地底と砂の大河 Ⅲ
「……。姫、起こして済まない……」
シュターレンの顔が横向きに、そこにはあった。不安を顔に浮かべつつ、私を見ている。私が横になって頭を起こしきらず見上げているから横なんだ。そう気づいて、はっとする。
シュターレン以外、眠っている。特に誰もいびきなんて掻かず、静かなものであった。
だから、そっと起き上がる。
「内緒話?」
「ある意味そうかも知れない。だが、部分的には異なる」
と、シュターレンは、ついてくるよう促す。
壁の方へ進んでいく。あの二人が青褪めた、今は穴の無い、あの壁面だ。
「奴ら、移動したみたいだ。選択肢は二つ。穴から覗き見るだけに留めるか、踏み入ってみるか。無論罠の可能性もある。奴らがこちらに仮に気づいていたとするならば」
確かに。
重い決断だ。私に尋ねる訳だ。けれども、他の皆が寝ている間に、というのは頂けない。
「みんなを起…―」
「……」
ぶんぶん、と首を横に振るシュターレン。その頬に冷や汗が流れているのに、私は気づいた。
「理由を話して」
「……」
「行ったの? 向こう側」
皆が眠っている間に切り出したのはつまるところ、そういうことだ。
「……」
こくん、と力なく頷いたシュターレン。
「じゃあ、行きましょうか。向こう側。でも、これだけはさせて貰うわよ?」
メモを取り出す。ペンを走らせ、四つの同じ文言。四つに千切り、眠る四人の傍に、目の前に、くしゅっと丸めて置いた。
見た感じ寝相は誰も悪くないし、誰か一人くらい気づくだろうから、多分騒ぎにもならないだろう、と判断する。
【壁の外の偵察に行ってる。緊急事態以外、眠って待ってて。】
壁の外は、通路ではなく、一つの部屋、否、区画であった。
空の木箱だったり、つるはしのような、けれど石の削り出しで継ぎ目のない、人が持つには重過ぎそうなものがそこかしらに散らばっていたり。
食料の跡や、足跡が無いのが、やはり相当な違和感だった。
けれど、奴らに確かに、足跡なんて無かった。奴らは結局砂なのだ。
ちらり。振り返って、その顔を見た。ついてきてはいるが、案内をすることもなく、私が望むままに任せているシュターレンは俯き気味であり、私が振り返ったことにも気づく素振りがない。
しかし。地形ではなく、接地物によって障害物、遮蔽物だらけとなっているここは、一体何なのだろう。閉所でありがちな、砂埃っぽさも無いし。
自分たちが先ほどまでいた閉じた空間より軽く数倍広い。そして、向こうは更に開けている。
「もう少し奥へ進むわよ」
そう、シュターレンに確認をとる。
「姫……。この先には、ある意味、行きと同じ趣向の仕掛けが施されている。皆を連れて行く選択肢がどうして無いと断言できたのか、姫ならきっと、分かってくれるかと思う。待ち伏せも雌伏もあり得ない。見れば分かると思う。姫なら、あれが何か、知ってるかもしれない」
ここにきて、漸く?
仕掛け? 行きと同じ? じゃあ、また転移? 一方通行の? でも、シュターレンは戻ってきてる。
……。多分、見ないと分からない。
ここまで来ても、言わず、見れば分かる、と。説明しきれるものではない? 信じて貰える類ではない?
「戻れるのよね? そう遠回りせずみんなのところへ」
「確認済だ」
「なら、見せて貰おうじゃあないの」
と、先へと進み、場の横幅が広がったところで、今度は――
ざぁああああああああああ――
音だ。
静けさなんて程遠い。
絶え間なく続く、動く音。流動する音。流れる音。
砂の――川だ。
川、そんな程度か? これは、河だ。それも、大河だ。しかも、流れているのは水ではない。黄土色の砂、である。
勾配も無いのに、流れ続けている、流砂の大河である。
音も無く、流れ続けている。
そこに魔力は感じない。
幾つかの積み上げられた木箱が残る。
「開けてみた?」
「触れない方がいいかと思い。異様なくらい重いので」
「そう言うならやめときましょう。……一応、突くだけしてみていい?」
と、ツインテールの片方を持ち、構えるが、
「触るより駄目だそれは」
言い争いたくはないので、やめた。
「で、何なのだろう、ここは?」
「ちょっとおかしなこと聞くかもだけど、川って知ってるわよね」
「かわ?」
「水が一方向に流れていく、草原とかにあるアレよ」
「川、か。確かに変な質問だ」
「これは、それの物凄い大きなやつ。流れてるのは水じゃあなくて、砂だけど」
「それは……見れば分かる……」
「これは、大河というやつね。向こう岸が見えないもの。この世界の地上には見当たらないモノよ」
「大きいことに何か意味が?」
「シュターレン。貴方、ここにいた奴らが、退散するところは見た?」
「全く」
「それは運が良かったのか悪かったのか、多分、良かったのかな? これを知っていて、見掛けてしまって、なんて不幸が重なっていたなら、貴方はあの二人以上に青褪めることとなったでしょうから。それに、見つかったなら、どうなっていたことか」
「一体何を……?」
私の言葉選びから、きな臭さをシュターレンは確かに感じ取ったようで、恐ろしさを感じ始めている。
「これはね、これらを合わせてね、運河、っていうのよ。一方向なその流れを、人や物を運ぶために使うの」
実家の書庫にあった記録。外の世界にある概念。設備。規模。それが、何故か、水ではなく、砂によって成立している。
こんな場所で。こんな地の中で。
「奴らは……砂から生えてきた、現象でも魔物でも無かったと……いうのか……?」
「残念ながらね。もうここまできたら、一領主とその一族の手勢で掛かる案件じゃあないわもう。でも、私たちは、争いは幾らもしてきたけれど、戦争なんてものは、生きてる誰一人として、経験なんてしていない。一部の例外、別の世界へ踏み入ったことがある一欠けらの例外を除いて」
額から冷や汗なんて流さないし、視界も揺らがない。心臓だってばくつかない。それでも、掌の中で、手汗が、溢れ出す。
奴らがいなくてよかった。
多分、シュターレン以上に、私は強くそう思っている。
もう、冒険なんかじゃあない。
これは、戦争だったんだ。
もう、そう考える以外に無い。
侵攻に気づき、それが戦争と自覚する、異世界の叙情詩の導入の如く。実家で見た書物のそれと、今が、忌々しいほどに被って見えたから。




