地下洞大多環 Ⅰ
「あ、あぶねえぇぇ……」
壁面の途中に、一本杭をさしてぶら下がる黒亜とその背のたたら。
吸い込む力は今のところは止まっている。だからこうできた。
「降りようよ」
黒亜の背のたたらが言う。
「いや、上がるべきだろ」
黒亜の意見は逆であった。だが、
「上がもし塞がってたら、今ボクたちって、行き止まりに追い詰められてるのと変わらないよ? 気配も魔力の感じもないのはおかしいけど、多分、降りたほうがマシだよ?」
そう粘ることもせず説得された。
「構わねえが、やばいの見えたり感知したら合図しろよ。溜めの分を使って即、無理矢理打ち上がるからな。降りるのは苦手なんだ。あてにするなよ。ふりじゃないからな。警戒も危険も、お前が判断しろ」
そうしてーー
すとっ。
何事もなく、あっさりと、底へと到達した。
「広いな……」
「変に薄明るいのが嫌らしいね。空間そのものが僅かな明るさを担保している? でも、部屋の端から端まで、天井も、来た穴の先以外はボクの視力でも見えるね。分かってたけど空気も決して薄くはない。とっても作為的。そう思わないかい? 何かいる、あるって言っているようじゃあないか。やっぱり、土が光っている訳じゃあないね。黄土色。粘土質って訳じゃあないけど、固くも脆くもない。崩れる心配は一先ずは無さそうだね」
地面の土をぺたぺた触り、周囲を見渡す中背のたたら。それを止めることも協力することもせず、突っ立っている黒亜は、
「あいついたら、何だって聞けたんだろうけどな」
そうぼそりと零す。
「無い物ねだりしても仕方ないよ?」
諭すようなたたらの返しに、頷き、黒亜は待った。たたらの一先ずの結論が出るのを。
ぐるりぐるり。
二人は歩き回っていた。
何とも今のところ出会わず、そこが、恐らく高低差のない、円柱状の部屋と部屋を通路で繋いだものの集合のような作りをしていると分かった。
最初の着地地点に残った標識である、自分たちの魔力残滓。それを基準に周囲を散策した結果である。
各部屋は、開けた大部屋のようなモノであり、とても意図的な大きさに思えた。闘技場として、立ち会いができるサイズだ。
正確には闘技場から客席部分を除いたかのような、高さ10メートル近く、半径数十メートルという大きさ。部屋ごとに多少の大きさの際はあるが、何も置かれていないこと、天井に穴などは、最初の場所以外には無いというのは共通している。
部屋から別の部屋への通路の数は、部屋ごとにまばらだ。今のとこ、行き止まり部屋はなく、各部屋に最低二つ以上の通路がある。
通路はそう広くない。自分たち二人が並んで走ると、ときおり、壁か互いに接触するくらい。天井だけは余裕のある高さ。
この通路に足跡も痕跡も、現状自分たち以外のには無い。
この通路の広さは、2人用? 一体用? 何を想定した通り道だ?
そうして、最初の場所へと戻ってきて、足を止めて、考え始める。
「誰もいない。何もない。痕跡すら。じゃあ、最初のアレは何だったんだろうね?」
うぅんと、唸るたたら。
「俺が、風を使い過ぎたから?」
「地上のあの空間が閉じていて、上へ溜まった風が跳ね返ってきて、穴へと押し出されたっていうのかい?」
「俺ら起因ならな。この場所自体が、何かしらの生物の腹の中、そうだな、原義に近いタイプのスライムだとか。その先端が、俺らがいた地上のあの場所だったとしたなら、吸い込まれたのではなくて、押し出されたというのはありそうだけれど。……どうして、吸い込まれた、じゃあなくて、押し出されたって思ってるの?」
いつも通りのいつもの遣り取り。毎日のように。毎夜のように行ってる遣り取りの先触れ。このような場合でなければ。
会話。相談。解決。
二人はとかく、よく話す。互いに対して。
だからこそ話が早い。誤解は少なく、意図は淀まず伝わる。長く永く続いている当たり前。
「あまりに何も残ってない。まるで、掃除され終わった部屋のようだ。まるで、ソースの一滴まで残らず舐め尽くされた皿のようだ。それに、穴へ押し出される前。俺たちはどうして、察知できなかった? 穴へ誘われ、落下を始めて、やっと、だぞ? 俺やお前の魔力の色は、あの流れの中には無かった。お前も同じだろう? だから、位置の照合を辞めただろう?」
「じゃ、必要なのは何かわかるね? 都合よくご無沙汰でもある訳だし」
「お前、そういう趣味あったっけ……?」
「無いよ?」
と、とぼけるように笑う。
「おい、待…―」
押し倒された黒亜。せり上がる地面。その上に塗布されるかのように広がる灰色。柔らかな触感。焦りによって溢れた手汗を、全く吸わず、水玉のように弾く、柔らかな――
馬乗ったたたら。紅潮する頬。脱ぎ捨てられていく、脱がされてゆく衣服。黒亜が背にするものと同じ灰色物質が、周囲を覆って、閉じてゆく――
確かに。力技に出るなら、より出力の高い彼女に、注ぐだけ注いで、つぎ足すが吉。それに。このやり方なら、ここが胃であるとしても、密閉できるのだから、反応して動き出す可能性は潰せる。




