騎士団長ケイン VS 領主ウィル・オ・ウィスプ Ⅰ
ゴロロロロロロ、ガララァァンンン!
ザァァァァァァァーー
王都に降り注ぐ豪雨。
勅命も相まって、都市の中央高台の王宮を出て見下ろす都は、静まりかえっていた。夜ではないのだから明かりはついていない。それも相まって、益々、まるで他に誰もいないかのように思えてしまう。
ウィル・オ・ライトはその身が濡れることも構わず、踏み出した。
濡れる。濡れてゆく。自慢のローブが湿気てゆく。
一つ。
あり得ないものが見える。
こちらへ向かってきているように見える。真っ直ぐに。たった一人だ。あれは、騎士?
激しい雷が落ちる。
照り返すかのように、煌めいた。それに落ちた訳ではない。だが、それの身を、照らし、輝かせた。
水色の液体に薄く覆われた、角や繋ぎ目の無い、丸みを帯びた全身鎧を纏い、水緑色の、時折うねる手槍二本をそれぞれの手に持つ、歩を進める中肉中背の騎士の姿である。
たった一人だ。
明らかに立派で。明らかに普通でない。明らかに、魔法の武器に魔法の鎧。
特徴的な装備である。それを目にしたら、それが誰であるか分からぬ者など、今のこの世界には存在しないであろう。
それほどに、その名を轟かす、高名な騎士である。
騎士ケイン。正確には、騎士団長ケイン。最新の騎士団長である。
上級騎士や上位の魔法使い、領主や貴族の間では未だ忘れられず心に刻まれている、かのウィル・オ・ライト。それが蹴った席の後に座った者が、彼である。
あの、騎士『牛鬼』が座らなかったのだから、必然、座ることになったのはこの男。かのウィル・オ・ライトによって見出され、鍛え上げられ、肉薄するに至った騎士である。
何せ。一切の反対が出ず、男はその座に就くこととなったのだから。そんなところまで、皮肉なことに、かのウィル・オ・ライトと同じ道をいっている。
きちんと叙勲を受けたところと、魔法使いでなく騎士であるというところが違いといえば違いか。
念のため、と、入り口直ぐに、生成した塊を立てかけた。ヒトガタである。豪奢なローブを被せたヒトガタである。それは、遠目には、前王の似姿に見えることであろう。
「ウィル・オ・ウィスプ殿。釈明はあるか?」
その男は、一切脇道に逸れることなく、真っ直ぐに、向かってきて、ウィル・オ・ウィスプの前に立っている。
「ケインの小僧か。お前を呼んだのは、コイツか?」
自身の後ろを指さしながら、ウィスプは言った。
ウィスプは、自身と対峙するその男のことをよく知っていた。一方的にではあるが。この男がウィスプを知っていることは? ウィスプを知っているかなんて、一般常識の如く。誰もが知っていて当然なのである。
「? ならば、新王の仕業とでも? 確かに、新王は強力である。専ら魔法使い相手には強い。どれほど数が集まろうとも、集中砲火を受けようとも、やられる姿は想像できぬ。だが。騎士もおろう。他の王子たちもおろう。勝てぬ筈だ。……では。ウィスプ殿。新王は何処だ? 全滅はあり得ぬ筈だ。そうであれば、儀式は動かぬ。旧き契約は履行されぬ。条件を満たさぬのだから。故に。何処だ? 前王殺し、王子殺し、貴公なら、為せるであろう。その焔を宿す貴公であれば」
ぺらぺらぺらぺら。どうやら、こいつは知っている側であるらしい。何やら特殊な役割を持たされたか、役職故に、知らされているか。なら、後ろのアレは逆効果だったか。仕方ない。それでもやらねばならなかった。何故このようなことをした、そのものが、尋ねるために、問いかけるために、必要だからだ。
新王は、ひとりでに消えた。外に出てないのは確かだ。魔法による感知を張っている。アレは、わざわざ、不確定な事象の検証のために身を張るような奴ではない。
「もうちょい、考えて喋れ。頭足らずか? その地位に就いていながら。これならば、あの愚息の方が数段ましだった」
さて。こいつを自分が知っているのは、あの愚息と関わるこいつを見ていたからだ。そして、だからこそ、効果覿面だろう。
こいつは騎士として、愚息に似ている。何せ。愚息に弟子が、後継がいるとするならば、間違いなく、目の前のこいつがそれに該当するからだ。
だが、ところどころ、劣る。僅かに劣る。愚息は自身の心を半ば殺していたが、こいつはそうではない。かつてのこいつのかつての蔑称がそれを示している。
「き……貴君には、残りは……、ぶちのめして……から!訊くことと! しよう! いぎぎぎぎぎぎ――」
鎧に纏う水色が、紅潮していた。軋る歯同様、その怒りを反映するかのように。
そう。こいつは、感情を完全には乗りこなせない。それ故に、こいつのかつての蔑称は――泣き虫ケイン。




