熾烈なる戦嬢 Ⅺ
「――にしても、驚いたわ。貴方たち身を張り過ぎよ」
そう私が言うと、彼らは揃って微笑んだ。
彼らの意見で割れたのは、先へ進むか否かではなく、残存兵力たる彼らの優先順位であったのだ。
三人側は、頭脳である二人と私を守る布陣でと主張した。私と二人側で三角形に並んで、その外側に三人側が逆三角形に並んで立つ。
二人側は、替えの効かない特殊技能持ちの三人と私を守る布陣でと主張した。私と三人側で四角形に並んで、その前後に、二人側がそれぞれ立つ。
だだ、どちらも変わらないのは、最外位置を危険と見做しているらしいことであった。
「で、そんな案が出るってことは、既に降りてすぐの辺りの地形は把握してるってことね?」
ここで引き返さず止まっていたのだから、彼らでも取り除けない懸念材料がそれなりにある筈だ。あの母上が下へ行った以外にも。
「勿論! 迷宮に非ず。迷路であろう」
ノイシュがそう、目を輝かせている。
わざわざ、そう形容するとは。ここの迷路具合も大概だったというのに。もっと酷くなるということなのだろうか? 分岐の数が、総当たりでは無理なくらい広がっている、だとか。
「迷路?」
「この階層の、部屋と部屋の間の通路なんかとは違い、狭く低いだろう。それでも、我々が腰を曲げずとも、歩いて通れない程ではないと見た。少なくとも入ってすぐは。恐らく、材質も違う。この先の穴は、本来の順路ではないのだろう。この先は、こことは違う施設・区画とも見れる。だがら、出口は少なくとも二つあろう。終点もしくは先へ続く。そして、もう一つは本来の入り口」
本来の……?
言っていることは分かる。迷路云々だけでなく、全てが複雑になった。なってしまった。この穴が、いつからあるかだ。母上があけた、のではなければ? ……。入り口を潜ると、そこは何処の領だ?
母上以外の、母上以上の黒幕が、存在する可能性が浮上した。しかもそれは、同じ世界の人間、であるかもしれない。
「二手に別れるだけの人数か技能待ちが残っていなかったと」
「わざとでしょうな。我々に追わせたいようでした。我々が潰されていないのがもうその答えでしょう」
ノイシュは割と感覚派なところがあり、説明はこの通り微妙だ。けど、これは、確度の高い確信をしているときのそれである。
「それが本当なら、狙いがあるってことになる。黒幕どころか、敵ですらない可能性すら……」
ひどく厄介な状況であるということだ。何せ。皆の話し合いは既に終わっていて、私の結論こそを皆は求めていると、分かるのだから。
言いたい。身内が濃密に絡んでいる話であると確定した以上、本来、私が結論を出すべきではない、と。でも、尋ねずとも分かる。彼らはそれを分かった上で、私に方向を決めろと言っているのだと。
「最後尾は私が。そもそも、入って直ぐは、貴方たちの提案した陣形はどちらも無理でしょ? ここの通路ですら無理。部屋でくらいしか無理」
今更であったが口にした。当然、今言ったのは狙って、である。
皆一様にはっとした表情をしている。
「疲れてるのよみんな。少しでいい。仮眠を取りなさいな。私が番をする。変容しただろう魔力の試金にも丁度いいし」
皆は、聡く、私が何をしようとしているか気づくが、もう遅いのである。それに、皆が、恐ろしく集中を切らしている、当たり前に気づくことすら気づけなくなるくらい、実のところ頭が消耗していると分かった以上、私はこうしない手はない。
かの、魅惑、支配の応用。皆の睡眠欲を誘ったのである。優しく、雰囲気と気配を放ち、空間を包み込むように。
皆、バタバタと、力なく倒れ、深い眠りについた。
今のうちに。
それを出す。魔力を込めて、膨らます。自分と同じくらいの大きさの真白な、顔も爪先も一切の穴も無い、人形である。その名も、犠牲人形。私が、自身の魔力が暴走気味なとき、それを消費するための、サンドバッグである。
そのために、創られた、人間どころか、その辺の小動物未満、昆虫以上程度の薄弱な意識と人格、それも、使用前後でリセットされ、記録されず、連続しない。
そういう、必要故に、家が、大枚と、伝手を使い、借りをいくつか作ってまで、私に用意してくれた逸品である。
私が、暴走して詰んでいないのは、これがある御蔭だ。そして、恐らく、今日の今から、これの役割は変わる。
私の魔法の多くは、相手がいないと試せない。これまで試そうともしなかったけれど、これからは試せるから。
(先ずは、これからかしら。)
人形の表面を爪で傷つける。血は出ないが、その表面は薄く数戦センチ裂けた。その傷口に掌をあて、声を抑えに抑えて、唱えてみる。
「【治癒】」
黄緑の煌めきと共に、傷口は塞がった。人形の肌地の白に、変化はない。
(これなら皆に振るえるかしらね。じゃあ、これなら?)
再び、人形の表面を爪で傷つける。血は出ないが、その表面は薄く数戦センチ裂けた。その裂け目の端っこに爪先を当て、
「【思い出せ。思い返せ。正常なる機能。回帰し、復帰せよ】」
蒼み掛かった海色の光。彼女が指先を離してもそれは継続し、傷口は、彼女が込めた力の弱さ故に、ひどくゆっくりと、彼女が爪で傷をつけたときの十分の一以下の速度でであったが、塞がっていって、塞がりきると光は消えた。
この魔法は、長く光を宿すし、かなり強く光るが故に、抑えに抑えて試すしかなかったが、それでも、人形の肌地の白に、変化はない。それは確かであり。
(産廃魔法だったのに……。と、とりあえず、汎用の補助魔法は全部使えるかしら。回復系が私の力が最も混ざりやすかったことからして。……。一応、他も幾つか試しておいた方がいいかもしれないわね。どこがどれだけ、どう変容したかなんて、全部試してみるまでは結局分からないんだから)
そうして彼女は、息をするかの如く、この部屋自体を覆うような感知の魔力の球幕を張り、維持しながら、思いついた先から、どんどん試していくのだった。
彼女の魔法の本質は、魅惑。それによる掌握。故に。他の魔法使いからしたら、彼女のものの中で一番難しだろうと思われる類の魔法を、息をするかのように行使できるのであった。




