熾烈なる戦嬢 Ⅲ
二つの毛束を、自身の頭髪の元の位置に、迸る陽光の魔力を糊にしてくっつけた彼女は、灰色の砂の上、横向きになり寝そべり、耳をあてる。
「そろっとよ。そろっと」
指示を飛ばす。
ぞんぞんざすざす、どんざすざす。
彼らの色とりどりのそれぞれの色の魔力が、人間大の円柱を形作り、それが、地面へと落とされる。ずらして、順番に。順番に。重ならないように。
「あった!」
その掛け声と共に、彼女がくるりと起き上がったところでそれは止んだ。それは、止め、の号令であるだけではなく、もう一つの号令をも含んでいる。
彼らは組体操のように、自身の身体で塔をつくる。本来、肉体的には、それだけの無茶を通す筋力は無い彼らであるが、魔法ありきだから、ムキムキなのとパフォーマンスに大差ない。そして、魔法であるそれに、重さはないのだから、パフォーマンスはより秀でる。
三段、四段、五弾、六段。
残りは、念のための補助要員。塔の周りに、少し離れて立って、負荷が想定外に激しくかかった部分に補助を重ね掛けしたりする役である。
彼女と、そして一人が残る。
その一人の役割は、というと――
彼女を抱える。塔を登ってゆく。そして、彼女を、後ろ側から、脇の下から掬い上げるようににぎゅっと持ち、そして彼女は、放つ。
陽光を浴び、それによるブーストも含め、更に、自身に惹かれてるくせに、自身の無いに等しいとはいえ、胸の部位に、その指先で触れているというのに、反応すら示さないその男に対する怒りも、更にブーストとして乗せ、自身の魔力を織り交ぜ、放った図太い光線は、地面の灰砂を消し飛ばす。吹き上がって、飛び散ったそれらは、灰色ではなくなって、ただの黄色い砂へと変わり果てていた。
空いた穴の下、あのゴーレムの肌地に似た、灰色煉瓦の壁面が見える。穴の開いた壁面。それは天井だったのか床だったのか、定かではないが、一応の当たりならば、また何か見つかる筈だ。
ゥゥゥゥゥゥーー、スタッ!
足裏の円盤の魔法展開を解除していたというのに、降り立った地面は硬い。揺れた感じも傾いた感じも、ましてや、底がへこへこだったり、抜けたりする感じは皆無だった。
上から覗き見た時から分かってはいたけれども、何かしらの準備が無ければ、魔法抜きでは戻れそうにない。
「半分だけ来て。残りは待機よ。でも、襲われたりしたら逃げ込んできてもいい。あいつらだったら、この高さから落ちたら崩れて形を保てないだろうし、そもそも、穴が小さくて、大半は降りてくることなんて出来ないわ。それに、総重量がその体のせいで重いだけで、密度は大したことないし。穴を広げられることも、無理にそこで闘おうとしなければ起こり得ないでしょうし。領の者が来たら、現時点での今日の全てを、事実のみで報告なさい。命や交渉は受け付けないこと。同じく、手に負えなかったら、私のところまで逃げて来なさい。撒けなくても構わ無いから。人質になるのだけは絶対に避けて。誰かを見捨てることになっても」
指示にしては半端であるし、会話としては拙い。いくつかの想定と思考の流れを明示したその開示は、彼らに選択肢と行動のセットを幾つか与えた。
彼らの行動は、自律的とは言えないが、ある程度は、彼女の道筋を一つに限定する指示を与えずとも、択の中から彼らの思う最適を選ぶくらいはするのである。
良きにはからえ、だと、択が無数にありすぎて、何も選択でき無い。択を一つに絞ると、その沢では対応できない事象に遭遇すると最悪言葉通り、何もできなくなる。
命令者たる彼女がいるなら、臨機応変に切り替えはできるが、離れてしまえばもう……。全てを予期するだけの予知の異能も、可能性を網羅して最適な沢を並べることができるだけの頭も、一択で事足りる程のえげつない程の勘の鋭さも持ってい無いのだから。
だからこそ、理解者かつ副官が必要なのであるが、彼女の能力故に、現状いない。同じ女性で用意すればいい、とはならないのは、その女性と彼女の意見が相反したとき、集団はどう割れるか、である。その女性対、他全て、である。男性だと言わずもがな。
なら、無性の存在、例えば、物質性から遠い位置にいるような、概念を基盤とする類の男女性の無い類の精霊。……。ここは【始まりの園】ではない。そんな強大かつ稀な存在、手軽に見つかるものではない。それに、そんな強大な存在が、副官なんていう、詰まる所、頭ではなく、下につく、なんてこと、特殊な拗れ方でもしなければまず、ない。それに、ついたらついたで、彼女自身にも、集団自体にも、何かしらの変容が見られることだろう。それが良い方向に必ずしも傾くとは限らないのだから。
と、なると。素で、彼女に影響されない程に抵抗できて、彼女が為の集団の中にいながら、彼女の意向に時に背き、彼女がいない時に、彼女の意向を言われずとも汲んで、率いる、動ける者でなければならない。
しかも、この集団は魔法使いの集団。彼女の支配力が薄れれば、一気に集団は烏合の衆へと属性が傾く。
彼女もそれを分かっている。痛いほど自覚している。ハーレムを築き、どこかに引きこもっていられるのなら、それでもいいかもしれない。だが、それ自体、彼女の趣味ではない、というのが彼女の不幸。
引きこもることも。意思無い、意志薄弱な者たちに、無条件肯定され続けることも。多人数に体を捧ぐことも。それもこれも、彼女の趣味とも、癖とも合わなかった。
彼女は、相手に、劣等も、優越も、従属も求めていない。
隣に立つ者を求めている。
それは、奇しくも、他の兄たちと同じ傾向であった。あのウィル・オ・ライト含めて。
そして、ウィル・オ・家の彼、彼女たちは、だからこそ、他が拾わないような濃くて癖のあってどうしようない者を、相手として見据える傾向があるのである。
正確には、一族の宿痾といえる。父親たる前領主もそうであるし。折角、初代という天然の化け物が、逸脱の宿命から未来の一族を逃すがために、人の世界に根を降ろしたというのに。それもこれも、遺言どころか、家訓も言伝も残さなかった初代が悪いのである。誰も彼もが、言わずとも自ずから汲み取ってくれよう、だなんて、どんな世界でも、どんな国でも、どんな領地でも、どんな村でも、どんな職場でも、どんな家族でも、どんな友人関係でも、下手すれば互いが互いに選んだパートナーとですら、成立しないのものであるのだから。




