地下洞大多環 Ⅵ
「どうなんだ? おい」
「どうって言われてもね……。僕も分からないんだから……」
黒亜は、掌に風を纏い、それを、細長い渦にまとめ、それを口に近づけ、底近い横から吹き付けるように、
「分かんねぇってよぉぉ。取り敢えず、次は、身体、まさぐったりして調べてみてくれ。俺ら男じゃあやれんからな」
声を届けた。
「はいは~い」
女の調査をたたらに任せ、二人は呑気に駄弁り始めていた。
「声を風で飛ばすあれ、便利そうだね。後で教えてくれないかい?」
「別に構わねぇが。それよりお前さ。もういいのか?」
「何がだい?」
「さっきまでの慌て振りは何だったんだよ……」
黒亜の直近の疑問はそれであった。先程までの慌てよう。急ぎで伝えないといけないことがたくさんあって、どれだけ巻きで話しても時間が足りないかの様子だったというのに。
「危険を知らせる胸の虫だよ」
回答としてふざけているようでいて、まともである。そうしないと不味い気がする、という予感に背中を押された、と答えたようなものだ。
「きっと毛むくじゃらだな」
だから冗談で返してみる。
「そう言わないでおくれよ。繊細なんだよ?」
あまりつつかれたくないのでは? と思ったが、どうやら違うらしい。話を変える訳でもないし、冗談のような返しを続けているのだし。
回答自体はまあ、納得がいった。だが、
「はは。バカ言いやがる。お前は第二王子であったときから既に強心臓だったじゃあねぇか!」
それは、第二王子だったまでの期間、第二王子でなくなってからの期間、名を得てからの僅かな期間の、どこにあたる?
そんな根拠といえないものに従って動いてきたのは、どこからどこだ、と。そう遠回しに言ったのである。
「やけっぱちだっただけだよ。そうしないと、審判のときを乗り越えられなかったからね。あの女の形をした怨霊の塊がその証さ」
予想外に、元第二王子という役、現、マキナートルという名の個人として成立したこいつは、ぼかすことすらせず、まともに答えた。
こいつの自認で、そうしてきたのは、ずっと、だということだ。だから、
「じゃあ、お前は何だ? お前はお前か? 俺が知る第二王子の延長線上がお前で本当に合ってるのか?」
その自認こそを、お前は信じられるのかと、問うてみる。
「そう言われると少し困るよ。純度は高いだろう。けど、幾分かは混ざっているよ」
ずれたな。
こいつは聡い。だから、この答え方には作為がある。
第二王子でなくなってから今までの期間という前提で答えやがった。
第二王子でなくなる、というのは、無論、こいつが、ここに落とされて、名付け前の形として成立したときから、俺と遭遇して名を付けられるまでの期間だ。
俺が望んでいたのは、全期間を総括しての前提での回答だった。だが、更につついて、更に退かれては困る。
こいつの状態を評価できねば、こいつと行動しないという決定をせねばならなくなる。それは少し嫌だった。
「世に知られていない庶子な男たちか?」
だから、そのまま乗ってやる。かき乱すこともせずに。
「そんな顔をするなよ。数は分からない。たくさんかもしれない。じゃあ、何が違うか。僕とアレとで。それは多分、積み上げてきた生、だろうさ。重さに根拠のある意思、とも言いかえらるかもね」
知りたいと思っていたことの一つではある。だが、元の話の筋にはより戻りにくくなる。まだ、そう離れてはいないが、どうするか。
逸らそう。更に。こいつ個人の話から。世界の話へ。
「庶子が親に愛されて生きていけるような世界じゃあないというのか? 庶子がいくら存在しようが問題なくて、最後の処理の工程までもが契約儀式で約束されているんだったら、それってよぉ、畜産と何ら変わらねぇぜ? やってることが矛盾してる。折り重ね、織り交ぜ、混沌とするとしても、薄いもんいくら混ぜ合わせたって、何の絵にもならないぜ? 薄すぎて、統合意思というキャンパスは透明に近い灰色。無駄すぎねぇか?」
こいつのような存在をつくりだした、世界? 契約? 少なくとも、俺にはそれを知る手掛かりはこいつ以外にはない。彼女の探ってるあれは、意思があるのかすら分からない。それに。名の付く前の状態、と考えるなら、まさぐり、憶え、たとえ絵に残したとしても、その姿形はきっと、ぼやけている。
ドーム状の幕を張ってやがる。かなり際どく探ってる、まさぐってる? のか?
任せておこう。俺は多分何も得られるものはないと思ってはいるが、あいつはそうは思っていないということだろうし。
さて。俺は目の前のこいつをまさぐるなんてしていない訳だが、こいつを見る際に掛かる認識の方向性はそう、だっただろう?
「だからこその僕さ。僕のような存在が過去にいたかどうかは分からないけれど。審判のときを迎えるまでに、既に何かと混ざって統合された場合が僕だとして。他にはどんなパターンがあるか」
何かわざとらしい。
「あぁ、一度死んだという、ん? それだと、お前は、第二王子ではなく、第二王子というガワを被った何者か、というのが正しいんじゃあねぇか? 赤ん坊に意思があるか? 無ぇよな? 都合の良い魂の乗り物でしかない」
だからつついてみた。
「それに意思はあったよ。けれど、支配権はなかった。成り替わることはできない。僕に時間をかけて、経験と知識を沁み込ませてゆきながら、それは、薄れていったよ。心の中でさ。会話できてたんだ。多分、大人の男、だったんだと思う。少なくとも平民じゃあない。けれど、授けられるのは、小賢しさと立ち回り。人の扱い方や、管理の仕方といった、支配者らしい知識も経験も与えては貰えなかったから。だけど、それは必死だったんだと思う。だから、教えることを絞ったとかそういうことは無さそうだった」
懐かしんでいる? んん……、少し違う気がする……。……。あぁ……。そうか……。ちょっと、俺には分からねぇなぁ……。
「要領を得ねぇな。多分、お前がガキの時分くらいにはほぼ消え掛けか、いなくなってたか、だろう? 流石に、二重人格だと疑われたことは多分無いだろ? そうだったなら、あんなに色々任されたりはしねぇよ。判断を任せるには不安が残るしな。施政者というのはそういうもんだしな」
何せ。俺は自分の親の顔すら知らねぇし、親代わりすらいなかったからなぁ……。
「それの正体は結局分からない。手掛かりも無いしね。探せるだけ探しはしたけれど。ただ、それはよく言っていた。『意思を持つこと。それは不幸か否か』って。僕に言っていたのか。自分に言い聞かせていたのか。少なくとも僕は、それが不幸とは微塵も思えないね。それに。意思があるからこそ、先が見れる。未来が輝いて見える。その道を歩むのが快適であったり快感であったりするかは、その輝きは何の宛てにもならないけれども。僕が彼に褒美にとせがんでいたのはいつも、外の世界のことだった。いつか訪れる運命の日。そこで試される。積み上げた全てをもって、僕は賭けた」
死んでから消えないことに賭けた、ってか? 賭けるなら、せめて、死なねぇように打つ奇策、だろうが……。
だが、饒舌になっていくこいつを見て、俺は分かってしまった……。
「そいつの正体に、宛てがついてたと?」
「前回かそれ以前の。ひとつの残り火。若しくは、混ざり合った無念が人の形をしたもの」
ほら。お前は……。消えちまった、お前の中に溶けちまった、そいつと再び会えるかもしれねぇ、って、踏み出しちまったんだ……。
お前のような奴が賭けどころを間違うとはな……。
「お前……どうするんだ……? 築いた地位も信頼も、恐らくもう何も役に立たねぇ。帰る場所も無い。それでも敢えて、残るのか?」
残るというのは、この世界、つまり、この国に、だ。このような地底ではなく、地上の、どこかの領主の街や、端っこの村、王都。
だが。こいつは恐らく、失っている。
「いいや。君らについてゆく。第三王子に君らを呼び寄せさせたのはその為だったのさ。……。君たちがこんな洞に落ちてきたのは偶然に過ぎないけれど」
「お願いじゃあなくて、意思表示、か。ま、それなら試験してからだな。かの名高き【始まりの園】だぞ? 才能を示せなければ連れてはいけねぇな」
だが、情けはかけられねぇ……。それは、同情や贔屓で連れていってやれる場所じゃあ無ぇんだ……。
それでも俺は、いつもの如く笑った。




