地下洞大多環 Ⅷ
「「あ、歩いたぁぁぁ!」」
黒亜とたたらは、息ぴったりに声をあげた。
「そりゃ、歩くでしょうよ。コレはそういう役割を与えられているのだろうし」
マキナートルは呆れ顔で、また何だか訳知り風なことを言う。
その不動だった筈の女のゆっくりな歩みに三人は付いていっているのである。
「中にさ、第一王女の人格入ってるんだよな?」
「いるにはいるだろうけど、……。いやでも、もしかしたら、まだ脱落してないかもしれない」
「またそれかよ……。なぁ、一体どっちなんだ? 突っ込んでほしいのか? ほしくないのか? それとも、お前なりに、言えるだけのギリギリをなるたけ沢山教えてくれてるだけなのか?」
「黒亜。出れなくと困るのはマキナートルさんもなんだし」
「そうは言ってもなぁ、納得いかねぇんだよ。せめて、何も言えないという態度を一貫でもしてくれていれば、俺もつつきやしないさ。こいつのしてるのが必要なのだと、こいつが、あの女に対して形容したように、与えられた役割だというなら、後で全部聞かせろ、で終わりにできるさ」
「兎に角、さ。この先にいる誰かに出会ったら、何か進むんじゃない?」
「そうだよ」
呑気な調子で、何故かマキナートルがそう言う。まさに、茶々を入れられている。黒亜は思う。今の茶々は絶対に必要なんて無かっただろうと。
「そういうところだよ!」
と、黒亜はマキナートルの肩を、ぱぁぁん、と叩いた。
「意識、無さそうだね」
たたらがそう、まだ他の二人に何も見えない暗闇の先を見ながらそう言った。
女は足を止め。不動で直立している。
黒亜とマキナートルは頑張って目を凝らすが、見えないものは見えない。
「どちらが残る?」
黒亜がそう尋ねる。一人は女の見張りとして必要である。
「じゃ、僕が」
「お前には言って無ぇよ……。お前とこの女残したら意味無ぇだろうが。そういうことで、今度は俺が残る」
「マキナートルさん。黒亜は悪気なんて無いんだ。こういう奴なんだよ」
「君程とはいわないけれど、僕もそれはよく知ってるつもりさ。こうやって、茶化さないとさ、考え込んで動かなくなるだろ、石みたいに」
「ほんと、仲いいんだね」
「友人以上とは自負してるさ」
「……。やめて、くれねぇ……?」
黒亜は照れていた。
たたらとマキナートルは壁面の前に立っていた。
そこに一人。凭れかかって、滑り崩れ落ちたかのように、それは座り込んでいる。
傷だらけではあるが、五体満足である。灰泥色に濁った水色の液体で穴だらけに覆われた、角や繋ぎ目の無い、丸みを帯びた、しかし、ところどころ大きくへこんで中身を圧迫しているであろう全身鎧を纏い、水緑色の、僅かにぴくつく、弱弱しい手槍二本をそれぞれの手に持ち、意識を失っている中肉中背の騎士の姿である。
「知ってる人?」
「僕の記憶に間違いがないなら、彼は、ケインだね。この国の、この世界の騎士団長の一人。唯一、名を持たぬ特異な騎士団の長、だね。たたらさんは、あいつから、ウィル・オ・ライトについて、どれくらい聞かされている?」
「特別に何か聞かされてるとかは無いかな。けれど、ライト君とはそれなりに親交があるよ。剣、打って、あげたしね。控えとしてだけど、いたく気に入って使い込んでくれてるようだ。君の聞きたい範疇では、多分そんなところかな」
「目の前の彼は、ウィル・オ・ライトの後任だよ。後継者といってもいいかもしれない。唯一の弟子であったとも言い換えられる」
「そんな人が、どうしてここに独りで? 緊急事態なのだろう? 団を率いている団長の筈のこの人が、こんなところに独りでいる、だなんて、とっても不味いんじゃあないかな?」
「誰かにやられたということだろうからね。きっと、一対一だ。サシでやって負けたんだろう。混ざっている魔力は、一種類だけ。ウィル・オ・ライトの父親のものだよ」
「マキナートルさん。ボクらの来訪の目的の一つは、彼、ウィル・オ・ライトの父親に会うことも含まれているんだけど……」
「ご愁傷様……」
と、たたらは、マキナートルに手を合わされる。
ちょっと苛ついた。黒亜の気持ちが少しわかった気がした、たたらであった。
「取り敢えず、彼を起こして、問い質せば何か分かりそうだね」
「何か分かったからといって、直ぐ脱出できる訳じゃあないけどね……」
「マキナートルさん。もう、必要なこと以外話さなくていいよ。ボクらの邪魔をしたい訳じゃないのなら」
と、懐から取り出した、細長い掌程度の大きさの鈍色の鉱物の塊にて、騎士の鎧に触れてみる。
シュゥウウウウウーー
(溶けている。融けて、いる……?)
っ、と手を放す。
鉱物の塊はくっついたままである。落ちない。
「こりゃ参ったね。無理をしたらトドメになってしまいそうだし、生半可な方法なら、この生物染みた鎧の防御を抜けない。すんなり起きてくれたら楽だけど、中身が今無事じゃあないなら、何とかして脱がせて手を打たないといけない。気配も、多分鎧の性質か、遮断されていて分からないしね。何かお助けコメントでもしてよ、マキナートルさん」
「黒亜を呼ぶか、何とかして、黒亜のところまで、コレ、運ぶかだね」
「派手にやったとして、さ。ココ、崩れない?」
それは、尋ねたフリだ。何故フリか。答えを待つことなく、やらかし始めたからである。
「え"っ?」
地震かのように、揺れる。
ゴォン!
その音と共に、たたらは踵を翻し、背を向けた。
「――ぉぉぉおおおおおぁあああああああああああああああああああああ――!」
その声の接近に、マキナートルも振り返る。
女を咄嗟に手繰り寄せ、抱えた、飛翔させられてきた黒亜が、二人の前に着弾したのだった。たたらによって、予告も何も無しに、足元をジャンプ台のように跳ね弾き飛ばされて。




