地底と砂の大河 Ⅱ
あれから――多分二時間位。
私は歩き続けた。彼らを歩かせ続けた。でも、私にはさほどの消耗は無かった。以前よりも消費魔力は明らかに減っていた。
何の分か。
分かりきっている。
私のそれは、全制御だった。今は、せいぜい、補助魔法程度のものでしかない。彼らの身体を直接動かしている訳でもない。
私がしているのは、要点に沿った体捌きに彼らの挙動を修正しているだけ。それに促されて身体を動かすの自体は彼らだ。
だから、歩かせた、となる訳である。
無駄が無くなった。体幹のぶれがなくなった。足はちゃんと上がるようになったし、足裏の、地面を掴むが如くしっかりとした踏み込みによって、何もないところで躓くなんてことにもならず。
最初は違ったけれど。特に後ろの二人。
ラッセルとベリリウスは、未だ時折冷や汗を流す。最初なんて、こきぃ、とか、ぐきぃぃ、とか、変な関節音や筋違える音が響いたものである。老人かあんたらは、と言いたくなる酷さだった。それでも、動かせなくなりそうなら、ひっそりと、回帰タイプの回復を乗せてやって。それだと、下手くそな体捌きの彼らでも、駆動を続けられる。それが珍妙で相当おかしくて、異質なことであり、そんなこと分からない二人ではない。不安気味で考え過ぎな二人だからこそ、まあ、慣れないだろう。
それでも、これを機に、身体を素で動かすことの大切さを心に刻んでくれればいいが。
そして、前の三人、ノイシュとシュターレンとサフィウスは余裕綽々であった。最初は戸惑いと落ち着きの無さと慣れなさがあったのだが、
『何のことはない。いつもと変わらない。身を任せれば』
シュターレンがそう、ぶつりとつぶやく。それを耳にしたノイシュとサフィウスは自然体になった。いつもの如く。つまり、身を任せた。そうして、慣性で自然に動くかのように。ついでに、その動きを身体に覚え込ませながら。
だから、自分が彼らの制御を薄くして、後ろの二人への回復処理へと回したにも関わらず、動きの滑らかさは変わらず、彼らは汗も特に流さず、息も落ち着いたものに変わっていた。
そうして――消えた。
前の三人が、消えて、消えて、消えて。
行き止まりでもないのだ。先はまだこの通路であり、その終わりも見えていないというのに。通路の狭さと、後ろに神経をやっていたことが悪く働いた……。
私の足が止まって。後ろの二人が止まれず玉突きになる。それでも、弾かれて転ぶのは二人の方だった。
「な、なにを……」
「危ないですぞ……!」
「二人とも。三人が消えた。この先よ。姿形だけでなくて、気配も。覚悟して。踏み込むわよ。いい?」
「「待っ……」」
「すぐ来なさいよ!」
私は、二人の制止を待たず、踏み込んだ――
「となると、本陣があるのかも知れない。要するに、敵は隊を少なくとも二つ以上に分けている。本陣があるかも知れない。そうなると、敵の総数は、最初想定したものから一気に膨れ上がる」
「相手にするのは、小隊ではなく、群勢かも知れない」
「そして、相手は、明らかに、戦術や戦略を持つ。魔物とは一線を画する、驚異存在であるという可能性まで見えてくるであろう」
「そして、そんな存在達が、少なくとも二つ以上の陣営に分かれて、競り合っている」
あっけないほど何もなかった。
通路ではなく、開けた場所に出たのである。
そこで座り込んで、私たちは話をしていた。
私たちは、余計、退けなくなっていた。
まず、帰路が無い。恐らく短距離の転移ゲート。見えなかったのは、壁面に深く埋め込まれた上隠蔽されていたとかだろう。そして、あの暗く閉じた長い道をひたすら歩き続けていたという事情も絡んだ。おいてきた二人が本当に秒差ですぐ追ってきてくれたのは不幸中の幸いだった。
そこは、閉じた空間だった。多分、上の一部屋くらい広かった。そして、その壁面にシュターレンが張り付いていて、何かを伺っていたようであった。
で、あの二人が遅れてやってきたところで、むすっ、と不機嫌そうな表情で、壁面から離れてシュターレンは二人に怒鳴った。
『見つかるだろ。分からないのか? ここは敵地の真っただ中の空白地帯。見つかると終わりだ』
と、二人を引っ張って行って、先程の壁面にまで連れて行って、片方ずつ、入れ替えるように、壁に顔を押し付けた。何やら魔法を行使しているようであるが。
で、変わらず不機嫌そうなシュターレンと、冷や汗じゃない、明らかな脂汗を流して顔を青くしたラッセルとベリリウス。
ノイシュとサフィウスは、
『『加減……』』
と、雑で乱暴なやり方を選んだラッセルに苦言にしては舌足らずな言葉を零した。
「不味いことになったってことは何となく分かったけれど、今私たちはどういう状況なのかしら? シュターレン」
「敵陣の真っ只中。そして、この部屋は、上の迷宮の一部屋一部屋の大きさと目測範疇では凡そ一致する」
「さっきのは、何やってたの?」
と、何の変哲も無い、けれど、シュターレンの魔力の残滓が残る壁面を指差す。
『穴が開いていた。その先に、奴らがいた。迷宮で見た奴らとは様子が違ったが、恐らく同一の存在だろう』
回りくどくも、突っ込んで欲しいところを意味深に。それがシュターレンの喋り方だと良く知っている彼女は、
『身体が灰色の砂な以外、私たちみたいだった?』
シュターレン以外にも伝わるように、雑に粒度を粗くして答えてみる。
座り込んでいる二人は、はぁ、とため息をつく。
青褪めた二人は、ひぃぃ……とか口にして、何か苛まれている。
で、みんなが座り込んで、意見を交換し始め、それでも何故か私を放置して、なんか、雰囲気が暗い方向に一気に傾いていきつつあったから、
ぱぁん!
今、である。
私は掌を大きく叩いた。音は漏れない。シュターレンが止めない筈がない。そもそも、二人が結構うるさかったところで、有無を言わさず黙らせなかったことからして、問題ないだろうと判断したからやった。
「眠るわよ。今度は私も眠る。貴方たちも眠りなさいな。壁からこれだけ離れてたら、壁に穴開けられたら察知でして起きても間に合うわ。魔力、薄く壁に沿って張り巡らせておいたから。ばれてるなら、もう襲われてる筈よ」
と。有無を言わさず、皆に魔法を掛ける。
眠気を誘い、体力魔力の回復を促すかのように、回帰寄りの回復を、今度は自身も含めた全員にいきわたらせ、私は率先して、即寝落ちた。
慣れないことは……やっぱり、思っている以上に疲れるものだわよね…―




