最前線 ウィル・オ領 Ⅰ
薄暗く、カーテンの掛かった暗室。
敷き詰められた深い赤黒色の絨毯だけが、目を凝らして辛うじて視認できる程度の明るさしかない。
椅子の足が見える。誰かがいると分かる。二本の足と靴が見える。
木の扉を開け、それが部屋の角。そこから回り込むように進んで、部屋の奥に執務机と、そこに在るべき人物がいる。
がしゃんぎしんぎしん、すっ、ギィィーー
がしゃんぎしん、ギィィィ、バタン。
がしゃんがしゃん、かしっ!
「領主様! 報告であります」
若く、てんぱった声。
領内の騎士の一人である。緊急事態故、指揮下に入って貰っている。
「報告を聞こう」
重々しい声だ。しかし、平時と比べて、逆に落ち着いているように思える。騎士は鎧の下で、どのような顔をしているだろう? 音に混ざる湿り気。汗たらたらな、切迫感は少しは和らいだのだろうか?
「第三隊が全滅しました……! ですが、死んではいません」
悪報であった。
若手かつ外様をわざわざ報告に向かわせたのは、隠し立てせず、正確に伝える為、か?
「構わん。で。どうなっている? 無力化か? 負傷兵としてお荷物に加工されていまったか? 虜囚とされたという線もあるか。言え。遠慮することはない。貴様の所見で構わん」
「で、ですが……!」
「情報が無い。それが答えか」
「……ぅぅぅ……。分からない、のです……」
その様を見て、椅子に座す者は思う。
こいつ、何をしにきたのだ……? 不明なら不明と、そう言えばよい。こいつは指揮官でも何でもないのだ。責を負う立場に無い。
「それでよい。責めるつもりなどありはしない。責を負うのは、我が役目であって。貴様ではない」
駄目押しとして、わざわざ言葉にした。
「あぁ……領主様ぁぁ……」
膝をつき、項垂れる。
「仕方あるまい。我々が対峙しておるのは、【未知】であるのだから。まともな敵意を持っているかすらも分からぬ。言葉は少なくとも伝わらない。意思があるのか。目的はあるのか。何も分からぬ。ヒトの形を象った、灰の群れ。どうして、今、なのだろうな。あれらは元よりあった、果ての領域のそれそのもののように、見えてならない」
これもまた、わざと口にした。
こいつは返す。元の戦場に。だからこそ口にした。
「他領からの報告は相変わらず、無い。王都も含めてな。そもそも、我々のように、動くための手立てを備えていなかったのだとしたら納得ではあるが」
これは、嘘である。
動くための手立ての準備なんて、してはいなかった。知らされもしていない。記録に残されてもいない。ただ、偶々、傾向が見えた。それに賭けたまでに過ぎない。
それに丁度、長がいない、拠点を持たぬ騎士団の滞在というのは、嘘みたいに都合が良くて。……。父上の手筈だ。
あの人はいつもそうだ。
肝心なことどころか、必要最低限すら話そうとしない。そのせいで。何を考えているのかまるで分からない。
妾の子どころか、一夜限りの相手との間にできた子であるオレを、お相手の死と共に偶々発見し、引き取り、第一子として据えて。まだその頃は存命であったあのお方が強く望んで催促したとのことだったらしいが……。
オレもいうて幼かった。顔すら思い出せん。薄情なことではあるが。
あの人は殺してはいないだろう。そういうことができるタイプではない。領主としての才があるかも怪しい。その埒外な力を以って、その座にある存在。
第二子である弟のことを、オレは憶えていない。記録だけは残っている。オレは、アレが家を出て、騎士の修行を始める際、アレについての記憶を膠に、オレの持つ経験を分け与えたからだ。せめてもの餞別として。アレにとって意味の無いものではあった筈だったが。
そうは――ならなかった。
オレが与えたのは、魔法の使用の感覚。行使の際のイメージ。魔法が使えないアレが、そんなものを望んだ。必要以上に潤沢に与えた。暫く、魔法がまともに使えなくなったのだからな。
それが、あの日の聖騎士叙勲・騎士団受領の辞退を招いてしまったのだから、オレこそ本来、首を刎ねられているべきだった。
アレも殺されていないし、オレもこの通り生きている訳だが。
「りょ、領主様……。ど、どうしたんですか……?」
おっと。考え込み過ぎていたか。
「おっと、すまない。少し迷っていたのだ。だが、御蔭で決まった。決めることができた。お手柄だぞ? 騎士よ」
「あ、ありがとうございます!」
「では、騎士、ブリキよ。命を下すとしよう。控えている、第五隊を連れて、宝物庫から、馴染む装備を一式持ち出すことを許す。予備は無しだ。他の奴の分というのも駄目。第五隊の面々と、お前に、馴染む分だけだ」
本当である。父上が離れる際、オレが命じられたのは、この地の死守なのだから。それ故の全権代理。否、次期領主として、座に座らされたのだから。
「っ!」
「目録は自動的に記される。盗みはできぬぞ? それでも。相応しい働きができたのであれば、お前には与えてもよい、と思っている。代わりに、魔法の武具を手にして必要なくなった場合ひとりでに返却される。故に、譲渡も売却もできんがな。鋳潰そうなんてしたら、天罰が下る」
「ひぃぃ……!」
「単に仕方なく、必要であって、壊れたのなら、咎められることはない。取って食われることはないのだ。安心せよ。お前は悪人ではない。だから、こうやって一時的とはいえ取り込まれたのだ。胸を張れ。そして。大任を任されたのだ。誇れ」
そうして、騎士は、鎧のトタトタ音を鳴らしながら、退出し、新たに任された任へと邁進する気概に満ち溢れていたようであった。




