地下洞大多環 Ⅲ
「僕は第二王子であって、そうでない者だ。これまでは嘘ついてたんだ。ごめんね」
第二王子によって、いきなり仕掛けられる謎々。
当然、黒亜はまともに答えてやるつもりなんてなかった。
「説明」
そう冷たく言い放ち、催促する。
「つれないねえ。んんとね。この世界というかこの国ってさ、王族は名を持たない。それは君も知ってる通りだ。他の国なら、王族には多くの使い道があるよね。侯爵として家を興させたり。有力貴族への婚姻の玉として出荷したり。合ってる?」
第二王子の言葉選びと、これまでよりも更に軽くなった雰囲気に若干の困惑を憶えつつ、変につついたら、そこからまた勢いよく脇道へ逸れていく気がしたのか、触れないようにした。
そして、今度の質問には、一応答えた。
「んなもん確認することか?」
素直な疑問である。
「前置きされてるよ? 『この世界というかこの国』、って。ええと、第二王子さん。貴方、この世界を出たことはおありで?」
隣のたたらが、黒亜にフォローし、黒亜に代わり話し始める。正直、たたらの言う前置きというのがまるで分からなかったが、突っ込むとまた話が停滞しそうだから黒亜は突っ込むことをやめた。
「無いよ」
第二王子はそっけなく答えた。
「本や書類からそれらを知る機会はあったかい? 外から来た人たちに教えて貰う機会はあったのかい?」
たたらも。第二王子と同じように、いくつか段階を飛び越して、まるで決め打ちのように話を進める。黒亜にはさっぱりだった。もう、結論がお出しされるのを待って、そこから考える、でいいだろうと思ってしまうくらい。
椅子に座した女は相変わらず変化がない。
そうやって、周囲を観察し始める。
「いいや?」
彼から聞いてないの? と言わんばかりの第二王子の返事。だから当然の如く、たたらは、黒亜に尋ねる。
「黒亜も教えてないんだよね?」
そうして、よそ見から帰ってきた黒亜は、
「あぁ。聞かれてもないし、話題にしようと思って出るような話かこれ?」
催促した。遠回しに。何せ。第二王子側が最初から唐突かつ、迂遠な順序で話し始めたからこうなっているのだ。最初の話題から次の話題への跳躍が最も不自然。最初は次点。
そう、第二王子に催促したつもりなのに、答えは隣からかえってくる。そして、
「それもそうだね。でも。だからだよ。多分だけど、この人は、ボクらが巻き込まれたこの騒動の、見えない部分について、よく知っているんだと思う。利用までしてきている。とりあえず、お名前、決めて貰っていいかい? もう、王子ではないのだろうし」
第二王子へのキラーパスが飛んだ。
確かに、こいつをいつまでも第二王子とだけ呼び続けるのも、本人の開示からして、辞めた方がいいのだろう。
第二王子でない。なら、どう呼べばいい? それは、黒亜自身が、面倒くさくなりそうだからと、口に出すのをやめていた話題である。
「何を言うんだい? それじゃあただの自称だろう。名というのは、授かるものだ」
第二王子はそう、にやりと意味深に言う。
その顔は、声は、自身に向いているということを、黒亜は認めるしかなかった。
第二王子も。たたらも。自分をじぃぃ、と見てきているから。
黒亜は、かくん、と観念した。
「……。ま、俺が付ける流れだわな……。……。今からお前の名は、マキナートル、とする。面倒なんで返品は無しだ」
考え込むこともなく、すらりと。名付けてみさた。
最初から考えていたのか。てきとーにか。それか、ぱっと見で思いついた現状を汲み取ったものか。
あまりに早かったからか、第二王子ではなく、たたらが、ぽかん、としていた。
第二王子はご機嫌そうに、しかし、咀嚼している。名前を。そして多分、意味を。
「ちょっと捻ってあるね? マキナじゃあなくて、マキナートル。女性っぽくなってしまうから、マキナじゃあないのは分かるんだけど、だからといって、マキナートル? うぅん……、これ、どういう意味だい?」
こんなことを言うのだから。
「旧い言葉で、『目論む者』、だ」
そう、先程の意趣返しでもするかのように、黒亜は何だか意味深な雰囲気を醸し出していた。
「ん、んん?」
第二王子は素直に戸惑っている。それなりに付き合いはあるが知らなかった。どうやらこいつ、謎掛け投げつけるのは得意だが、投げかけられるのは苦手なのだと。
「策謀家、ともいう。長年かけた計画を成し遂げたも同然な、最高な今を迎えたお前に相応しいだろう?」
ふふん、と、鼻高らかに黒亜は、どうだぁ、と第二王子に要求した。与えた名の採点を。高得点を確信しながら。
(だってこいつ、こういうの好きだろうしなぁ?)
第二王子の口ではなく、身体が動いた。第二王子は手先に器用に、風の刃を生成し、シャリリリリーー髭はきれいさっぱり剃り落された。
「そんなもん、人前でやるなよ……。散らばるだろ、それ」
黒亜は顔をしかめた。横目で、隣のたたらを見るが、別に何とも思って無さそうである。嫌がるのが自分一人だけかよ、と、ちょっと変な気分になった。
「君が授けてくれたこの名前。心から受け入れたらさ。見えたんだよね。今の自分の全身が」
第二王子のその言葉に、黒亜は首を傾げた。
「鏡も無いし、その手の生成魔法は使えないし、水の魔法も苦手な僕に、自身の姿形を確認する術は無かったからね」
すぐさま入った補足に、黒亜は一応納得した。一応。結構無理やり。
流石にその説明は無理がないか、と。
「というか。君たちもはっきりと見えていなかったんじゃあないかな? 多分だけど。決まることで、定まるところもあると思うから。それと、髭剃ったのは、見かけ。舐められた方が、僕の質からして、やりやすい。僕が策士だというのなら、取るに足らない若造にしか見えないくらいがちょうどいい。さぁて。君らに僕は、どう見えてきたかな? 靄が晴れるみたいに、何か違って見える筈だよ――」




