這い寄り纏わりつく後妻 Ⅰ
「ふざけんな! 何でてめぇがここにいやがる! ルビナァァァスゥゥゥ!」
声を荒げながら駆けるウィスプ。
ダダダダトタトターー
そんあウィスプの隣を並走するのは、ドレス姿の女であった。
ウィスプと同じ高さに頭がある。白百合の花弁を倒立させたようなスカートに、貧相で薄い上半身。胸元のブローチは土台のせいでとても平面的であった。細く長い。手も足も。胴すらも。人形のように小さな、平たい顔の後ろに、一本のふっさふさのロングテールが尾のように流されて踊っている。白く、水色寄りに青く、そして、半ば透けている。そんな妙な髪の毛。睫毛。眉毛。
その肌は、病人のように青白いが、皺一つ無い。頬はこけてはいないし、目は一重で、隈も無いけれど。虚ろで、混沌と、渦を巻いたような黒い瞳が、白い眼球に浮いていて、じとっとしていて、瞬きなんて碌にしない。
そんななりのくせに、見ての通り、糞元気。
どう考えたって、大の男の走行に並走してみせるなんて、無謀に見えるだろう。だが、成立している。肩で息をしてすらいない。余裕綽々である。そう。彼女も魔法使いである。そして、混じっている。
「何をおっしゃるの。我が夫よ。わたくしは貴方様の居るところになら、何処にでも」
とろけて、絡みつくような、しっとりとした、少し低めなウィスパー掛かった声。
美しさと不気味さが同居している。見ているのはいいが、触れたくは、関わりたくはない、と思わせるような雰囲気が漂っている。
こういうのを、魔性、というのだろう。それなりの年頃の息子娘がいるようには到底見えないくらい。だというのに、会話すら交わしたくない、そう思わせてくる、強烈な加護という名の呪い。
実の息子とも娘とも、その見掛けは似ていない。
シュタタタタタタタターー
ダダダダトタトターー
そこは王都ではない。城壁の外。
城壁外を時計回りに。
何をしているのか?
追われているのだ。
むわん、きゅうう。
後ろ髪の束からあふれ出てきて、膨らんだ水玉を、握り、繋がりを握り、投げ放つ。足を止めることはない。結果を見届ける必要もない。奴らに、警戒なんて概念どころか、意識すら下手すら持ち合わせていない。
追いかけてきているのは、野生の群れ。灰でできた、既存の生物の形をした四足の群れである。胴までしかない。尾もない。四足と、胴。それだけでできている。だが、どれもこれも、獣のようである。色も灰のせいで一色だが、それらを覆うのは毛皮だ。断面もない。だから、そういう形をしただけの、擬きの群れ。
数千数万に届いていたそれの過半はもう吹っ飛んでいる。それでも、足を止めて呑まれれば、数と質量に蹂躙される。
それは大質量の砂である。大質量の灰である。高濃度の霊であり、高密度の魔力である。本来、それらは精霊と呼ばれるべきだろう。だが。精霊足らしめる要素が欠けている。致命的に。
それらには、命が無い。意思が無い。
故に。
混沌の贄に、恐怖も狂乱もせず、衰弱してゆきもしない。
だが、明らかに、誘引されるかのように、彼女を追うている。
贄。それが指すのは、そう――この後妻である。ウィル・オ・ウィスプの現在の妻。後妻。ウィル・オ・ルビナス。
ウィル・オ家に入ったことにより、ウィル・オ家の伝統に則り、旧き名はもう無くとも、そこに込められていた祝呪も力も、変わることなくその身に宿っている。
ウィスプは、隣の彼女のケツをぱぁぁん、と叩いた。合図である。貯めが終わった合図。
ウィスプ自身は足を止める。それで彼女まで足を止めれば、群れたちも止まってしまうから。こいつらは学習しない。だから、持久戦かつ、こちらのパターンは繰り返しで事足りる。
しくじらなければ、体力魔力を切らさなければ、勝ちまでの工程はもう、パターンができてしまった以上、作業である。
ものすごい早口で、噛みもせず、唱え切った。
「灰は灰に塵は塵に。葬送の火よ、亡者共をあるべき姿に還せ」
塗りつぶすかのような、蒼が空気を染め。白く広がり、蒼く燃えてゆく。四つ足は、次の一歩を踏み出せない。その四肢は今、尽きたから。音すら無く、消え、尽きる。
レンジは、ウィスプの視界に映る範囲。
それ故に。前列が消え――ウィスプは再び走り出す。今度は、全速力で。何せ。前列によって直接見えなかった後列は残る。
だがもう。次で最後。
急いで急いで、待ってくれてもいない彼女に徐々に追いつく。
四つ足たちの群れも、それらに大小、速度差があったことで、全体として乱れというか、足並み揃っているせいで、遅くもあったのだが、それが、敵が減ってゆくたびに、和らいでゆく。
要するに、速くなる。
「きちぃ……! こちとらもう若く無ぇんだよ!」
ドタタタタタタターー
シュタタタタタターー
「ほぅら。頑張れっ♡ 頑張れっ♡」
ぞくぞくぞくっ!
ウィスプの背中に寒気が走る。耳元ででないのに、耳元から吐息交じりに言われたかのように錯覚する。そして、こんなで、魔力が充填されていき、気持ちいいのが、さぶいぼが立つくらい気持ち悪かった。
慣れない。慣れれない。こんなのが幼馴染なことを嫌悪したくなるくらい。
分かるからだ。多分こいつは、こんな手段使わずとも、こちらが不快感を感じない形の、供給の方法を恐らく持っている。そしてそれを、断固として、こいつは使わない。
こいつのこういうことろが、死ぬ程嫌いだ。
青筋浮かび上がる。
もう多少無理してでも放ってしまおうと、隣へむけて、足をかける。そのまま、地面に足蹴にして。
「【尽きよ】」
蒼白い焔の無数の群狼が、残る四足共を悉く飲み込んで。空すら蒼い焔の色に、濃く、輝き、煌めき、染まった。
残骸すら、残らない。
そうして、空が元の青さに戻り。
ウィスプは、踏んづけていたそれの首を掴み、持ち上げ、握り捻るように、肩より上に片手にて持ち上げ、見上げながら、見下ろすように冷たく言う。
「ダズルは何処だ?」
それは自身の唯一の、そして、こいつとの間の娘の名である。




