巻き添え世界契約履行
「これ、さ。やばいかもしれないよ……」
らしくもない、自身の女からの言葉を受け、
「魔女のお前の『やばい』は怖いぜぇ……。一体、街で何を見た?」
黒亜は、冷や汗を流し始める。
「買い物をして、ボクさ、品物を置いてってしまったんだよ。だから、お店の人が追いかけてきたんだ……。消えたの……。目の前で。なのに……。誰もそんなこと最初からなかったみたいに……。そこに最初から人なんていなかったみたいに……。店の前に戻っても、そんな人最初からいなかったみたいに……」
言葉に詰まるたちではない。だというのに。このざまだ。この恐怖は、おふざけでも何でもない、本物であるのだと分からせられる。
「条件さえ、分からないと?」
「そうだよ……。そうじゃなかったら、こんなすぐ戻ってきたりしなかった」
「てぇことらしい。ティアラン、何か心当たりは無いか?」
ようやく、そこにいる残り一人に話を振る。
「無い」
きっぱり。
「即答かよ……。何かちょっとでも無いのか、なぁ」
「黒亜よ。知ってるとしたら、王族位だろう。この国、否、この世界全域に敷かれていると思うぞ? その法則は」
どうしても意味深に聞こえる。
「お前絶対ぇ何か知ってんだろ!」
「俺は元騎士団長だ。そしてもう、騎士ですらない。ここまで言って分からん馬鹿じゃあないだろ?」
また、仄めかすかのように。
「ちっ。じゃあ、現役の奴紹介しろよ。伝手くらいちったぁ残ってんだろ?」
「生憎。無い。けじめでもあったからな。それに、俺に頼りっきりだと、後を継いだ、後を託した奴らはいつまでも独り立ちできない」
目の前のそいつの性格というか性根の厄介さを黒亜はよく知っている。見掛け脳筋のくせに、中身は割とそうではないのである。
「じゃあ、他の騎士団の長の名と凡その居場所だけでも教えろよ」
「自分で探せ。言っただろう? けじめ、だと」
また。けじめは、何を指す? その範囲は? あぁ、こいつに端を発するけじめだ。こちらがけじめを要する何かをしたという意味でもないし、何かを要求されたのでもない。
だが。意味なく繰り返し言うなんて無駄なことをこいつはしない。ならば。
「じゃあ、俺らがここを発つとき、お前はついてきてくれないってことか?」
だろ?
「よく分かってるじゃあないか。ま、戻ってきたら合流くらいはしてやるし、その際は護衛も引き続きやってやるぞ?」
こいつの鋭さなら、いると分かっていたら、探し出せるだろうさ。俺らくらい。たたらの分も気配覚えられただろうし。
「じゃあ、都に入り、調査をしておいてくれ。具体的に、消される条件が何であるのか? 俺とこいつはどうやらその限りでは無さそうなのは何となく直感しているが、別種の何かが埋没してないとは断定できねぇ。それと。外へ戻る手立てに宛てがあったら、手に入れてくれ。代価が必要なら伝えろ」
踏み込んで頼みごとをしてみた。こいつは間違いなく手すきであるから。そして、先程までのが前振りなら、自分がやらない範囲を先に示したということ。
こいつ自身もこの状況を望んでいない、と考えるならば。まあ、やってくれるだろう。
「多分見つからんぞ? 何度も言っているが。恐らく、事態が解決しなければ。多分これは、そういう儀式だ。若しくは、契約の履行。何せ、規模がおかしすぎる。この国、もとい、この世界の成立に関わるような旧いものだろうな。だから。確実に知っていそうなのは、王くらいしかいない。だが。そんな王の勅命が、このおかしな事態の始まりなんだよ、そもそも」
また一つ。妙だ。何かに引っ掛かって言えないか。まだ予想段階だからなのか。
「分かっている。王に会って聞き出せなんて馬鹿げたことは言うつもりはねぇよ。それが恐らく、最も危険だ。たたら。消えたってぇのは、死んだ、とかとは違うよなぁ?」
「多分……」
たたらに、思っていたより余裕が無い。罪悪感ではない。不安と動揺だろう。俺もこいつも、この程度で罪悪感を抱ける程、残念ながら初心ではない……。
「あんま自信無ぇか。はぁ……。兎も角、俺たちみんな煮詰まってるってことだけは確かだろう。たったと解決して、世間話に興じたいものだ。あいつの話、全然聞き足りないし、し足らないし」
ちらり。
やる気もうちょっと出してくれないかな、という望みが届いたかどうかは今一つ分からない。
「拠点は築くか?」
加えて、一応、黒亜は男にそう尋ねてみた。
「やめとくべきだ。住処と見做される可能性がある。王の勅命。その対象に俺たちがなっていないかのようなのは、正しく住処といえる場所が、影響範囲の中に存在しない、もしくは、そもそも、根なし草だからだろう」
男のそれを聞いた二人は顔をしかめた。
「だから、気を付けろよ。特に、領主クラスと接触するなら。できる限り、何も、受け取るなよ。受け取るのは情報だけにしとけ。紐付きになることだけで、所属という意味で、領地に紐づけされ、領地を跨ぐ移動が実質不可能になる可能性がある」
それでも、男は構うことなく話を続ける。
「あぁ、そうだ。接触する騎士団は、領地に紐づけられたところより、王直属か、世界直下の騎士団にしとけ。それと。もしかしたらだが、で払っている聖騎士がもどってくる可能性もある。聖騎士は安牌ではあるが、情報を得るには向いていないだろう。旅の共連れには丁度いいが。分かってると思うが、聖騎士は絶対、俺のとこには連れてくるなよ」
思いついたまま、口に出しているかのよう。そして、男の口は止まった。隣のたたらに促された黒亜は、
「おいぃぃぃ、それ先言っとけよ!」
聞き手側を代表してそう言った。
「予想に過ぎん。サンプル数は1。俺一人。お前とたたらさんを入れて、やっと3。しかも、俺とはまた状況が違う。今の俺は根なし草だが、二人とも、始まりの園に定住しているようなものだろう? 恐らく」
黒亜はよく知っていた。目の前のその男の会話の癖。用意しておいたものが尽きると、思いつきで話し始める。それはやけに長くなることが多く、留まるところを知らない。
「あぁ、そういうことか。お前もうちょい意思表示しろよ……。少し考える時間が欲しい、って言えよ。言葉で」
だから、こうやって、止めてやらないといけない。存外、面倒くさい男なのだ。存外……でもない、か……。
そうして三人は、二人と一人に分かれ、その場から発つのだった。




