地下洞大多環 Ⅹ
ぱちくり。
大きなたんこぶを頭に作った黒亜が目を覚ますと、件の女は置き物なままなのは変わらず、たたら、マキナートル、騎士の三人が輪になって座り込んで地面に何やら時折カキカキしながら話し合っている。
意識は割とはっきりしていた。頭もたんこぶのそれが痛いのであって、思索を鈍らせるような邪魔をする程のものではない。それでも、身体全体に掛かる倦怠感というか気持ち悪さというか。致命的なそれでないことは、自身の魔力が訴えかけてきていないことから明らかであるのもあったし、急に入っても、話に寄ることはできない。
そのため、黒亜は横になって目を瞑ったまま、聞き耳をぴくり、と立てることにした。
「――っていうところかな? ボクと黒亜は、契約の想定の外だから、バグった挙動で処されたってことだろうねぇ。でも、契約に縛られた者たちが受けるペナルティや契約に定められた負け、と同じであってはならない。それは理不尽で、契約自体の綻びに繋がるからね」
(どうやら、この場に誘われる条件を話し合ってるっぽいな。言うて、サンプル数少な過ぎて、当時契約を紡いだ者の脳内当てにしかならなくね?)
「騎士ケインだけが、唯一の契約内の想定通りの条件の元、ここに降ろされたと見るべきだろうね」
(マキナートルの奴は、未だ、言わねぇつもりか。……。言えねぇのと、どっちなんだろうな? だが、言えたとて、明らかに、特殊枠。俺らとは違って、設計された、想定された特殊枠であるけどな)
「王子……。それを言われると辛いのだ。自身の未熟さをつつかれるような気がして」
(お……? あんな雑なやり方で、こいつ納得したっていうのか? ちょ、ちょろい……。どこが難物だよ……。そんなだから、マキナートル、お前の言に信を置けねぇんだよ……。酷ぇノイズもあったもんだぁ)
「今はもうすっかりとれてるけれど、さっきまでキミの身体、鎧に残ってた魔力の残滓……。どう見繕ったって、ボクより強いんだけど……? ボク、これでも魔女なんだけど……」
(残念ながら、俺はこいつ程は鋭く無ぇ。それに、騎士のあの鎧のせいで、色々混ざって、ひどく分かりにくかった。さて。下手人は果たして、俺の知ってる奴かどうか? ……。今なら、聞けば言いそうな気もするが? んんむ、どうするか)
「おや、魔女と自ら明かされるとは。それに、禍々しさも刺々しさもまるでない。言われなかったら、多分分からなかったと思われるが」
(ま、こいつは魔女としては変わり者だものな。魔女らしくないというか)
「相手がいる魔女ってね、安定するのよ。もちろん、その相手が魔女を満足させきらないと、っていう前置きがつくけどね」
(青藍ちゃんは、言う程安定して無ぇぞ? まだ幼いからというのもあるかもしれんが。というか、俺が見てきた相手持ちの他の魔女たちも言う程……)
と、たたらは、狸寝入りの黒亜の方を見る。
「……申し訳ないことをした……。傷薬の類は、この鎧があるが故、持ち合わせてはいないのだ……」
騎士ケインは罪悪感を感じ、言い訳する。
(いやいや、そう気にしなくていいんだぜ? 味方かどうかも分からん魔法使いを警戒しねぇ騎士なんて、騎士として落第だしよ)
「大丈夫だよ。この人そんなヤワじゃあないし」
(うぅん、こいつ、気づいてね? まあいいか)
「騎士ケイン。結局、君は誰にやられたんだい? 候補は両手の指に収まる程度の人数しかいない」
「……」
「たたらさんがもう半分答えを言ったようなものだけど。相手は一人だよね。コンビ以上や、数で押されて囲んで叩かれたというのも無いってことだ。で、僕はここにいるから除外。前王も除外」
「っ!」
「知らなかったの?」
「……。ぃぃぃ……。ウィル・オ・ウィスプゥゥ……」
「彼か。まあ、妥当だね」
「奴が……王を殺したのか? なら、王宮には、一体、王子王女のうち、誰が玉座に……?」
「僕が生きてるのに、そう判断するの?」
「それが回答か? 第二王子」
そう、二対の短槍の穂先が、元・第二王子、改めマキナートルへと向けられる。
たたらは止めない。
黒亜もそれを見てか動かない。
「次王は決まった。僕はもう王族ではない。第一王女はまだ、不明瞭だね。このざまだよ」
と、指を指す。
微動だにせず、横たわったままの女。
女、としか認識できない。姿形も、目を離すどころか、瞬きを挟むと、意識から完全に消えていて。覚えられない。姿を記憶できない。確かに姿形はあるのに。
そもそも――王族の姿は認識できない。それが半ば解けている、第二王子に完全に解けていて、持たぬ筈の名を、呼ばれている。
騎士ケインは、二本の槍のうち、一本を消す。それはまるで、残る疑念を示しているかのよう。残った一本を力強く握り、震える唇で、苦悩を発する。
「……。此処は、何なのだ?」
牛歩の進みで、穂先が迫り、首筋に触…―
「敗北者たちの処分場……の筈なんだけど……彼と彼女がノイズなんだ」
「「は?」」
たたらと、そして、黒亜の声。黒亜は間抜けにも、上体を起こして声をあげていたのである。もう言い逃れはできない。
「……。黒亜……」
たたらはそう、呆れた風に。
「寝たフリしてたんだね……」
マキナートルは、何してんの……という反応。
「もう、大丈夫なのか……?」
騎士ケインはそんなことより、黒亜の体調を気遣っていた。
「いや……俺のことよりも、何よりも、コイツ、だろう……」
そう、黒亜はマキナートルを指差す。
気まずそうにするマキナートル。
黒亜は、ずかずかと近寄っていきながら、マキナートルの首筋の短槍を弾いて除けて。
「お前さぁ……。何だかんだ、言えない、で煙に巻いてきたよな。どういう心境の変化だぁ?」
ここぞ、と、言わんばかりに、自分のしていた盗み聞きを無かったことにするかの如く、攻勢に転じたのだった。




