地底と砂の大河 Ⅳ
流れ続ける砂の大河は絶え間なく、音を鳴り響かせる。
「多分だけれど、今と違って、さっきまで、ここには色々あったんじゃない?」
そう私が尋ねても、シュターレンはその意味を理解していないようだった。
「言い方を変えるわ。奴ら、たくさんあった荷物と共に消えたんじゃあない?」
私は、シュターレンで試す他なかった。彼こそが、恐らく、連れてきた皆の中で、最も落ち着きを持っている。別に他が冷静でないとか落ち着きがないとかではない。
「恐らくは。だが、何であるかははっきり分からなかった。明るい訳でも無かった。そこらにあるのが木箱であると判別することもできなかった。ただ、奴らは動く。人間ではない。そんなものが他にここにいるとは考えにくい。そもそも、奴らだって、今回の事態まで誰一人として見たことは無かった。だから、分かった」
だいぶ、言葉を選んだようだが。かなり強く困惑が出ている。こちらの意図に半ば気づいている。そして、なんでそんなことをしているのか、という風な顔をしている。
「私は言ったわ。運河、と。それは、一方向なその流れを、人や物を運ぶために使うの」
「……」
「シュターレン……。貴方ですら、そのざま……。本来、もうとっくに、退却していなければならなかったのでしょうね。私は、判断を誤った……。熱にほだされて……」
「ついてくる、貴方に選択を託す。そう決めたのは我々だ。誤ったのならば、それは、貴方をも含めた我々全員だ」
「……。私が今から何をしようとしてるか、わかる……?」
「止める……! 何としてもっ……!」
そう、ひきつった顔で悲壮な覚悟をしてみせて、立ち塞がるシュターレン。分かって、ないようであった。
ツインテールの片側を握り、シュターレンに背を向け、積み上がっている木箱の一つの上辺を、両断した。
木箱の先が蓋の如く、吹き落ち、甘く刺激的で木の粉のような臭いがした。
悪い匂いではなかったが、私は思わず半目になり、自身の鼻を塞い…―
「見るなぁあああああ!」
押し倒され、覆いかぶさられ、それをやった宛がわれるシュターレンの腹が胸が、震えている。身体の底から冷えてゆくかのような、そうきっと――精神からくる、底冷えするような――
足音が聞こえてくる。
あの灰色の砂の存在のものではない。それは、質量を持つ、人間のそれだ。皆がやって来ようとしているのだろう。
私は未だ、離して貰えない。強く、強く、拘束されている。これ程の膂力が、シュターレンのような、平凡な体格の者に、多少優れた程度の魔力量の者に、発揮できる筈が無いというのに。
それでもできてしまうだなんて、まるで決死ではないか。
だから、拘束を解こうとはしなかった。
そして、
「っ……! おぉああああああああああああああああ――!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ……!」
私たちを通り過ぎて、恐らく、シュターレンがこんなことをすることになった原因を見たらしい、ベリリウスに、ラッセルの反応だろう。
この二人の反応だと、何であるかはちょっと予想がつかない。何せ、この二人は素でビビリである。
ならば――
「何をしている、シュターレン。そんな青褪めた顔してよ」
ノイシュはこういう奴だった。
「……」
サフィウスは?
「な、なっ……!」
「ノイシュぅぅ……何なのだ、あれわぁぁ……」
ベリリウスとラッセルは、ノイシュに、自分たちが見たのを強引に見せにいったようであるが。反応が無い。
恐らく、それなりに衝撃的なものだ。けど、何だろう? ちょっと予想がつかない。
「シュターレン、そろそろ退いて」
「あぁぁ? 姫ぇぇ? おい、シュターレン、お前、何してやがる?」
そう、引き剥がし起こそうとするサフィウスにお蔭で、私は下敷きから解放された。で、流れからして、匂いの大本が原因だろうとは流石に予想がつく。
それを、三人の人垣の外側から回り込んで、ぴぃぅん、と跳ねて、見た。
頭が――目が――理解を拒みそうになる。光景が、跳躍からの落下が、止まって見えてしまったくらいに。
皆がこのような反応をしたのが分かる。こんなもの、想定しろだなんて無理だ。そりゃ、鋭いシュターレンが、何となくで調べないことを選んだ筈だ。
人の……死体。灰色の砂によって加工され、水を抜かれ、朽ちず腐らなくなった、砂に埋まった埋もれ木のような、されど、その手と足と頭蓋と、そこに残る髪。性別すら、年齢すら、不詳。
膝を抱えて、砂に一部埋もれた、人の……死体。
私は、それを、外の世界では、ミイラ、と呼ばれるものであることを知らなかった。私以外の皆もそれは同様なのであった。
私は考えてしまった。灰色の砂のヒトガタな奴ら。地上のそれとは違って、団体行動、作成行動、補給や輸送の概念、役割分担や指揮系統。そういった概念がある一部の奴らの材料を、私はこれなのではないかと、疑ってしまった。
もう、頭からこびりついて離れない。
いつ死体になったかも分からないこれ。どう転じてあれらになるか分からないこれ。私たちは、何を追ってきてしまったのだろうか……。
「いいのね? みんな……」
彼らは皆、こくんと頭を縦に振った。
手に持っているのは、幾らか落ちていた、石の塊なスコップ。それをそれぞれ二本持っているのは私も同じ。そして、一つに加えて、更に五つの、私の髪束の斬撃によって上辺を剥ぎ取った木箱。その中は、砂も死体も、空である。
他の木箱も全部砕いた。中身も同様に。そうして、埋めた。流さなかった。壁の端っこに、砂も、砕いた死体も。全て埋めた。砂の河に投棄はしなかった。
私たちは、一斉に、木箱を流し、浮かんだそれに跳び入り、オールのように二本の石のスコップを手繰りながら、流れていった。
決めてある。
分岐があっても皆同じようへ。それで詰まない限りは。この先に何があるかは分からない。連絡員代わりに誰か置いていくのも危険すぎる上、迷宮側へは戻れない。
私は、皆に断る選択肢が無いのに、これが本当に決死行になったということと、共に進むことを強いたのである。
彼らはもう、休むべきなのに。心が、衰弱してきている。それは私もだけども、彼らはもっと、弱っている……。




