新王の誤算 Ⅳ
「……。遅い……」
王座にて、ぐったりしていた新王は、襲い掛かってくる眠気と戦っていた。想定外の授け。望まぬ授け。前王の勅命によって為された厳戒令。
内を鎖す為のそれを、混濁した知識と知見の濁流を飲み干したせいで浮かぶ、今の自身がすべきと、判断を下してしまっている最適解。
『今すぐ、この馬鹿げた封鎖を解け』
あの第一王子の実に言いそうなことを、自分が思い浮かべていて。それがおかしなことだという自覚が、その実行を妨げている。
だが。
眠ってしまえばきっと、抵抗の意思すら、融和する。やり方は多少温くはなるだろうが、結局は実行してしまうこととなるだろう。
統合とは、そういうものだ。
本来、落とされた者たち同士で、折り重なるように混ざり合う筈だ。これはそういう儀式だから。ルールを守り、その上で敗れた者たちが、折り重なり、統合され、より強大な存在となる。それと共に、不安定となる。より大きな統合への候補となりつつ、そういう贄としての性質も強まる。
必ずしも成功する訳ではない。
成功とも失敗ともいえない形に軟着陸することもある。自分がまさにそれだ。イレギュラーな、第一王子の手法か、賭けか、無謀か。きっと、第一王子自身にすら分かっていなかったのだろう。だから、今の自分にも分からない。
現に。授けの形式が変貌している。
降りてくる知識は、長々とした文章ではなくなり、解釈された後の要約のようなものになり果てた。自分に分かる範囲で、分かる形で蓄積されていくこととなったが、それは原典ではなくなった。
大事な情報が抜け落ちてる可能性がある。
だが、第一王子の智識に基づいた要約であるのならば、自分が足掻いて理解しようとして半端なまま、丸暗記のままの文章羅列の形よりも、数段ましだ。
疲労も軽減された。自分が相応しくないのだということを思い知らされるかのように。無力感が大きくなる。
高揚感は、何処へ行ったのやら……。
地図から、あの、ウィル・オ・ウィスプが消えてから久しい。
気づいて監視から逃れた線。その身に何か起こった線。いくつもある……。そして、絞るには情報が足らないのに、自分はここから動く訳にもいかなくて、使える駒もない。
確かに。解かねばならない。
だが。解いて何になる? 恐慌が巻き起こるだけだ。目に見えている。それでも、今よりはまし、だと? 自分は、そうは思わない。
こんなものはただの意地だ。だって、自分には理由が説明できないからだ。この辺りが、自分は、他の王子王女たちと比べて著しく劣っている。
だから。問題は真に次段にある。
一段目。範囲と影響と対象を絞った、限定的、多段階の、限定的な前王の勅命の解除。
二段目。引き入れた駒の指揮。これである。理も、利も、自分は上手く説明できず、上手く授けられず。例外的に、察しが良すぎる類だけからは、何故か、よくされる。
よく、される?
よくしてもらう、ではなく? される、というのは、明確に第一王子の目線だ。……。何故、自分が、かのウィル・オ・ウィスプのみを一本釣りし、他に行動の余地を与えないように動いたか。
それが最適だと思った。
説明はできない。
だが。どうだろう? あの場で、他に行動を起こすつもりだった者はいたのだろうか? ……。第一王子……?
あぁ……自分から統合される時を選べるのならば。あれ程の者であれば、与えるものと与えないものの取捨選択くらいは…―
「ぐぅ……あ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」
気づけば息があがっていた。陸にあげられた魚の如く、空気が足りない心地だった。
何故だ? 抗ったからか? それとも、脳の体力がついて、それに引っ張られるかのように、走るように思考してしまったからか? そんな能力、自身に本来無いというのに。
何故、解釈に、更に劣った自力の解釈を重ねる? 抗う? 意味がない。
自分一人だ。
止める者はいない。
だからこそ厄介で。
何せ、授けは待ってはくれないからだ。それに、記録の形ではなく、話し聞かせるような解釈の形で自身の意識内では展開されるように変わったせいで、後で見返せるかも分からない。少なくとも、今はそれを確かめる余裕すらない。
空が赤らみ始める迄――
猶予はそれまで。
それまでに、結果を掴まねばならない。自力でなくていい。他力でも構わないのだ。先祖代々の仕込みによる授けに頼りきりでも。第一王子の思念の如く智に身を任せてしまってでもよいのだ。
結果さえ掴めるならば。
そうなる、と予感できれば、躊躇なく委ねなられる。行える。それだけはできるからだ。
……。立ち上がってみる。
……。座面に触れてみる。しっとり、熱を帯びている。嫌な感じの。熱っぽいときのそれに似ている気がする。この場合、知恵熱、か?
……。向いていないのだ。
……。だが、選んだ。
……。選んだ以上は、やらねばならぬ。
……。だが。座していても、唯一の傍仕えも今は行方知れず。それが本当に、臣下の礼をとっていたかは、見る目の無い自分には判断できない。できないということだけは、質の悪いことに確信できるのだ。
……。外に……。出よう……。それがたとえ、前王の慈悲を無下にする結果になろうとも。このままでは消極的に無下にすることになるだけだ。
だから……。こんなにも、疲労感を感じているのかもしれない。
風も無いのに、纏いし布を揺蕩わせ、たなびかせ、足音の無い歩みで、王座をあける。宛ても無く、外へ。明確に向かうべく処も定まらぬというのに。
……。消えることはない。
この世界は、須らく、王の領域。故に、今、王たる自分は、現在敷かれている最新の勅命による自滅はありえない。
……? 自滅……?
強烈な違和感。だが、それを突いてはいけないという、防衛本能の如く、気の逸れ。それを自覚しているのに、消えてゆく違和感という、得体の知れぬ恐怖。
それは、自分が自分ではなくなってゆく過程にいるという、苛まれる自覚。




