新王の誤算 Ⅱ
「は……」
薄赤い絨毯床にへたり込み、新王は見上げていた。
心が沈む。絶望がこみ上げてくる。
顔色が一段と悪くなったのは、浅い眠りのせいだけでは決してない。
「『殺シタ筈』ダナンテ、当タリ前ノ事ヲ云ウツモリカ?」
少し高く響きつつも、ねっとりとしてる。それでいながら、何故かはっきり聞こえる。変わり果てている。それでも、その声には、どこか穏やかがあった。よく知る穏やかさが。
私は、いつも以上に見上げる。立っていたとて見上げることになる相手だ。自分より背丈が高く、それでいて、自分に対して腰を低くする必要に迫られない存在。しかし、こちらがへりくだる必要は一切無い存在。
そう。対等。唯一の。
「はは、生きていましたか、第一王子」
自分は今、どんな顔をしているんだろう。作り笑いすらできているか分からない。繕ったつもりではあるけれど。
「死ンデオルヨ。死人ニ、位モ名モ必要ナイ。ソモソモ、オ前ハ、王トナッタノダ。ダカラコウ云ウベキダロウ。名ヲ頂ケナイダロウカ。我ガ王ヨ。此ノ身尽キル迄ノ仮初デハアルガ」
「……」
言葉が尽きる。
聞きたいことも山程ある。私は、これがいたからこそ足掻いてきたのだ。積み上げてきたのだ。これが、正しい択を採っていれば、この座に座らずとも済んだのだ……。
王には、確かになりたかった。
相応しいと思っていた。だが。これもそうだ。これもまた相応しかった。
だから。多分。択を致命的にこれが誤ったその時までは私にも気概はあった。負けたと認めたならば、道を譲る、と。託す、と。
あんな手紙を下準備として外へ送っておいて? だから、そんな最後の試しの時を迎えてすら、私は半ば迷っていたのだろう。
で、これだ。このざまだ。
これが、屍でありながら立ち、あり得ない位流暢に言葉を口にする。
まるで、訓練でも事前にしていたかのように。
私の知る限り、第一王子の魔法に、このような手札は無かった筈だ。だが、引っ掛かる。どうしても、それだけに思えない……。
ウィル・オ・ウィスプのある種の裏切りか? まさか。あれはそういう在り方を死ぬ程嫌う。
「父上ノ手ニヨルモノダ」
「真っ先に確実に始末した筈だ!」
「魔法。遅延。契約。発火ハ条件ガ満チ、独リデニ行ワレタ。父上ト俺トノ契約ヨ。賭ケトイウベキカ。オ前ハ、其ノ方ガ伝ワルシ、納得デキヨウ」
「……」
「出来ヌワナ」
ドクン!
【『第一王子よ。賭けをしようではないか』】
【『父上……。貴方は、今、本当に正気であられるか?』】
【『正気も正気よ。』】
【『で、あれば。賭けの内容は?』】
【『アレが痺れを切らし、事に及び、成し遂げた時。世界が乱れているか否か。我は、乱世であることに賭ける。』】
【『では俺は、平穏な世であることに駆ける、となりますか。さて。一体どういう意味で?』】
【『何れ分かる。』】
【『そう仰られても……。』】
【『では、掛け金は如何様に?』】
【『アレはしくじっても負け。貴様は勝てば施されるは単なる蘇生よ。何れにせよ。貴様は確実に始末される。最低一度は。確実になぁ!』】
【『仔細をお聞かせ願いたいのですが……』】
【『分かるであろう。確実になアレが不利である。故に、第一王子よ。貴様が賭けに負けた場合、無理を強いることとなる。どれ。今のうちに、訓練しておくとするか。】
【『一体、な…―ぐぐが、あぁあ"あ"あ"あ"――』】
「……」
「父上ハ気ヅイテアラレタノダロウ。オ前ノ企ミヲ」
「耄碌は演技だったと……?」
「素デ耄碌シテイタ。」
「……」
「待テ。立チ入ルナヨ。オ前ハ、王トナッタガ、承認ヲ得テイナイ。ダカラ、出ラレナカッタノダ。入リは許シ、帰リハ資格アラネバ許サズ。此レハソウイウ宝デアル」
「どう……すればいい……。どうしろと……いうんだ……! 兄上。何、譲ってやがる! 何故、抵抗すらしなかった……? 具体的にいつかは分からずとも、前もって知らされていたのならば、反応できぬ愚鈍ではないだろう、貴方は!」
「フフ……。許セ。ソシテ、ソロソロ、……」
がちがちがち、ガタガタガタガターー
痙攣するかのように、全身が躍動する、ゾンビと化した第一王子は、
「オ前ノ最初ノ仕事。ソシテ、俺ノ、最後ノ仕……事……」
感じた。
消えた。
気配が。
心が。
そして。鋭く尖った魔力が、こちらに切っ先を向けているような気がして、即、壁を蹴り、天井を蹴り、立体駆動しながら、後退する。
怒りより何より、やるせなさに包まれる……。
ぶつけるは唯の、未加工で、色の無い魔力。放つのには何の準備も要らない、欠点は面攻撃でありながら範囲の狭さ、自身のそんな、最速最強の一撃。
あの扉を除けば、左端と右端以外、真っ直ぐな、この廊下という場まで選んで、お誂えの。
外しようがない。
それに。傷をつけられて、自身までゾンビになってしまったら、もう、何もかも台無しだと分からない程、それらを投げ捨てて身を投げ出してしまえる程馬鹿にもなれないし、発狂もできない。
姿勢も顔も原型はない。面影すらない。気配が消えたら、もうただのゾンビに見分けなんてつく筈もない。元より相当傷んでいたのだから。
音もなく、消し飛ぶ。肉片どころか、骨の一つすら、灰の一欠けらすら残らず、掻き消えた。
幻影か。悪夢か。そんな……訳が……あるか……。
こんな決着、あんまり……だ……。
何より。
「唯一兄と認めていた貴方を、どうして私に二度も……。二度も……」
涙すら、出ないのに……、暫く……立つことすら……できなかった……。
「あ……。名前……。……。…………。………………」




