騎士団長ケイン VS 領主ウィル・オ・ウィスプ Ⅱ
タンッ!
騎士が、蹴り出し、突っ込ん――湾曲?
無視して、立ち入るつもりかっ!
自身の横を通り過ぎ、邪魔なヒトガタをぶっ飛ばして、突き進んでゆく騎士。
だが。
ヒトガタの内が煌めく。
発動する。
魔法である。
内で、完全に封じ込め、気づかれない形で発動するそれに刻んだのは――
「なにっ!」
入り口を通り抜けると現れる廊下のような広場。立ち塞がるように、ウィスプが現れる。
「相手は魔法使い。それを念頭に置いておくべきだったな」
転移魔法。
本来、莫大な魔力の消費を必要とするそれであるが、魔女でもないこの身でも使う方法は存在する。そのうちの一つは、使い捨ての道具として行使する。必要魔力を、予め込めておいて。必要なときに発動させる。今回の場合、ウィル・オ・ウィスプの魔力で触れずに動かすこと。
相手の行動は予想の範疇を越えていない。
だが。無能でも愚鈍でもない。
流れの手綱はこちらが握る。お前に、思考も、試行錯誤もさせはしない。
放つのは、溢れ出るオレンジ色の炎の波。波打つ海に生じる高波を想起させるような。こいつはこの世界しか知らない。海を知らない。故に、殊更効くだろう。
オレンジ色の炎の高波が、出口へ向けて、バックステップする騎士を飲み込んだ。
波の頂に乗ったウィスプは、出口より先に天井に達し、自身に触れたそれを秒も掛からず溶かし、消えていった。
ひゅぅぅ、ぐるんぐるんぐわん、ジャバッ。
当然、逃げた訳ではない。ここで無視して、先へ進めたら本物だろうが、優秀なこいつには無理だろう。先程の転移。それに連続するように、魔力を潤沢に使って放ったのが明らかな大技。
当然、このような波に呑まれて終わったとは微塵も思ってはいない。
だが。凌いでみせたとて。背を向けられるか? 無理、だろう。
ほぉら。
屋外。散る炎の波。
真っすぐ前に。騎士はいる。向かってきている。一瞬での馬鹿げた距離の後退にて凌いだということだ。僅かにこちらの想定の上をいっているな。多少なりとも、浴びてくれると思っていたが。
真っすぐ見据える。迸る、紅い炎の矢が、五、否、十本。
時間差、角度、前後にずらしての重複まで併せて、騎士へと飛ばした。
着弾。されど――到達できない。
鎧の地に届かないのだ。表面に纏う液体が貫通を許さなかった。推進力の消失と共に、弱々しく掻き消えていって、そんなもの最初から無かったかのように、消滅した。
纏う液体の色は水色に戻っていて、どこにも液体の纏いに穴は生じていなかった。
「仮にも、この世界の騎士の頂に立つ存在が、何馬鹿をやっているのだ。対峙する相手を間違っているだろう」
腕組みして、仁王立ちしながら言葉を投げかける。当然、時を稼ぐ為に。
これで、遠距離まで開いていたのが、中距離に。ところどころ、細かい一挙動が妙に鋭い。これ以上は距離を詰められたくはないな。このままのスタイルのままだと、対応しきれない恐れがある。
ふわり、と蒼白い頭蓋サイズの玉を不可視を纏わせ生成する。遅く、のっそり、ずしり、炸裂する爆弾である。放った。
このために行った会話である。
「それを決めるのは貴君ではない」
もう、だいぶ騎士は冷静になっているようである。だが。足を止めて、会話に付き合うとは迂闊ではないか? こちらは騎士ではないのだ。卑怯で卑屈なる魔法使いであるぞ?
騎士の、二本の短槍の穂先が蠢く。
瞬く――水緑の顎が、毒牙が、食らいついて、否、捻じ込まれている。騎士は距離を詰めていない。のびたのだ。槍が。二本が一本になって。
不可視だった筈の蒼白い頭蓋サイズの玉が剥き出しになっていて、真芯を貫かれていた。
真っ二つへの割断ではなく。故に、爆発すらしない。溶けるように崩れ、不発する。
騎士は即座に、槍を引いて、二槍に戻し、進むのではなく、さらに数歩退いた。まるで、中距離こそ、近距離よりも、得意であり、望むものである、と言わんばかりに。
「以前バルコニーから眺めた時よりも数段速い。準備が無ければ、魔法使いでは防ぎようの無い速度と精度と威力といえる。だが、何より厄介なのは。お前の意思による起こりが無い、ということだ。意思を持たせたままの使役に、既に至っているとはな」
背後。振り向きもせず、ある意味全く同じ手口で、ウィスプは防いでみせた。細く長く、糸の如く細い射出から膨れ上がった先端、蛇の牙。それを、即興で発生させた、先程のと同じ球で。今度のは、貫かれたのではなく、割れたため、爆発した。
ウィスプの姿は、蒼白い爆風の煙で見えなくなる。
二槍、二蛇頭、二つ牙。煙の中に向かって乱れ打たれて、新たな爆発で、騎士の身まで煙に呑まれた。
「無駄だ。乱れ打とうが。お前でそれだ。なら、あの愚息がこの程度で済む筈がない。やがて来る、我が息子を迎え撃つ為が準備。お前をその試金石とするとしよう。せいぜい、足掻くがいい。手札を見事、切らせて、魅せよ。然らば、アレの愚痴の一つや二つ、軽口位は叩いてやるかもなぁ」
周囲一帯の煙が跡形もなく吹き飛んだ。
ウィスプのローブが、灼け、黒く、灰になって消える。靴までも消し炭になって、裸足となる。
露わになる、獣の皮のマント、獣の皮の腰巻き。マントの隙間から露わになる、魔法使いというよりも、鍛え上げられた騎士のような、激しく動く駆けずる者の筋肉。
素手でありながら、構えて向けられる構えられた手と手は、まるで、二門の銃口。
領主、ウィル・オ・ウィスプ。その異名『狂犬』。別名『騎士殺し』。それらは、今でも騎士階級以上には轟きわたっている。幾百年振りに生じた、とある騎士団による反乱。領主になる前の、始まりの園から戻ってきたウィスプが、彼らを一夜にして皆殺しにしたらしいことは伝説となっている。
その伝説自体は信じられずとも、隠さず剥き出しにしたこの男とひとたび対峙したのならば、否応なく、信じざるを得ないだろう。王族すら上回る、この世界における、現在最強の魔法使い。否、最強の存在、であることを。




