断裂と連続の罠
世界は廻る。ぐるぐる廻る――
星空の下、二つの人影。
「くそ……。どうして、川を越えれねぇ…….」
黒亜である。そして、
「戻されてるわね……」
たたらである。
「これでは、引き返すことすらできないぞ……」
正確には。小川自体は越えられている。
だが。小川の近辺から抜けることができない。そして、川を越える前に立ち戻る。
一定以上、そこから離れると、一定以上、それの上流、または下流に進むと、戻されるのだ。右端に到達したら左端に。上端に到着したら下端に。小川に、楕円状の線を引かれ、その線に触れたら、逆のその線上に転移させられる。
転移特有の違和感すらなく、突然に。
それが、天然の罠なのか、この異常事態故に作動した罠なのかも分からない。
それでもまだ二人が落ち着きを持てているのは、発ってから数日、旅自体は順調であったからだ。手がかりは何も得られずとも、夜の間に、村から村へ街へ、歩みを進めることができていたのだ。時折、はぐれた魔物などを始末したりはあったが、手こずることはなく。そうして、数日経過した、ある日の夜、突如、詰まった訳である。
「しゃあねぇ。空から抜ける。掴まれ」
と、彼女をおぶる。そして。浮かび上がってゆく。
翼ではない。魔力による押し上がりのような、せり上がりのような、半ば物質化した飴色の生命力が練り込まれた力場による浮上。それは、無防備かつ、牛の歩みの如く――
「ねぇ、アレ……」
トントンとたたらに肩を叩かれ、促された黒亜は見下ろした。
「あぁんんん?」
思わず間抜けな声が出た。地上にいたとき、見えもしなかった、感知すらできなかったそれが、目に入った。
穴だ。
位置からして、その上を何度か踏み、通り過ぎていた筈だ。
もう、無防備に落ちたら即死確実な高度に達している。足元の力場は地面から離れ、自ら浮かび上がっており、黒亜の操作の手を離れている。
そうでなかったら、驚きで集中が切れて、足場が消えての落下が始まっていたことだろう。
「偶々、手順を踏んだってぇことか?」
「仕掛けという線も、認識阻害の線も、うぅん……」
「これ、魔力持たない奴が踏み入ってたらどうするつもりだったんだろうな。それとか、魔力持ってても空に至る手段持ってない奴しかいなかった場合とか」
「考えても仕方なくないかなぁ? 答え合わせできないんだし。それに、見えてる通り、下へ続く穴かも分からないんだよ、まだ」
「とりあえず、縁に降りてみるか。で、変わらず見えるか。下に何か落とせるか。繰り返しから外に出れるか。その後だな、降りるとしたら」
黒亜は風を掌に纏わせ、何枚も薄切りに飛ばす、飛ばす、飛ばし続ける。足場が次々に輪切りに分断されてゆき、風の刃が抜けていく際に断面が擦れ、引っ掛けられるように流され、風の円刃は消える。下へと続く、円盤な薄い足場が、連なる螺旋の階段の如く、下へと向かって、螺旋を描きながら続いていく――
「……。穴、だな」
「分かってたけど、底、見えないよね……」
そう、たららが、掌に灯した魔力の明かりを穴の奥に向かって向けるも、見えなくなる。消された訳でもないのは、使用者たるたたらが間違えようもない。
空いてる手で、ひゅっ、と手にしていた小石を、穴の縁へとぶつけ入れ、たたらは地面に耳をあてた。
「……。聞こえない……。もっと大きいのいっときましょうか」
メリリッ。
反り立つように現れた、人間大サイズの岩。
たたらがそれを軽く押すと、音を立てて、穴へと落ちてゆく。すぐさま、たたらは再び地面に横になって、地面に耳をあてた。
だいぶ遅れて――
「建物数回分。砕け散った音はしたけど、そこから先不自然に音が途切れた。これだけだと不安……。やっぱり、底は、光を強めても見えないね。届かないのか、それとも……。これ以上は考えてもドツボに嵌るだけかも。どぅ? 黒亜?」
「なら、もっと高度を上げてみて、脱出できないか試してみるのが安牌だろうな。さっきより高く、だろうから、最初から浮かせて、今度はずっと制御するぞ。判断は全部任せるぞ。丸投げだ。俺に了解とか取らなくていいから。振りじゃあねぇからな!」
こくん、と頷いたたたらを背負い、再び浮上を始めたところでーーそれは、起こった。凡そ建物一階分くらい。狙ってやられるなら、恐らく、最も無さそうなタイミング。開始直後、もしくは、三回分以上の高さ。それが、狙われるとしたら最もありそうなタイミング。
だからこその油断である。
「「っ! あああああああーー」」
無駄に息のそろった声をあげた二人は、穴へと、吸い込まれていくのだった。




