戦場跡の守人 Ⅱ
「なぁ、俺は何かやらかしてしまったのか?」
ティアランはそう尋ねる。
「いいえ。っ……」
ブゥオオオゥウウウウウウウウーー
突風によって、フードがはだけ、頭が露わになる。
「女、だったか」
青、白い。熱を喪ったかのように、冷たく白く見える。その肌の青白さは、まるで、血の巡りの止まった死人の肌地のよう。
強い眼頭それでいて、僅かに垂れた、憂いを浮かべる目尻。その間に浮かぶ、上下の端が隠れた、大きく虚ろな灰色の渦のような瞳。
小さく高く、その頂は消えそうな程に薄く見え、口は強く閉ざされている。皺も無いのに、険しい表情をしているかのよう。
睫毛も眉も頭髪も、靄のように、何か、白く揺蕩っている。地があって纏わりついているのか、それ自体が毛の代わりなのか。定かではない。
うねり、広がり、靄のように揺蕩うそれは、特に頭部のものは、被り物をしているかのようにも見える。言うならば、脱色しきった海藻? のような。
額は出ている。左右に分けられ。左目に前髪が僅かにかかるかかからないか。左右の耳はその推定髪の毛によって隠れて見えず。後部のそれは、荒くうねり、肩、下手すれば腰にまで届いてるかもしれない。
目の周りは縁取るように黒い。小さく薄い唇も同じく黒く。それも相まってか。顔つき自体は、きつめの顔付きの、気の強さが嘗てあったかのような美形であったかのように思える。
嘗て。過去。どれほど昔を指すのかも分からない。
今の彼女は、その表情に宿す影が兎角、濃かった。
「墓守なのだから、男だとでも思ったか?」
可愛らしさや庇護感はその声には抱かないだろう。媚の無い、低く、よく通る、半ば掠れた、否、焼けたような、重みのある声だった。
「? 墓守に性別は関係しないだろう?」
ティアランは素直にそう言った。姫や王子といった、性別の付随した称号でもない。職業は、偏りはあろうとも、性別によってなれない、なんてことはない。女騎士だなんてものも、少ないが存在するのだから。
「妙な男だ……。調子が狂う……」
それでようやっと、大鎌が引かれた。刃は消え、杖の如く棒となり果てたそれを手に、沼地へ降り立つ。杖によって、実体のある足場である部分であるか確かめながら。
「もしかしなくとも、そこかしら見えるのは全部、底なし沼だったりするか?」
そう、ティアランは瞼をびくつかせ目を細める。
「大丈夫よ。わたしが、沈ませないから」
「なら、自らの身に使えよ……。赤の他人より、まず自分だろう?」
そんな遣り取りで、
「ふふっ」
女は笑った。確かに笑った。微笑と言うべき、こぼれ出た僅かなそれであったが、確かに笑ったのだ。落ちる影が薄れ、そのさまはとても絵になった。
その笑いは自分に向けられたものであると分かっていながら、ティアランは、確かに安寧を感じた。笑いというのが、ティアランという男はあまり好きではなかった。
自分も。自分が率いていた騎士団も。変、であったからだ。そんな自分たちを笑うものは、嘗てはとても多かった。苦々しい過去だ。
だから。どうして自分が、微塵も不快に感じていなくて、それどころか逆に、こんな気持ちになっているのか、
「?」
素直に分からなかった。だが、分からないことが不思議と悪い気はしなかった。こんなにも穏やかに笑ってみせる女なんて、自分の知らない人種だとティアランは思った。
「まず自分と言いながら、赤の他人を気遣う。それが温かくてね」
女はそれを汲み取ってか、言語化してくれた。それはとても独特で。熱を喪った肌地のような女が、そのようなことを言うというのが、皮肉でも何でもなく、感心した。
だから、だろうか。
「椅子、あるか?」
ティアランはそう尋ねて。
「?」
今度は女が首を傾げて。
「話をしよう。本題はその後でいい」
ティアランは提案をし、話し込むための準備を執った。
ヒュゥウウウウウウウウウウウーーぴとっ。ぴとっ。
二頭の牛である。見分けのつかない、同一の二頭である。大きく黒々しい、彫刻のような牡牛たち。空から降りてきたそれらは、通常の生物ではない。
一頭はティアランの後ろへ。もう一頭は女の後ろへ。女は戸惑いつつも、その牛を見て、頭を撫でる。
ティアランは、自身の方に来た牛が足を曲げて座って、横向きに預けてきた背に、座った。
彼女の方も、足を曲げて牛が座って、牛に促されるまま、
「あら? ありがとう」
再び頭を撫で、ティアランと同じように座った。
そうして二人は向かい合って。されど、手の届かない距離で。風の音が時折邪魔ではあるが、それ以外は静寂なそこでは、互いの声はよく届くことだろう。
暫く見つめ合って。沈黙が続いて。どちらもそれに不安なんてきっと感じていなくて。
ブゥオオオゥウウウウウウウウーー
突風が吹いた。
きっと、これが止んだら、どちらかが口を開いて、話し始めることになるのだろう。あっと言う間だ。
そして、
「俺は、ティアランという。唯のティアランだ。それ以上でもそれ以下でもない」
ティアランが先に口を開いた。そうして、女からの返答は、
「わたしは、――。あぁ、駄目ね。名は封じられていて名乗れないの。唯のティアラン。わたしは、魔女。刑場の魔女。遥か昔、そうあれ、と形作られ、うたたかの昔、この役割に就いた。そういう存在」
ティアランにやらかしを自覚させる。こんなもの、避けるのは無理だ。それでも、気づけたかもしれなかった。相手は名乗りを上げなかったのだから。それを重く受け取れていたら、こんな地雷は炸裂させずに済んだのだから。




