熾烈なる戦嬢 Ⅹ
「っ! 姫っ! へ、平気なのですか……?」
薄明るさに包まれる。つまり、外、じゃあない。
ぼやけ、三重、二重、一つに見えた。いつもの堅苦しい低くいい声が揺らいでいる。彼は、
「ラッセル……」
思わず名を口にしてしまい、はっ、とするが、
「あぁ、姫が我が名をぉぉ! っ……。それよりも、姫! 逃げられました」
その彼、ラッセルは間違いなく自らの意思を明瞭に宿しているままであった。
ひゅろっと長い。のっぽである。細長い顔に、長く細い蒼い目に、並みの女生徒よりも艶やかで長いオールバックな金色色の長髪。尖っていそうで尖りきっていない鋭そうな耳。小さくみっちり閉まった白い歯が唇から覗く、一見怪しく見える、白い肌の男。だが、割と見掛け通りでないのがこの男である。深緑のローブは灰色の砂を含ませて汚れている。
「っ……!」
自分が、身勝手なことに安堵している。集中すべきは、彼の説明であるというのに。
「正確には、見逃された、のだと思います。あの椅子の下。下へ続く穴があったようです」
穴の傍に一人の男。椅子を片手で持ち上げていて、しかめっ面をして首を傾げるシュターレンだった。
大柄で、浅黒く、ローブの袖の無い、丸太のような太い腕、丸太のように太い足、でも、豚ではない。その下は筋肉であると皆が知っている、顔のパーツが顔の中心に酷く寄っている、不正に蓄えを積み重ねた悪徳商人の如く、黒い口髭、頭髪と眉の無いのがトレードマークの浅黒く、油ぎった男である。それでいて、腕毛などは薄い。
石でできた、明らかに一人で持つなんて無理だろう椅子を、片手で掴んで持ち上げていて、くるくる角度を回して、睨むように見つめ、何か手掛かりを探しているようである。
「姫。独断専行をお許しください」
と、頭を垂れ、杖の先を刃に変じさせたものを差し出す、薄紅色のローブを纏う、睫毛も眉毛と鼻が無い、ある意味仮面のような顔をした、青白い小さな、つぶらな黒い瞳をした、しゃくれ声を持つ男である。
「ベリリウス。貴方の判断だというのなら、私の大雑把なそれより数段マシでしょう。内訳を聞かせて」
彼女は気づいていた。
この部屋の中にいる人数が少な過ぎる。
倒れている人物が一人もいない。ところどころに、血反吐の痕跡や、破壊による壁面の一部砕けなど、損傷も損壊もあるというのに。
この三人と、この部屋へ自分たちが入ってきたときの入り口に、こちらから見え背中を向けて立つ一人の人物であるサウィウスと、壁面をコンコン、と叩いて耳を当てては何か探っている玉虫色ローブが特徴の、どうしてか姿形の特徴がそれ以外に残らないノイシュ、そして自分を足しての六人だけである。
ラッセルは、自分の傍から離れて、サウィウスに、自分が目を覚ましたことを知らせにいったようであった。
明らかに、頭脳役もできるのばかりが残っていた。
「では、僭越ながら……。姫の気絶後、我々は一目散に突っ込みました。部屋の広さはたかが知れており、一見、行き止まりの終着点。姫に残して貰った我々の余力。一人一人は弱くとも、幾重にも重ねれば、領主クラスだろうと、一人単独ならやれる、と判断しました。何かされるのが、一番恐ろしかったですから。我々は姫のように埒外ではないので。……こうやって、姫に講釈を垂れることができる日がくるなんて、我は、感激です……!」
「もう。偉そうでも何でもないわよ。それこそを私は望んでいたのだから。私同様、情緒がぐちゃぐちゃじゃあないの。こうやって話が脇道に逸れるだけでも嬉しく思える。これまでそんなこと無かったから」
と、自身の左右のツインテールを手にとってみる。それらの色は元の通り、赤と黒のメッシュに色づいていた。
「「「「「決死行とゆきましょうぞ!」」」」」
五人が揃って、そう声をあげた。
示し合わせたのか、と思いつつ、彼らは互いの顔を見合って、お前何言ってんだ、という表情をしている。一体何がしたいのだろう。
「貴方たちがしたかったのはそんなこと? それなら、復帰できるか分からない私なんて待たず、先行けばよかったじゃないの」
彼ら五人は横並び。右側にラッセルとベリリウス。そこから隙間が空いて、左側にノイシュとシュターレンとサフィウス。自分はその正面に相対するように立っている。彼らがしたいのが、合議、つまり、話し合いであるというのは察しがついていたが、どうしてこうなる?
「そうは言いましても姫。我々は姫を除く全員でかかって、実質負けたのですよ?」
と、情けないことを言うラッセル。そんなにがっしりした髪型なのに、しなしなへなへなに見える気がするのは、どうなっているんだ。
「そもそも、決め手が無いのですよ我々には。一発逆転すらできないでしょう」
ベリリウスがそう、深刻そうにラッセルの言葉に補足を入れた。やはり、ベリリウスがこの中では最もこちらの意図を汲むのも、思索を巡らせるのも巧い。
「ええとね……。それなら、退いてもよかったのよ? 結構重大な情報を私たちはここで幾つも手にしたのだし。現に、他のみんなは退かせたのでしょ? 援軍か、向こうからの追加情報か。何か得られそうな目途は?」
頭が冷えたから分かる。もう、最低限の目標は実は達している。母上を相手にするには自分たちでは相当きつい。半魔女と巷で呼ばれるあの人を、ただの魔法使いが何人集まろうとも倒せるものか。自分たちはただの魔法使いよりはだいぶ秀でているという自負はあるけれども。それでも、外れ値といえる域には届いていない。自分ですら。半歩にすら届かない。本当にどうしようもなく逸脱しているのならば、孤立する。母上のように。そして、父上のように。あの兄だけは、一見違ったけれども、本質的にはやはり孤立していたからの結末だったと思う。
「故に我々はここに残っているのですぜ。姫が目を覚まさなければ、魔力が戻らなければ、何か報せがあるまで待機だったでしょうな」
ノイシュがそう、落ち着いて答える。シュターレンとサフィウスは、うんうんと頷いている。
この三人は、頭を張るとか、頭脳としての中心だとかというよりは、専門性、独自の視野、やや特殊寄りな魔法。私にはついてきてくれてはいるけれども、我が道を行く枠だ。そして、他二人よりも明らかに冷静だ。動じていないし、狼狽えていないし、不安もないし、だからといって浮足立ってもいない。
「そうなら、もう少し残すべきだったでしょう」
攻め入る、追いかけるつもりなら、人数があまりにも足りないと遠回しに言ったのである。
「怪我人が、多数出ました。それに、怯えを抱いてしまった者も。貴方様の加護が薄れれば、我々何ぞ、このざまなのですよ」
ベリリウスが、膝をつき、頭を垂れた。それは皮肉ではない。卑下に近い。それでも、彼女の心に鈍痛を与える。恐らく、私が落ちていた間、率いてくれたのはベリリウスなのだろう。そういう意味でもきつかった。
「よく、やってくれたわ。ベリリウスも。他のみんなも。あの母上相手に全滅しなかったのだから」
私がそう労いと慰めの言葉を投げかけると、皆、暗い表情をした。でも、
「それに、私なんてお荷物も横たわっていて、でしょ? たとえ私が幾ら強かろうとも、手負いで目すら覚ませず動けないなら、お荷物以外の何物でもない」
これは、私自身をも含めた全員の話だ。誰も悪くなんてない。誰もしくじってなんていない。敢えて言うのならば、しくじったのは私だ。敵の強大さを想定しきれていなかったのだから。その上、最初に沈んだのが私なのだから。
「そういうことだから、先の話をしましょう。貴方たちの言う、『見逃された』ことにするとして、また、出てこない、放っておいてくれるなんていつまで続くか分からないでしょ?」
そう、私は胸を張った。




