最前線 ウィル・オ領 Ⅱ
「退くな! 散らせ、燃やすんじゃあない! 効かないから!」
本来の、透き通った綺麗なソプラノ声はしわがれて。
夕焼けによる赤い空。
灰の砂地から向かってくる、次々に現れる、巨人のカタチを真似たかのような。
魔法使いたちの、次の揃った一撃が一斉に飛ぶ。
かまいたちのような風の刃。丸い赤い炎の塊。土の投げ槍。水の打ち出すような前方への放射。などなど。
統一感はまるでない。発射のタイミングだけは、だいたい揃っている。
ゴーレムのようでありながら、それの持つはずの弱点を持たない、数十が横に一列に並んで、向かってきている。
その身体が、崩れる。上体ならば欠けるだけ。足などにあたっても、分断に足らなければ、構うことなく、歩みを進めてくる。
集めた魔法使い。ローブの色や意匠すらバラバラな、正しく寄せ集めである。せいせい、一つの魔法を一度に一発ずつの頻度でしか放てない雑兵である。
それでも、この世界の魔法使いとしては上澄みだ。何せ。彼らは、敵を前にして、ちゃんと、魔法を成功させているのだから。
(恨むぞ、兄上……。せめて、もう少し時間があれば、最低限の定まった一連の流れ程度の連携くらいは仕込めただろうに……)
ウィル・オ家第三子。後妻の子である三男である彼は、隊を一つ率いていた。隊とは名ばかり。人員は全て、彼の持ち出し。この事態のせいで、名の無い騎士団の一員として率い入れ加入。それ故、制約に引っ掛からず、動けている。
自身の帰参に合わせて、王都の学園から釣ってこれたのは、いっても小粒ばかり。この世界では上澄みである。世界最上位の学園の生徒たちなのだから。
単純に、この場における大粒といえるラインが高すぎる。引き連れてきた数十の中に、駒以上の役割をできる者がいないのだ。よりによって、魔法使いにそれを求めてしまっているというのが致命的。
そんなもの、外れ値以外にいやしない。
そもそも、この世界の最高学府に存在しないのだ。教師を含めてすら。そんなことができるような者は。
この場を保たせているのは、彼である。
この前線にて、唯一。自身のみがその外れ値である彼は、夕日が沈むまでの残り僅かな時間を、生成した岩の高台から見下ろし、分裂しながら離散していく、今となっては数百にも枝分かれた小竜巻を、それぞれ離れて、奴らが来た方向の果てへと、飛ばしてゆく。
声を届かせたのも、類似の仕組みである。片手の掌と指で輪をつくり、口元にあて、声を、減衰無しに飛ばしていたのだ。
(とんだ貧乏籤だ……。けれども……僕には、かの果てへ行くだけの才は無かった……。僕は半端者だ……。こうやって一応率いて、前線を保たせることくらいはできる。それでも、領主の座にはつけなかった。何にもなれない)
日が沈む――
残る向かってきていた巨人たちは跡形も無く、灰に還ってゆく。
そうして、今日もまた、凌いだ。それだけ……だ……。
(優秀なだけ、か……。確かに、そうだ……)
毎日のように思い返されるそれは、彼にとって、強烈な折り目がつけられた、過去の一幕――
『君は……、ただ優れているだけだ……』
(領地の端。わざわざ、人払い、視認を弾く結界まで、父上が施してくれての。たった一度きりの機会)
曇り空の下。真昼間の草原。
その場に立っていたのは三人。
玉虫色のローブを深く被った、腰の深く曲がった、少なく見積もって壮年、下手すれば老人であろうと声と腰の曲がり具合から察せられる存在。
(そして、僕と、父上……)
『【始まりの園】へ至る資格は、外れし者にこそ相応しい』
その試験官たる魔法使いの言葉を、苦々しく咀嚼する。
アレですら、行けたのだ。たった一度。成功させたというそれは、上級といえる魔法だ。一流の域の。けれども。こちらの学園の卒業者でも、一握りだが、それくらいなら、出来る者はいる。たった一発なら、準備をしっかりやれば、まず、間違いなく。現に、できるであろう人物の顔が複数浮かぶ。
『それは別に、魔法の才だけでは無いんだ』
異なことを言うもんだ。
かの地は、魔法が全て、だ。その際が無い者は、かの地に生まれようとも、かの学園へは通うどころか、踏み入ることすらできない。
父上の方をちらりと見た。
聞いてすらいない。見てすらいない。こちらを。
試験中だってそうだ。
己ずから変化する魔法。枝分かれし続けていく竜巻の魔法。分断にも使えるし、束ねることもできる。それ故に、発動のための魔力はけっこうデカくとも、維持は、巻き込んだ際に奪うことで下手すりゃ肥大すらする。維持し続けられる魔法。この魔法のすばらしさは、最初の詠唱と、発動時の魔力以外に消費は無く、維持はいくらでも。解除は念じるだけでこれも消費はない。逆に、残りを回収することだってできる。そんな、単独での価値は、この魔法の本質ではなくて。道具として。地形として。戦術、いや、戦略として、使える、放って、はい終わりとはならない。
こうやって、考えて、そのための機構として、こういったものをお出しできる、というのが、多分、僕だけの強みだ。
必要とならば、多分、まだまだ、用意できる。
『君は、どうして、この場を領主たる親に頼み込んで設けて貰った? 何者かになりたい、なんて、中身もなく、そんな虚構に本気になれる訳でもない』
何を言ってるのか、さっぱり分からない。言葉自体は分かっている。何故、どうして、要するに、何が言いたい?
僕は、そんなガキに見えるのか……? その辺の子供が、思いつきで、魔法使いになりたい、とか、始まりの園に行きたい、って言ってる訳じゃあないんだぞ?
まだ、王都の学園にも通っていない僕の、誰に強いられた訳でもない研鑽だ、これは。
独りよがりじゃあなくて、すごいと思う。
創り出したいくつかのうち、声を減衰させずに飛ばす魔法なんかは、領地内の魔法使いや、友人である魔法使いたちにも嬉々として教えた。代価もとっていない。
それで、こんなことを言われるのか? そんな云われが、あるのか……?
踏み躙られたような心地だ。
あの日の出来損ないの兄上が、そこから足掻いてまともになったと公からも認められるときを、自ら台無しにしたときのように。
愚かなる兄上が、【始まりの園】へ至る資格を得たと知ったときのように。
『そんな君じゃあ、折れるだけだ。言っておくけれど、そんな良いものではないよ。上は。特に、君のような、自分が真に何を求めているかすらも分からないような者には』
父上の方を見た。相変わらず、こちらを見ていない。見もしない。聞こえている筈だ。僕が資格なし、とされたことは。
それでも。御仕舞いとせず。評価と理由を聞く時間を与えてくれている。この試験官もそうだ。
……。
駄目なら、駄目で、断罪してくれよ……。
白黒、つけてくれよ……。
こんな、自ら、自身の道を絶てというような……。そんなこと……やめてくれよ……。
『毒でしかない。折れれたならまだましだ。上手く折れられたなら。それは、折り合いをつけられたということだから。それさえできなければ、破滅する。自分だけじゃあない。周りまで巻き込んで』
くそ……。
『それでも、来たいかい……? 我を通して。ひとたびそうすれば、ものにならなければ、もう、ここにすら戻れない。帰る場所すら、なくなるんだ。大人にすら、なっていなくても……。それでも、来たい、かい?』
これでも、抑えられている……。だって、ここに、後始末の話、僕が終わった後に残る迷惑の代償を払うのが、僕でない誰が払うのか。それを言葉にしないこの人は、……。
僕は、相応しくない……。
扱いがそれを、証明しているじゃあないか……。
魔法云々では、確かに、ない……。
それ以前の問題なんだと思う。
問題外なんだ、僕は……。それが何かすら、僕には分からないのに……。僕じゃあ、どうあっても、駄目なんだ……。
『……』
立って、いられなかった。
頬を、情けなさが下ってゆく。もう、意地すら晴れやしない……。
『わたしを、恨んでくれてもいいんだ。それで、君が少しでも楽になるのなら。だって、わたしは君を折ったのだから。やさしさのつもり、という、わたしのエゴで。それが、試験官としてのわたしの仕事だから』
僕に背を向けて、試験官は歩いてゆく。父のもとへと。
終わった、のだ……。




