吐き出し、その砂は瞬く間にまた、砂の大河の砂の色へと変わってゆくのであった。
「流石に、報せてやった方がいいか? 大事も大事であるし。となると、俺の口からにするか、それ自体を、あの少女に恩として、メッセンジャーとして功績ごと押し付けるか、か」
そう、呑気な男は、来た方向から、あり得ない量の魔力の発露を感じた。
あの少女か? 油断でもしたのだろう。そして、力を放つしかなくなった、とかか。
用事のついでだ。見に行くとしよう。




