騎士団長ケイン VS 領主ウィル・オ・ウィスプ Ⅲ
雨粒を線で繋ぎ、その身と繋ぎ、空から手繰るように。
打ち上がるように一瞬で。魔力を持たぬ、特別ではないが、最上の一角ではある騎士が、都市の上空へ浮かび上がる。
二本の槍先が、雨を吸う。
そう。チャージである。狙うは明らかに、大技。
交差させた槍の交差点を、蒼い炎を纏った蒼白い炎でできた毛に塗れた手の白き獣爪五本が一点に集まって、突く。
仮に第三者的な中立の観測者がその場にいたのならば、そういう風に見えたことだろう。
現実は逆だ。騎士のチャージが終わるより前に、一瞬で形を整えて放たれたウィスプの五指の爪先を一点に束ねた突きを、構えを崩してまでも、受けたのだ。そうせねば防げない、凌げない、と騎士は判断して。避けを選ばず。受けて、止めることを選んだのである。
あり得ない筈だった。この高度に一瞬で、加えて、攻撃まで。
騎士団長ケインにとって、浮上というのは、魔法使いにすら勝る、自身の騎士としての武具による力の一端である。
飛行の類は、魔法使いであろうとも、難しい。優れていようが、出来ない場合も多い。だが、行うこと自体は簡単だ。矛盾はしていない。何故ならば、制御こそが極めて難しいからである。
魔力を噴出して無理やり理に逆らい、空へ浮かび上がる。そんな人体の駆動に想定されていない動きを、体勢制御、出力制御と維持、空気の濃度の変化と、温度低下、等々。
極めて集中すれば、成功はできるかもしれない。だが。落ちれば死ぬのだ。失敗するということは、魔力が途切れるか集中が途切れるということ。落下に逆らう、浮上に至らぬ低減ですら難しい。落下速度加速による難易度上昇が発生し始める前に、低減を実現し、速度を殺していけなければならない。
飛行魔法とは無謀そのものである。
浮上よりも、落下制御の難易度の方が高い上、浮上ですら5割に届かせることすら、それだけに集中したとて極めて困難。この世界の一流ではそうだ。そして。このウィスプが、始まりの園という、外にて牙を磨いた者であることは、この世界の上層にも、殆ど知られていない。
「見掛けに違わぬ化け物振り」
これでも折れない辺り、騎士は強かった。心が。間違いなく、自身の知るこの世界の一流の魔法使いの範疇を、目の前の相手は明らかに逸脱していて、それがどれほど離れているかすらも分からないくらい、隔絶していることを理解したというのに。
しかし。知ってはいた。屈してはならない、と。
頂を仰ぎ見て、その背に迫ろうとした嘗てを、今も続いているそれを。太陽に、手をのばす。未だ未だ道半ば。至らない。あの彼のようには、まだ、至れてはいない。もう行ってしまった彼は、新天地にて、もっと強大になっているに違いない。
目の前の存在は、下手すれば彼より強いのかもしれない。それでも。また、彼に会って、あの頃にできなかった話をするのだ。だから。まだ、この程度で心に折り目をつける訳にはいかない。
「お前のそれとて、他から見れば同じよ。それどころか。我がこの姿何ぞとは比較にならん位に、今のお前は化け物だぞ? 空と水を差配し、雨を手繰るが如く。毒蛇の形を雨雫を降らす、そんな罪悪を振りかざす化生に見えるぞ?」
「それがどうした? それ位せねば、食らいつくことすらできないことは理解している。承知の上だ。覚悟の上だ。こんなところで、屈してなるものか。継承したこの座に相応しくあり続けねば、いつかの再会の時を、迎えられないのだ」
「? 会話にならなくなってきたな。感情を抑え込むことも限界に近いのか?」
「……。こちらの話だ。貴君には関係無い」
妙にその一言は棘々しかった。
(元よりこれは、会話の巧い類ではない。分かりやすく伝わるように言えと言おうが、恐らく無理だろう。だが、それでいい。目が坐った。ある意味、ほぼ準備は整ったということだ。あと、一歩。背を押してやれば、条件は揃う。こいつの全力には、都市の上空というのはあまりに都合が悪い)
手も動かさず。魔力の起こりも悟らせず。ウィスプはまた仕掛けた。
炎の塊、質量を持った、赤熱色の、巨人の拳の顕現が、蠅をその拳で殴り潰すかのように。
ビチャコォォンンン!
飛沫撒き散らし、僅かに潰れひしゃげた音と共に――騎士は、飛ばされてゆく。都市の上空といえる空域から追い出されるかのように。ウィスプの狙い通りに。
ウィスプは、にぃぃ、と口元を歪ませたかと思うと、蒼い流線の軌跡を残しながら、それを追った。その飛翔する姿は、もう、一部のぶっ壊れを除き、騎士の目ですら、捉えられはしないだろう。
都を覆っていた雲が――吹き飛び、散った。




