地底と砂の大河 Ⅴ
ザァァァァァァァ――
木箱に揺られ、恐怖しながら、オール代わりの石のスコップを各々、手繰る。
そのきつさに、皆、酔い吐いたり、頭に生じる鈍痛に苛まれたり、奇声を上げたりと、散々であった。それでも、誰かの気配が消える、欠けるということもなく。
勾配も無く、唯、一方向に流れてゆく。
多分皆、声をあげる余裕すらない、私以外には。
迷った。目を凝らしてしまって、見えてしまったからだ。
だいぶ先だ。果ての如く先。だが、この流れの速さだったら、猶予は数十分くらいか。
人影があった。
それが人間であるか、灰色の砂な奴らかは定かではない。一つではない。複数だ。百には届かない。数十だ。見えたのはほんの一部かも知れないが。
分岐も無く真っ直ぐ進み続けたら、通過することとなる。着岸するかどうか。皆の判断を聞くべき、だとは思う。こんな状態でさえなければ。
声をあげて、この荒行をやり遂げられるのか? 転覆でもすれば、助ける手立てはないというのに。溺死というのは、数ある死の中でも、きつさで頂の一つと言われている。水ですらなく、砂ならば、……。考えたくも……ない……。だってそれはきっと、溺死かつ圧死であるから。
「なにかぁぁ……、みえ、だはぉぉえぇぇ……」
誰か声をあげた。流れ続ける砂の音と、それが擦る木箱の鳴りもあって、声にならない声のようなそれは、もう誰が言ったかすら分からないが。
他の皆も反応したようだ。
私程でなくても、専門技能組の三人は私の身体能力に追随している。魔力による強化を経ての目の使い方も、十分に習熟している。
純粋頭脳組な二人も、感覚器は、三人以上に優れている場合もあったりはするが、それが発揮されるのは平時である。
……。
皆、優れている。ただの駒では明らかにないのだ。信じて、告げるべきだ。
「いるわよ! この先! 人間か奴らか分からない! でも、いるわ、少なくとも二桁は!」
幾つか、石のスコップが流れていくのを見て、後悔するも、両方を落としたのは――いない! 大丈夫みたい!
落としても一つだけ。ん? 予備を積んでたのね? 流石ラッセル。
「ラッセェェルっ! 余ってるなら分けたげて! 欲しい人、空いてる方の手上げて!」
と、私はツインテールをたなびかせた。投げ渡させるなんてさせられない。幾ら何でも、こんな不安定な状態で自殺行為だ。
そう。私ならね!
ラッセルが、箱から出したスコップにツインテールを巻きつけ、魔力を迸らせ、ツインテールを握ることすらせず操り、翳された二本の手に、無事渡した。
見えてきた。
豆粒程だ。が、もう、そう遠くはない。見えた感じ、罠や仕掛けが無ければ、直進であるのだから。というか、多分無い。水以上に重いのだ、これらの砂は。罠や仕掛けの類は、恐らく、砂自体に耐えられず、役目を果たす前に壊れて終わる。
向こうからは、恐らく未だ見えていない。何かがやってくるなんて、全く想定していないのだろう。声をあげようが、まだこの距離なら、向こうには届きはしない。
「ノイシュぅぅぅ! 走査ぁぁぁっ!」
そう私が声を上げると、ノイシュの魔力の波動が、砂の河を伝搬し、広がってゆく。岸に当たれば、その上の物体に当たれば、返って来る筈だ。その時間差と、射出時と比べての変質が、立体的に、その空間を精密に把握する!
「姫ぇぇっ! 支配をぉぉ!」
違う! 掌握とそのための魅了に過ぎないんだって! が、今はそう言い返すような時ではないのだ。
見えてくる――掌握。支配。極まったそれを起点とした、一方的な、掌握対象の保持する情報の閲覧。
推定、本陣。
敵の一陣営の本陣である。
これまでとは違う。明らかに身掛けからすら分かる、役割分担。
何よりも強く、目につくのは、その岸の奥、恐らく、その岸の中央。灰砂の椅子。
指揮官であろう。杖を持っている。灰黒色の魔力を杖に纏い、兵を並べ、どっしりと座り、構えている。そして、それの手は、灰色の砂染みていて、指はあるが、爪は無い。
衝立のような、丸太を薄く加工した板が並んだ、囲んだ、それは、陣の壁面。
まるでそれは、拠点防衛の様相。だが、同じ部屋の中という近距離にまで接近されて?
その外には、未だ整理されていないであろう、物資もしくは、奴らの中の上位クラスを作るための死体の砂漬け。見分けはつかない。しっかりと閉じられたそれらの中身は、走査では透かして中を見れなかったようである。
分かってはいたが、雑な作りでは決してないのだ。私たちの乗る木箱の舟も、この砂の河に負けて砕けても、浸透してきてもしていないのだから。
椅子の奥。洞穴が見える。
この奥に何かがあるのか、こいつはこの勢力の、今ここにいる中での長なのか、ただの数いる副官の一人に過ぎないのか。
……。これは、数十というレベルではない。三桁に迫る数はいる。
走査の届かなかった範囲にも何かある、続いているとするならば、三桁越え、下手をすれば、更に一桁増えるかもしれない。
情報が、途切れる。走査で掴んだ範囲範疇がそこまでだから。
「上陸と共にぃぃ、ぶっ放すわよ! 反りだしてるから! 岸に寄れば! 着地さえ失敗しなければ! 十分奇襲になるからぁぁ! 奴らはこちらを! 警戒なんて! していないぃぃっ!」
「「「「「応!」」」」」




