お前は何がしたいのだ?
少年たちの家にて。椅子に座る少年と青藍、そして、一人の男。
「頼む! 手を、貸してくれっ……!」
よく通る、低い上、そんなに大きくもないのにはっきりと聞き取れる声。僅かばかりに残った赤い髪。褐色の肌。黄色の瞳。火傷だらけ、両手の指が何本か飛んだ、中肉中背で、堀の深い顔つきをしたその男が、少年と青藍に頭を下げる。
少年は目をしかめる。
「ドゥーリアン。貴方は相当無茶なことを言ってるという自覚すら無いのか?」
強い不快感があったから。
「分かっている!」
一見、こんな風に、熱く必死に返事をする。だが、
「ならば! 何故、何も話さない!」
中身が無いのだ。
「言っているではないか! 助けてくれと!」
こんな風に、詳細を何も話さず、こう繰り返すばかり。
「ライト……」
少年の隣に座る青藍は、少年に促す。取り決めていた通りに。
「分かっている……」
「では!」
そう、頭を上げ、希望を瞳に宿し、二人を眺めてくるその男を、少年を更に苛立たせる。
目の前のコレに苛ついても仕方ないのは分かっている。
何せ。
これは端末だ。本体ではない。
本来、それは、知り得ない。気づきようもない。辿り着けたのは、青藍の力によって。
時は、少し遡る――
あの肉塊の核から、中身を抽出して。
地面に転がったそれは、少年の目で見ても、ただの死体にしか見えなかった。青藍の力によって判断しなければ、間違いなく、判断を誤っただろう。
「どういう……ことだ……?」
少年は戸惑いを隠せずにいた。
自分の目と、彼女の力。出した答えが正反対。そんなことはこれまで無かった。
「……。どっちを採る?」
「君の答えを採るさ。仮だがな」
「そこは迷わないのね」
「あぁ。これは魔法の産物、魔法の結果。ならばこそ。私の直感と観察よりも、信じるべきは君のそれだ」
「じゃあ、何を……」
「何でこんなことをするのかが、まるで分からない」
「確かに、そうだけど……」
「青藍。こいつと遭遇して、どう思った?」
「どう……って……。そう、ねぇ……。逃げてきた、手負いの獣……?」
「そう。それだ。逃げてきた風に見えた。で、中身をほじくり出したらこうだ。逃げてはきたが、もうそもそも、どいつもこいつも死に掛けであって、中心のこいつだけが、辛うじて、生きている。それも、重体を通り越した、昏睡。普通の奴が見たら、全員死んでる風に見える。そんな有様だ。その上、ゲートは消えて。追えない。ただ、逃げはしたが、命が保たなかった、と見るなら楽ではあるんだが……」
「薬をかける前に、もう、再生を始めてる……」
「そうだ。そこなのだ……。これの意図が分からんのだ。そして、これの意図だけを考えて終わりにできるともどうも思えんのだ」
「他の死体……」
「こいつが、魔物使いと見るならば、一応、理解はできる。手持ちが全滅した。故に逃げた。その直前までは、何かに抗っていた。しかし……。何の残滓も無い……。中心のこいつの魔力以外、何も、無い……。故に。逃げてきた、という最も安易な答えをどうしても否定しなくなる……」
「怪しい、罠、だっていうの? 誰の? 何のために?」
「だからだ。最初に立ち戻る。何でこんなことをするのか分からない。今でこれだ。こいつが再生したら、自体はもっと複雑になるかも知れん。一端移動するぞ。君の領域に直接入れるのは怖い。だから、札を使う。こんなことには使いたくないが、こうなった以上、仕方あるまい……」
コンシェルジュとの契約による札を取り出し、開いた空間へと、全ての死体を分け、仕舞い、残りも、一際大きな裂け目へ全部ぶちこんだ。
「具体的に、何をして欲しいんだ、私たちに」
「それは、あ、あがが、が、……。頼む! 手を、貸してくれっ……!」
もう何度目か。
数えたくもない。
これが、こいつを本体でない、と断じる理由だ。
相当劣化した分体、または、これを遣わした者が目的を果たす為の被造物。或いは、こちらの世界を下見する端末。
見つかることを想定しなかったのか?
そもそも。こんな低品質なモノに、魔物使いとしての魔物を抱き合わせで送り込んで何がしたい……? こいつが本当に魔物使いであるという推測が当たっているなら、だが。肝心の魔物は全部死んでいるなんていう滅茶苦茶。不法投棄。ゴミ捨て。そうとでも思った方が、しっくりくるのではと、もう感じ始めている。
不法投棄にしては、あまりに量が少な過ぎるし。
わざわざ、一時的なゲートなんてもので繋いで、たったこれだけ? 意味が分からない……。
となると、次の手は、魔物使いを探す、か?
私の知り合いの範囲にはいない。代価を出して、取り急ぎ、紹介して貰うか? ネクロマンサーでもいいが……。後者だと、罠が仕掛けられていた場合が怖い。
「正直もう、貴方の相手をするのは疲れた……。だから、こうしよう。手持ちの一体を選べ。そいつにエリクサー注いでやる。彼女の力を使って、直接ぶちこむ。貴方と契約関係が本当にあり、それが維持されているのならば、復活するだろう。どうだ? 魔物使い、ドゥーリアン」
少し捻った。
推定禁止ワード。今回の場合は、魔物使い。
本来ならば、これで、またリセットが掛かる筈だが。優先順位上位のワード、若しくは、目的が含まれていたならば。通る筈だ。
「た……た、た、たののむムムム!」
ん? まるでせめぎ合っているかのようだ。まるで、こいつが端末ではなく、意志ある存在であるかのような? だが……。
隣の彼女を見る。
(違う。決められた動きみたい)
(……。だろうな……)
「青藍。学園長呼べるか?」
「や、やめてくれぇええええ!」
しがみつかれる。
「それはこちらの台詞だ。……。彼女の方にしがみつかなかったのは褒めてやる。ここ誤っていたらもう、消し飛ばしていたぞ。貴方たちを」
(ライト……。今のは、本気だった……。それに……、これまでの答えとは毛色が違った。強い、罪悪感。何が何でも阻止しないといけないという意思。これだけは、私たちの為だった……)
(はぁ……。契約で縛られている痕跡は?)
(全然……。でも、あの肉スライムのこともあるし……、無いとはいえない)
(探りを入れるにも、こいつは、ちょっとつついたら、すぐにこれだぞ? 最初に戻って繰り返し。選択を縛られた上で、何かさせられている、という線が結構ありそうだとなった今、こいつをどう見るべきか……。純度高い悪人や、他者という犠牲を厭わない訳でも無さそう、となった今、私たちは、逃げることを許されるのかどうか……)
(?)
(おかしいだろう……? 気づくのが遅れた。私のせいだ。思考を誘導されている。無視。捨ておく。投げ捨てる。他にまわす。どうして、その辺りの選択岐が消えている? 最初はあった。消されている。気づいたら選択肢に復活する辺り、強度は低い。気づかれないことを重視したものだろう。だが。それも。こいつの意図かは分からん……)
(ライト、何を言っているの……?)
(こいつにどうお帰り願うか、だろう?)
(……。しばらく黙ってて。わたしが変わるわ)
「ドゥーリアンさん。貴方の手持ちは今、ゼロなんですね?」
「あ、あぁ……。全滅だ。瀕死じゃあない。全部、死んでいる……」
「じゃあ、何で持ってきたんです?」
「持って……きた……? うう……あぁぁ…―」
ブゥオン!
胃袋へ直接送り込んだ。ライトが出していたエリクサーの中身を。
「抑えつけて! 鼻口忘れず!」
少年がそれに従い、男を押さえつける。
「出たわ! ライト。光で貫いて!」
靄。靄。靄。黒ずんだ血肉の色をしたそれが人の形になろうとしたのを、少年のライト・ニードルの連射が貫く。
浄化されるかのように、力なく消えてゆく。
「……。普段のライトなら真っ先にしそうなのに、選択肢にすら上がらなかった。どうしてか分からないけれど、わたしの方が効きが悪かったみたいだから」
(その場の複数人の心を読んで照合できるわたしだからこそ、思考誘導の影響が薄れたんでしょうね。……ねぇ、これ、思考誘導じゃなくて、改変、じゃあない?)
「た、す、け……。…………。………………」
未だ、同じことを言ってやがる。操り人形状態は抜けただろうに。
お前は、何がしたいのだ……?
何から、どう、助けて欲しいのか? それを全く言わないお前は、助けてもらいたいって、本当に思っているのか……?
まだ、私には、影響が残っているのか……? 二人だけで対応せねばならんのがきつい……。彼女は、気づき、補正はしてくれるが、決断まではまだ……。今もそうだ。直近の目の前の事態単位での解決まではできる。先を、見れていない。視座が足りていない。そして、今の私は半ば使い物にならない……。
ここに飛んだとき、ここの本来の持ち主である師匠たちがいてくれたなら、こんな面倒なことにならず、解決できたかもしれないのに……。
第三章 第一節 世界法則について FINISH
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