騎士団長ケイン VS 領主ウィル・オ・ウィスプ Ⅳ
草原の上空。見渡す範囲に、街も村もありはせず。
だからこそ――
「新王は、何処だぁああああああああ――! ウィル・オ・ウィスプぅうううううううう!」
騎士にあった僅かながらの加減が消えたのを、ウィスプは感じ取った。
降り注ぐ雨の傘の下は、この者の支配領域。
手数も体力も無限大。幾らだって、継ぎ足され続けるのだから。
手のような、線。柱。流水の礫。生じ続けるそれらは、騎士の鎧から次々に射出される。
その一撃一撃は、届くことなく、揮発する。蒸発ではなく、揮発。蒼い焔は全く減衰する素振りを見せない。
それらはさながら、押し寄せる洪水の如く水量であるというのに。
この、周囲に影響を及ばしても問題ない領域に着いてから、避けようとすらしていない。
「知らん。探せ。勝手にな」
怒りも呆れも乗っていない、ウィル・オ・ウィスプの返答。未だこいつは建前を口にするのかと思いながら。騎士とはそういうものであるとはいえ。既に、職務から自身の行動が逸れていることに気づいていないのかと、呆れすらあった。
「未だ、しらを切るかぁあぁあああああ! 貴様が、アレの守護者であろうがぁぁ!」
完全に頭に血ののぼった、騎士の言葉。
「答えてやったではないか? それに。守護者とは、何だ?」
それは、知らない。だからウィスプは尋ねたが、
「そちらこそ、新王は、何処だぁああああああああ――!」
受け答えにはなっているが、答えらしい答えではない。要するに、会話に付き合うつもりが無いということ。
「会話にならんか。なら、もういい」
貰えるなら貰おう情報を、という気分に一瞬なったのはもう消え失せて。当初の予定通り。自身の備えを試験する。今ここで。
翼も無く揺れもしない滞空から、瞬く間に。騎士の視界から、ウィスプは消えていた。
力の差は、隔絶している――
蒼い焔がたちのぼる、縦断線。飛び散る血飛沫の流線。鎧は耐えきれず、具足部分以外消え、それでも、真っ二つにはなっておらず、生き絶え絶えに、口から血を吐きながら、後ろを見て、霞む視界でありながら、睨んだ。
強い風が吹き抜ける。睨んだ先の対象の纏う毛皮が風に逆立つ。
「ほぅ、半ば透かしてみせたか。冷静であれれば、完全に透かせたかもしれんな」
つまらなさそうに。人差し指を翳して、向ける。
「武器を捨てんということは、未だ戦意は残っていると見ていいか? ほぅ?」
今にも縦に真っ二つになりそうな体でありながら、騎士はその身体をウィスプへと向けた。二本の短槍を交差させる。
それは赤く煌めいて、真の姿を現した。
それは、炉心の煌めく赤のような刀身をした、茶色の柄の、ロングソード。
「見るからに奥の手だな。しかし、運が無い。よりにもよって、その属性で万に一つの勝ち目があるとでも? 聞くまでも無かったか。この段階になってお出しするのだから」
消える。正確には、消えるような速度で、再びウィスプは駆動したのだ。
その爪が、腕を――キィシャァアアアアアアアーー
添えられていた剣の刃に、右手の全ての爪はもってゆかれた。
断裂ではない。溶断であった。
右手、爪断面から指先に伝わってくる熱が、それを証明していた。筋ごと、爛れた。回復手段を講じなければ、手首から先は行使できまい。魔力すら通せない。纏わせられない。手首から先はもう、生身のままに剥き出しだ。もう、維持できない獣の爪も消えたというのに、まだ、溶け、爛れ続けているかのように感じられる。
「ごぶふぅぅ……」
騎士は何か言おうとしたのだが、声なんて出せる状況でなかったから、代わりに血反吐が溢れただけに終わった。
「嘗め過ぎたか。絡め手や魔法染みた特殊な手口なんてものが不向きなだけで、騎士らしい戦い方に移っただけでこれとは。あれの陶酔を受けたというのは形だけでなかったのだな。だが、弱い。嘗てのあれにすら届いていない」
「ぶ、がぁあああああ――」
血反吐と共に、騎士による斬撃が、飛ぶ。
たなびかせた、蒼い焔の毛皮のマントに、弾かれるように、明後日の方向に逸れていった。ウィスプの左手、中指、薬指、人差し指の先へと、小さな柱のように伸びて聳えた、蒼白い焔の塊が、指の屈曲に合わせ、降り切った後の剣へと、襲いかかる。
今度は――切れない。甲高い音と、煌めく白光を発しながら、拮抗する。
騎士は、剣を落とさぬように、剣を握ったまま落下されられないように。
ウィスプは、再び断たれないように、剣をはたき落とすかのように――
「出力、落ちてるぞ? 血を流し過ぎたのと、配分を間違ったのが、大きく響いたな。決着だ。褒美に、助言をやろう」
「ごぶぶぅ……?」
「最初からそれできていたら、幾分かマシであったろうに。判断を誤ったな。手札のどれもこれもが中途半端。試す相手もいなかったのだろう。先々代相手だと、それはそれで隔絶していている上、相性の関係上、受けに回ってもらって全部試すということもできなかった。先々代未満だと、壁打ち相手にすらならない。そんなところか? 遠征でもするのだな。外世界への。お前の望む種類の強者がきっと見つかることだろう。それか、後進をきちんと育てることだ。何れにせよ、身体が成長しきってからだろうがな」
紅き、爆・発。
騎士の身体の中から。
吹き飛んだり、裂けたりはしなかったが、煙を穴という穴から噴き出しながら、白目をむいて、具足部分も、剣も、消える。そして、落ちて、ゆく――
「じっくり頭を冷やすといい。身も心も雨に打たれて、な」




