懐古と哀愁
「あぁ、怠ぃ……」
張ったテントの中、ティアランは半ば微睡みながら横になっている。
虚無領域を背にしたのは、魔法使いもそういった道具も無しだからこそ発生する魔物の襲撃を少しでもマシにし、最悪、逃げることができるように。
相手が人間であれば使えない手だ。虚無領域は何もない。不毛なのだ。食料や水は決して得られない。虚無領域に逃げて、境界を封鎖されれば、もう、きつい。詰みが見える。
目が、きぃん、と醒める。
テントを気怠げに出て、曇天の下、襲い掛かってきた、狼に似た魔物を他愛なく始末した。息の揃った、数方向からの同時の牙や爪を、緩慢な足捌きで避けながら、袈裟斬りにしていく。未だ残る微睡みの中、穏やかな心地を感じながら。それはある種の懐かしさであった。
限りなく狼に近い、されど魔物なそれらは、白っぽい灰色の毛皮、爪と牙の紫毒の瘴気が特徴であるのがだが。こうやって、始末してしまえば、狼の死骸と区別がつかない。生命力を魔力に都度変換し、その分だけを爪と牙に纏う類だからだ。死して、生命力が尽きれば、魔力も尽きる。痕跡すら碌に残らずに。
その瘴気は魔力によるものであるから。それをもって、この狼は魔物とされていた。【猟魔】と呼ばれる魔物である。ただの狼以上に、群れを組んで、連携して狩りをする。単体では弱い。だからこそ、そのような名が付いた。魔物という存在は、意思を持つ場合、大概が、単体での強さを極める方向に進化することが普通だ。だからこそ、こいつらにはこのような名がついた。元となる生き物の原型を留めていない、有りようを名とされたこいつらは、この世界において、騎士の訓練のために好まれて狩られる。
血を抜き、皮を剥ぐのすら手癖であった。ふと気づけば、切り分けられた肉と残骸に分け終わっている。
火を、つける。
ぼうっ。
テントを畳み、肉を荷物に加えにかかる。
だが、その荷物は背負うことはない。鎧を喚ぶ。蛮族の姿そのもののような鎧を。その中に荷物はぶちこまれている。大きな大きなズタ袋だ。鎧の中からそれが取り出された。
ぶち込んで、また、戻す。鎧を消す。ずた袋ごと消える。
トレードオフである。こうしてあると、着た状態では喚べない。だが。問題はなかった。それを着て、相手しなければ無理な相手なんて、もう、この世界には存在しない。
座り込んで、火を眺める。またぼんやりと、微睡みが這いよってきていた。
「……、先生っ!」
懐かしい声だった。だが、求めている懐かしさとは違っていた。
「んん……。お前たち二人だけ、か」
「はいっ!」
「ご無沙汰しております」
快活でちんまりとした茶色い短髪の少女と、真面目そうなずんぐりむっくりしたハゲの少年である。どちらとも小麦色の肌色をしていた。
どちらも、頭以外、銀色の全身鎧に覆われている。鎧の胸元にあるべきはずのものが無い。少女は片手銛を、少年は両手槌を手にしている。
「端麗騎士団は団として領地持ちであった筈。どうして、お前たちは出てこれた? 知らん訳じゃあないだろう? あの勅命。破ったと世界に見做されたなら、存在そのものが消されると」
「聞いてくださいよ先生ぃっ! あたしらが説得したのに、誰も乗ってこなかったんですよ? あのまま飢え死ぬつもりですよ、あいつら」
「そういうことです。先生のことだ。肉、たっぷり持ってるでしょう? 腕は鈍ってないようで。これ、軽く数十体分はありますよね? 御一人で、傷すら負わず……。相変わらずですね」
「しゃあねぇな。お前らの本拠地に向かうとしようか。一応聞いておくが、団から外されているお前らは、戻れるんだよな? 一時的、だよな? こんな一時的な事態の為に身分と立場、投げ捨てては無ぇよなぁ?」
ティアランは彼らの取った手段のリスクを鑑みて、今更ながらであるがそう尋ねた。
「食料持って帰れなければ、そのまま首ですよ。戻るところが消える訳ですから」
返ってきた答えを聞いて、安堵する。恐らく大丈夫だ。こいつら自体が嫌われていないのであれば、離れた後に手を打たれているという可能性は恐らく低い。
「……。一応聞くが、肉だけで大丈夫か? 水も要るよな?」
「あっ……!」
「血抜きせず肉を運べば最低限は何とかなると……」
この辺りがこいつらのかわいらしいところだ。ライトの奴はこういう点では全くわかいげが無かったからな……。
そう、嘗ての弟子を思い返す。
あいつがいてくれたら、この騒動はきっと、恐ろしい位はやく、決着がついていただろうなと。その場合はその場合で、あの領主からあいつを必死こいて守り通さないといけなかっただろうが。
もしもあいつが、あの日選択していなかったならば……。そんな未練、眺めるべきじゃあない。俺の心が、ガキでしかなかったあいつにあんなことをさせてしまったのだろうが。
「お前らなぁ……。詰所やただの拠点じゃあなくて、領土なんだぞ? お前らのとこは。民がそれを許すまいよ。配給量に、領地ごとに差があるのか? 騎士以上の層だけは自力で賄うことを求められているのか?」
「その辺りについても、ご助力願いたい。我々の足では他領を周遊するには遅すぎる」
「やってやるよ。どうせ暇だしな。ついでに、俺からも一つお願いしていいか?」
「えっ? 先生が?」
キラキラと目を輝かせる少女。誇らしく無い胸を張る。
「黒亜という魔法使いと、たたらという魔法使いのペアが、この世界を訪れている。外から来た者だ。もし、お前たちの騎士団の領地にそいつらが訪れたなら、俺の所在と、今なにやってるか教えてやってくれ。あと、こいつらお人よしだから、犠牲や贄にする以外なら、こき使ってやれ。俺以上に自由に動ける筈だ」




