血濡れの王の間
あるとき――勅命が下った。
【配給受領時を除き、家屋・屋敷の範囲を超えての外出を禁ず。】
対象は、平民以下に留まらず、騎士や貴族、領主にまでに至り、例外は、別途指名された食糧運搬の荷車関連者のみ。
金も払っていないのに配られる、水を含めた食糧。誰に知らせるでもなく、ぴたりと合わせるように、時折付属する衣類等の生活必需品や薬。
不気味であった。
もう、七日を越えた。こんなことは前代未聞。
王が姿を現す頻度が下がり、明らかに顔色が悪かった数日からのあの勅命。そして、続くこの事態。
王は公式に、自身の後継として、第一王子への譲位を口にしていた。あとはそれがいつになるか。その準備と、葬式がかち合うようなことにならないように。
王家は動いていた筈だった。
そんな中、王からの国中、いや、世界中への勅命。
外出禁止。
この世界の、この国の王子は全四人。
後継争いか? そう民に思わせるには十分であったが、位の高い者たちからの見方は違った。
何かが、おかしい。
争うにしても、騎士や貴族や領主まで、移動を禁じられている。そして。それらに関する監視が無い。前もっての契約魔法の締結も無い。
下手すれば、王と王子たちだけで、次の王を決め直すと言っているかのようでもある。
そして。今、都にある騎士や貴族や領主の一覧を知ることができる者はいない。
何せ。
既に送っていた、送り出した草たちが悉く、連絡が途切れたから。
だから。
誰も動いていない。
正確には。直に動いた存在は、誰に観測されることもなく消えている。
その無茶苦茶振りに、誰も、動けない。待つしか無い。不気味にもやってくる食糧を積んだ荷台とそれを運ぶ者たちは、こちらとの会話を拒絶する上、こちらが掴み掛かることすらできない。透けるのだ。
そういう魔法か。彼ら自体が魔法か。
こんな無茶苦茶、魔法以外にありえない。
なら、いつ、誰が契約した?
国、否、世界中を巻き込んで……?
とある領主は、一人、執務室にて項垂れていた。
答え合わせはできない。推理を話し合える相手もいない。
きっと、他の領主も大差なく、類似の状況に陥っているに違いないのだ。つまり。どうしようもない。答えは、時の経過によってのみ、齎されるのだろう、と。
【この世界がこの形で成立した時に為された契約。】
【始まりの園を築いた存在が、時代、世界を跨って、ばら撒いた数多の契約のほんの一つ。】
【完全復活に至る際の、不足するだろう力の一部の貯蔵。】
【履行は、復活時。完全不完全問わず、その最初のタイミングで。】
【履行により、力はその存在へと返される。その力が成立させていた、この世界における前世界の痕跡の隠蔽が消えることとなる。】
【膨大な世界、されど、人類にこのままでは使用不可能な領域が解放される。】
【資源以外にも、前世界の技術などの遺産が。】
【統一されていた、約束されていた平和が崩れる時がやってくる。】
王座を簒奪した第二王子は、顔や体格の輪郭をぼやけさせる灰黒色のローブのフードを深く被ったまま、仄暗い血濡れの王座で項垂れている。
死霊術によって操った、まだ死にたての王を使って、ひとときを稼ぐ為の勅命をでっち上げたのはもう7日前。
その前に、紙片に目を通し、立っている一人の男。自身がバーターで引き込んでいた、ウィル・オ家領主その人に、
「どうすればいい……?」
と、今更ながら、今宵ですら、もう数度の繰り返しとなっている問いを投げかける。その声は、青年の爽やかな、しかし、影の落ちた声であった。
「新王よ。王とはそういうものだ。王たるものが理不尽に折れてどうする? そんな者は、その座に就く資格は無いぞ?」
ウィル・オ・家領主ウィル・オ・ウィスプは、同じように、もう何度も返したその言葉を返す。
「君が、自身の息子を見逃す見返りに自身を売り込んだのだから、僕はこのようなことをするに至ったのだけど、責任、感じないの?」
これは、繰り返しの一言ではない。
「言わされたのだから知らんよ。それに。もう、王のその手では、届かない」
だから、ウィル・オ・ウィスプの返答も変化した。
「光の魔力。君は、元から知っていたのだね。彼が、本当は魔法使いとしての資格を保持していたことを。世界に抗い、光の魔力の価値を把握している君は、同じくそれの価値を知る僕に、何ればれて、要求されては不味いと考え、手を打った。表面上は、始まりの園へ至るだけの魔法使いを。一族として落ちこぼれの筈だった彼が逆転を決め、何れ訪れる凱旋時とられないように。表面上の理由のみで、僕が君に声を掛けたことが、脅しだとでも? とんだ狸だよ。領主というのは、皆こうなのかい?」
「ここは王都であり、我が領土では無い。いい加減、帰らせてくれ。何か這い出してきてもおかしく無いのだ。もう、虚無領域は、虚無では無いのだろう?」
「排気孔。僕たちのゴミ捨て場である地下のあの広大な場所は、本来地下では無いらしいんだ。それらは本来、今のこの世界の外。虚無によって隔たれた、前世界の戦場跡さ」
「初代とその側近たちが優先したのは治安。好き勝手動くことを禁じることを優先したということか」
「ご明細」
「片手落ちだな。残り半分、手勢は何処だ? 何故、集めていない……?」
「この世界最強のかの騎士団」
「あぁ。とんだ間抜けがいたものだ」
「仕方ないだろう! 打った保険も空振った。【始まりの園】へ送った招待状。故に、あの男が降りてくるのが至極当然の流れ。だというのに……」
「知らんよ。誰だ?」
「かの魔法使いよ。あの男の親友の」
歯軋る音が響き渡る。
「終わりかもな。この世界は。この国は。唯一残った王族がこれではなぁ」
ウィル・オ・ウィスプのその態度は、もはや、まるで他人事のようであった。
「無い、と思っていた。辞めるなら、君の息子が行ってしまった直後。そこを乗り切った上、団長からすら降りていなかったんだ。大丈夫だと思っていた。ほかの領主の抑えこそが先だと優先順位を変えて、よりによって。事を終えた後に、『団長はもういない。引継ぎは済ませていて、もういつ変わっても問題ない、事後報告でいいとの了承も得ていただろう? 何? 探し出して連れてこい、だと? ふざけるな! あの人はもうボロボロだよ。身体ではなく、心が、な。あの人は自業自得だと言った。だが。あの人に陰ながら敷いていたのは誰だ?』だよ? あの泣き虫ケインが団長を継いでいて、あの男の行方は不明。おまけに。あの男は、回数制限と距離制限付きとはいえ、世界を渡る術を個人で持ち合わせている。君の息子を引き戻す術も、君との契約故に無理。どうしろと?」
第二王子改め王は、まくしたてるように、早口に、ぽろぽろぽろぽろ……。
「近衛や手勢がいるだろう? 我らには届かずとも、使えるのではないのか?」
「無理だね。こんなもの知ってたら、第一王子にこの座は預けていたよ……。罠にも程がある。王となった者にのみ、明かされるようになっているなんて」
「そうやって人に言えるだけましでは? この手の契約縛りは、大概、関係者を増やすことを許さないものなのだぞ?」
「王の血族故に、【始まりの園】に行かせて貰えなかった僕に知れる訳が無いじゃあないか!」
「じゃあ、辞めるか?」
「まさか。そうするにしても、後始末だけは済ませていくさ」
「そういう最低限の責任感は持ち合わせているから、契約を受けたのだよ。鏖には手を貸しはしなかったが、止めもしなかったろう? それは置いておくとして、王よ。それが赦されるとはどうにも思えんのだよ。この世界、この唯一である統一国家グラナにて、王族は名を持たない。それそものに、何かしらの契約が仕込まれていると思わないのは、甘いのではないか?」
「く……。今、走査する……」
と、王は、額に手を当て、深く潜る。未だ馴染むには時間の足りない、継がれし記録に。




