熾烈なる戦嬢 Ⅳ
彼女が先導し、他がついてまわる。
そこは、立方体の部屋が並ぶ、推定、迷宮であった。彼女はそれを、邸宅の地下に存在する大書庫で見た知識に照らし合わせ、仮判断した。
ワクワクしている。高鳴っている。
冒険、探検というものを、一度してみたかったのだ。王都のこの世界最高学府にも、それは無かった。そういうのは騎士の役目とされてきたものだし。
そして、騎士というのは一部の例外を除き、男所帯。著しく男に偏った世界に、戦闘力も頭脳も魔法も、個で逸脱している訳ではない彼女が入るだけで、その集団はダメダメになる。
だからといって、辺境に独りで旅立つなんてことは許されない程度に身分はあるし、最低限連れていける質の連中は、命にだいぶ価値がついてしまっているから。
こんな時でもないと。
灰の領域には残骸が埋まっている。それは、時に、生活痕であり、砦であり、遺跡である。その探索の記録の一部を、彼女は偶々、大書庫で見つけ、密かに焦がれていた、という訳である。
そのために、そのためだけに、生来の能力が、異性に対する誘引なんていう、ひっどい魔法であるにも関わらず、彼女は、自身の力を、そこまで他から助力を得られなかったとはいえ、足掻き、それなりに身につけた。
彼女が能力だけの人間ではなくて、寧ろその能力自体を嫌っていて、基本、それを、漏れ出てしまう分以外、ふるおうとはしないのもあってか、同性から嫌われも排斥もされていない。
なにせ、彼女には、男に対する、ねっとりとしたような湿度も、同性に対する牽制やマウントも、かけらもない。同性から見ても、基本敵にならない、ライバル足りえない、別の軸の地平に立つ、おもしれぇ女、なのである。
ガキと呼ばれる年頃の少年たちには素直に好かれるが、彼らが青年といわれる年頃になったならば、あれはない、無理、ついていけない、となるのである。
彼女に惹かれやすいのは、彼女と遭遇したのが、年を経てからであったり、砂糖じみた女の子というものには惹かれない女友達や並び立つ者を求める類であったり、おもしれぇ女が好みな者である。
そして。漏れ出てしまう分以外の制御が可能な彼女は、魅了された存在を、求める他の女という存在が現れたとき、そいつがどうしようもないやつでなければ、無理をしてでも、魅了の影響を抜いて、それの味方をした。言い方をかえれば、男を譲るような行為。本質としての根源的な能力からして、有り得ない筈の行為。それが、彼女の身の潔白と、意向を証明していた。
それのお陰で、結ばれた、彼女が仲を取り持つような世話焼きすら、必要に応じて行って。でもって、彼女に微塵も惹かれない類の地雷率の異様な高さ。それこそ、女を駄菓子のように食い散らかしたり、女弦の真似事をしたりする連中程、彼女を露骨に嫌った。なぜか、彼女のような体格容姿の好きな筈の連中も、不思議と彼女を避けた。
そうなると、疑問も出てくる。彼女の本質、斯く在りきや、と。意思だけで、それと相反する本質を押し切れる訳何ぞ、無いのだから。
部屋に入った途端、背後の手勢たちがそり出した壁に蹴られるようにーー飛んできた彼らを、彼女は受け止めもせず、跳躍し、躱した。
前の部屋と特に違いのないこの部屋ではあるが、また、罠部屋であるらしい。
先ほどの部屋みたいに、床が抜けて、一面に敷き詰められた針の山、なんてことはなく、閉じ込め、そして、
「上からくるわ!」
影も無いのに、彼女はそう声をあげ、上を見ながら、難なく回避した。
立ち入って、初めての敵。ゴーレム、である。灰色煉瓦でできた。要するに、ここも、敵の何やらの施設、ということになる。迷宮なんかじゃあない、ってことでもある。残念なことに。
ただでかいだけの、二足歩行な、ゴリラのような体つき、首がないかの如く、頭はでかく、揺らしても、意識を失わないだろうと分かる。
引きちぎることなく、掴んで、鞭のように放った、片ツインテールでの一撃は、斬撃となって、ゴーレムのごん太の片腕を切り落とす。
それだけである。断面に阻害を行うことをしない。
手勢たちは、首を傾げる。だが、彼女に倣うように、魔法を重ね、被せ、当ててゆき、大木の如く太ましい片足の甲というか、土台を砕いた。
それは、再生することなんてなかった。倒壊の衝撃を、残った片腕を地面について防ぐのは、彼女が再び放った、両ツインテールの連撃によって、防がれた。手を付けられないなら、片膝を、というのも許されず。
受け身も、手足による軽減動作すら阻害され、自重と硬い地面に負けるかのように、瓦礫と化した。
消えない。残存している。入ってきた天井に穴が空いた部屋から察せられた通りとなった。
「敵にとって重大な何かが眠っているのかしらね?」
そう、手勢に話を振ってみるのだが、返ってくるのは、肯定ばかり。二、三、ここが敵の拠点だとか生産施設だとか、普段と比べたら若干意外性のある答えが返ってきたとはいえ、それらもまた、具体的な事例を加えただけの肯定に他ならない。
募ったつもりなのは、意見である。賛同ではなくて。別の視野、思惑を見せて欲しかったのにーーそればかりは得られた試しがなかった。
次の部屋への道は一通りだけ。
その前に、と、これまでしてきたように、この部屋に入ってきた時の入り口から正面の壁面に見えるように、髪の束を振るったーー
大きく、深く、刻まれる。
【17,21】
最初の部屋が、上の穴を除いて、前と後ろに道があったから。そこを基準とし、【0,0】。上へ進むと【1,0】。下へ進むと【-1,0】。仮に左に進めたとしたら、【0,-1】。仮に右に進めたとしたら、【0,1】。
無理でなければ部屋の各辺中央辺りの何れかに刻まれるそれを見て、現在位置が分かるという仕組みである。そして、この場所の規模も。
仮に、階層は続いておらず、前後左右にだけ、同じ大きさの部屋、同じ長さの通路だけで構成されているという前提であるならば、だが。
未だ、手勢の誰も落ちていない。だが、もう何十部屋も通ってきて、偶に分岐はあったけれども、前か後ろか左か右。各辺に、道はあっても一つまで。
そのルールに現状現れる部屋は従っている。全容は分からない。容易く崩れることを覚悟してなければ使えない、ひ弱な理である。それでも、闇の中を歩くには、頼りなくとも松明が無ければ話にならない。
遭難しに来た訳でもないのだ。部屋と部屋を突き破って繋げてなんてことができないことを、この決め事を定める際の最初の最初に試して、仕上げたルールを、上に残した手勢にも伝え。
最悪、通った部屋かどうか、最初の地点からどれくらい離れているかくらいは分かるけれど、距離は分からなくなっている。真っ直ぐ手戻り無しで進めている訳でもないし、行き止まりだってある。
敵ではなく、罠の部屋なんかは、再度踏み入ると、また発動するものとそうでないものもある。
おまけに、ここに陽の光は注がないが、眩しくなくて、部屋の中全てが部屋の中にいれば見える程度に全体がムラなく明るい。温度だってそうだ。外より涼しくはある。だが、これがいつまで続くか。
外の昼夜を関係せず、明るさと温度が維持されていて、そうなると、上で待たせている連中が心配になる。時間感覚も、こんな場所でははたらかないのだから。




