熾烈なる戦嬢 Ⅰ
そこは、あれら灰の巨人の群れの出現が続いたある日、その日の出現初期位置をもとに割り出した、拠点、若しくは巣、はたまた、製造拠点といえるであろう何かがある、とされた領域。
灰の砂漠の真っただ中である。
中心であるかは分からない。
この砂漠の果てを観測できていないからだ。少なくとも、灰の巨人の群れが出現し始めてからは、果てはない。ウィル・オ・領とそれとの境界という一方向の終端しか確認できていない。
件の忍びが無茶を通して。希少な、ショートワープ装置を置いたのである。認証した存在以外は出入り不可の。人間の大の男の顔面くらいの大きさの平べったい金色の円盤に、緑の蔦が、冠のように縁取る意匠。その中心に、オレンジの篝火が灯っているかのよう。
その光がついていると、効果を発揮する。消えていると、出入りはできない。
二対で、一つである魔法の道具である。入り口と出口。翻って、出口と入り口。二つの地点を繋ぐのである。
そういう魔法の道具である。そう。道具。だからこそ、改造できる存在が仮に存在したならば、そのような認証は破られてもおかしくない。それに、乗っ取られた場合はどうなる? 少なくとも、催眠下であっても出入りはできたことは確認できていた。
前当主。その夫人の実家。そこに、安全地帯としての後方、戻る先を置いている。ウィル・オ・領に置かなかったのは、当然、安全の為の分散である。
会わせさえできれば、勝ちだった。
夫人の実家の領主は男。そして、末の子であるダズルと顔を合わせたことすら無い。故に。邪魔立てされる恐れはない。
領主はダズルの操り人形。ウィル・オ・領ではないのだ。女の士官も騎士も、いやしない。メイド長含め、女どもは、疑問を抱く習慣すらもありはしない。
僅かばかり混ざる女の魔法使いには、ダズルの親衛隊という名のハーレム要因を割り当てて。容易く乗っ取りは成立したのである。
勿論、自らの母親に、それを献上するつもりなんて毛頭も無い。そもそも、母親の優先順位は、支配欲や顕示欲より、自らの夫に対しての欲が何よりも先立つから。
だから。
役割を与え、監視の人員をつけ、働かせることをしなければ、容易く何処かへ行ってしまう。好き勝手出歩いて、どこにいるかも把握できない父親を捜しにゆくのだから、別に困りはしないのである。
それに、あの父親だけが、あの母親の手綱を握れる。それが、飼い犬に引き摺られていく哀れな飼い主の如くであろうとも。
他であれば、聞く耳すら持たないのだから。
――という、長い長い回想から、現実にかえってきた存在が、灰の砂漠ではない、ここに。
「うんうん」
少女然とした、可愛く透き通った、けれども、気の強そうなアクセントとはっきりさ。声を出しながら、満足そうに頷く、ちんまりとした少女。幼女と見紛うほどの小柄の、だが、辛うじて少女といった風な。
腕を組んで、仁王立ちしている。
赤と黒のメッシュの、床に届きそうなツインテールな頭髪。眉も睫毛までもが、赤と黒のメッシュである。そう。地毛である。
ぎっ、と力強く見開いた、黄色の瞳は獣の眼光の如く。
鼻は小さく、口も小さく、そこから見える歯は真っ白く生え揃っている。
そのせいか、彼女を目にした者は、可愛らしいのか凛々しいのか見ていて分からなくて混乱しそうになるだろう。
小柄で、浅黒くて、薄くも、筋張っており、それは筋肉である。肌に傷は無くとも、その身体は、間違いなく戦士のそれである。
薄い胸部装甲を覆う薄紅色の毛皮の胸当て。同じ素材の、くるぶしにまで届く腰布。ささくれ立った、黒い針のような毛が逆立った、マントを纏い、露出した腹は、くっきりはっきりと割れている。その辺りは幼女ではなく、確かに少女であった。
「お嬢様。今の頷きの意味は如何なものでしょうか? 無知な我々にお教えください」
美形の、すんっと整った背丈の高い男の一人が、膝をつき、その少女に尋ねる。
その一人だけではない。周りにも同じように。控える者たちが、その一人に倣うかのように膝をつき、頭を垂れる。合計三十人程。
まるで、崇められているかのようにも見えなくもない。
そこは、屋敷の中ではない。屋外である。庭ですらない、そこら辺の昼の平原である。交易用の路すら敷かれていない、外れた平原である。
彼女を中心とした一帯だけ、芝生程度の草丈まで、周囲の草は芝刈られた状態であった。
彼女の、ツインテールの片方の房が舞う。
パシィィンンン!
尋ねた男の頬を、それは嬲ったのである。
吹き飛びはしない。魔力による強化もされていないただの髪の毛の束である。尤も、ボリューミーで、それなりの重さと共にしなやかさもあったものだから、男の、受けてしまった方の頬は赤くなっていた。
「詮無いことよ」
「どのような空想であられましょうか?」
彼女の、ツインテールの両房が舞う。が、見舞われたのは、毛束ではない。
めりぃぃ、ブゥオゥ! がしっ、ざしっ、ざぁぁぁ……。
拳である。
体格差、体重差からして、あり得ない筈なのに。男の身体は宙を舞って、転がったのだから。
「分かってんの? 命、懸かってんのよ? ただ私の傍を飛び回ってきぃきぃきぃきぃ! あんたたちは精鋭よ? 分かってんの? 支配でも魅了でもなく、私に惚れてる気がある上、男臭過ぎないから私の力の効きが悪く、腕も立つし、頭もそれなりに回るからって連れてきたのに」
「理不尽で…―」
彼女の、ツインテールの片方の房が舞う。
パシィィンンン!
「なよなよすんな! 当たり前でしょ! 理不尽なんて。行軍なのだから」
彼女の眉間はぴくつき始めていた。
宙を舞った男が、ふらふらでありながら戻ってきて、
「申し訳ありませんでした」
と、膝をついて、頭を垂れた。
それを見て彼女の怒りは消沈する。満足だとか、そういうのとは全然違った。冷めたのである。醒めたともいう。
侍らせ、率いて、なのにこれじゃあ、操り人形を手繰ってるのと大差ない。
兄たちのように、自分は、本当の意味で率いるということができないのであるということを、まじまじと見せつけられているかのようで。
何せ、兄たちから戦況悪化やそれに係る呼びつけも起こっていないのだ。こちらと違って、向こうは大変。バカでも分かる。
お遊びでしかない。箔付けでしかない。
報告のために、取り巻きの男の一人を遣わせてという形をとり、惨めな現実を直視しなくていいようにしてきたつもりなのに。
「そろそろ行くわよ。みんな、気張ってちょうだい。今日こそ、何か手掛かりを見つけるのよ!」
人間の大の男の顔面くらいの大きさの平べったい金色の円盤に、緑の蔦が、冠のように縁取る意匠。その中心に、オレンジの篝火が灯っているかのよう。
それを踏む。
体重が掛かった瞬間、転移する。
行き先は、かの灰の砂の砂漠の真っただ中。彼女が消えた後、他の男たちもそれに続いた。




