新王の誤算 Ⅲ
「おぉ、遅かったな。クソの方だったか?」
王の間。
王座でふんぞり返っているウィル・オ・ウィスプ。その身なりは少しばかり汚れているように見える。
死体や血は掃除してくれたらしい。その証拠に、王の間に死体や汚れは残っていない。
「代わってくれるんですか?」
王座に座るウィスプへ、皮肉で返す新王。クソみたいな会話にはクソみたいな問答で充分だから。
「何莫迦言ってやがる。席、温めておいてやっただけだよ。雨は止んだが、未だ、曇っているしな」
ウィスプの衣類の汚れには、雨に打たれたことによるシミも含まれているということらしい。こちらの疑問を言われずとも潰すかのように、この男は立ち回る。
だからこそ。私はこの男を獲りに行ったのだ。
「で、どうする?」
「……」
「おーい。王様。新王様~」
「……。待機だ。何の動きも無いのだから」
「騎士ケインが来たぞ?」
「かの、【騎士団】の、か。どうして、今はいない?」
「何故か襲い掛かってきたから追い払った。派手にぶっ飛ばしたから、数日間は戻って来れない筈だ」
「何をやっている……」
「お前さぁ。あの惨状見られるとこだったんだぞ? というか。何か、察知してやって来てたようにも見えた。ま、大したことないだろう。ピンと来なかったからな」
「契約相手を見誤ったか……」
「手綱すら握れん上に、俺より弱いお前が悪い」
「貴方より強かったら、単騎でこの国滅ぼせるでしょうが……」
「はぁん? くくく。どうやらクソしてただけじゃあないようだな?」
(気づいていねぇな、こいつ。自身が変容を始めていることを。面白くなりそうだ。さて。あいつの仕込みにこいつが呑まれるのか。それとも――。くくく。試練はお前が思っている通りではなく、多重に押し寄せてきているのだぞ)
「ふざけて居る程は、余裕は無…―」
深い。
これまでの比ではない。
疼く。鈍く。深く。
【外より来たるは残骸か、はたまた、此処と同じく生き残りか。】
【互いに、正体は分かるまい。】
【対話するにも、言葉が合わぬ。】
【故に。衝突は避けられぬ。】
【互いにとっての未知との遭遇。】
【それらは悉く、先延ばしの代償。子々孫々に受け継いで、我らは再び試される。】
【此処。其処。彼方。数多。】
視界は横たわっていた。視界は、歪んでいた。それが収まってゆくのと共に、こみ上げる嗚咽。何なのだこれは。まるで、言葉だけでなく、遺した者の心の声でなく、負荷だけが、覆いかぶさってきたかのような。
これは、水際の光景……。
典型的な儀式だ。
自ら抉り取り、高らかに――心臓を――捧ぐ。
地平線から、迫る、灰色の、山の如く――
そんな最後の光景が。
「要るか? ポーション。かえって悪化するかもしれんが」
「いや……いい……。それよりも、外を……」
何とか自力で起き上がり、椅子へと身体を戻した。
空は曇り、見渡す果ては――遠くなっている。
「【機は、古き契約の履行によって。進行は、各々の国の存在にて。主導権は、各々の王の存在にて。】だったか。気概だけでやりきれる甘いもんじゃあ無ぇぞ? 一皮は剥けて貰わんと、こりゃ厳しいだろうな。問題となるのは、位置だろうな」
ウィスプは感じていた。嵐の前の静けさを。
幸いにも、内ゲバは起こっておらず、新王の決定も滞りなく行われた。だから、これからなのだ。ここから先は、未知。
(あいつら一体どこへいるのやら。ま、上手くやったのは間違いないだろうが。確かに、あいつの言った通り。前王以外、消えやがった。確かに全員死んだ筈だ。気配の途切れ。魔力の途切れ。命の、途切れ。この力を司る俺が見紛う筈も無い。あいつらは確かに死んだ。前王。から、王子王女。残ったのは確かに、手を下した第三王子のみ。……。まあいい。あれとの契約は履行完了された。前王との契約も。これでやっと、調べられる。俺自身が動いて。やっと……。やっとだ……)
身を震わせる。
ウィスプが見ていたのは直近ではない、更なる未来であった。
王座にて、ぐったりしていた新王は、地面に映し出している地図を眺めていた。
知識によって授けられた力。
この世界の地図。
正確には――もはや、旧世界の地図。
スサァァァーー
朽ちてゆく。
姿を隠す、そのローブが。役目を終えた、そのローブが。
痩肉中背の、日焼けしていない、青み掛かった白い肌。関節部外側や指先、鼻先、耳、頬などが、色ずいた林檎のように赤く。
瞳は紫。白灰色の睫毛。二重。それよりも目立つ、隈。痩せこけても膨れてもいない頬。高くも小さい鼻、青褪めた唇。少女の如く小さな顔。肩に掛かる、波打った、密度の低く、細い髪は、全て後ろへと下ろされていて、肩に掛かっている。
美しい男だ。絵画のような色合いでもある。特に、その色むらは、絵の具のようだとも錯覚しそうになる。
露わになる。
黄色がかった長い白布を一枚。肩から膝下まで届く長さのそれを肩から掛けるように纏っている。左右に深くスリットが入っているかの如く見える。腰回りに黄土色の一枚。腰帯のようなそれを、腰を一周させ、右に括り下ろす。一番上に、純白の白布を一枚。膝上辺りまで届くそれを、左肩から引っ掛けて、下ろすように。
文様や意匠や文字の羅列も無い。
それら布の単純な質だけで、何だか高貴に見えてしまうくらい。
後光、ではない。舞台に立ち、照明があてられているかのような。そんな風に、浮いて見える。目立って。際立って。
足首上まで、編まれるように覆われているサンダルのようであるような靴。それは、白い羽根で覆われている。その編みの、帯の上を、幾重にも覆うように。
舞うように浮上できてしまいそうなくらい。その足元には、常に、浮力を帯びているようで。周囲の塵を巻き上げて、浮かべている。そして、それらは羽根から離れて外側に。地帯を作るかのように浮かべられている。それでいて、布は浮かび上がらない。
背に――羽根は無い。当然腰にも、ありはしない。王座にもたれかかり、ただの天井でしかない虚空を眺める。
訪れるであろう、次なる授けを待つ。




